未確認消滅システム / 何故心の病が増えるのか

Title : ごめんネ、おチビちゃん

 

 

 

多かれ少なかれ、こう考えてみたことはないだろうか。何故、近年になり突如として精神に著しく不調をきたす人が増えたのかと。

単純明快な理由によるところがほとんどだろう。

 

寄り添い人の不在、或いは消滅。付き添い人の不在、或いは消滅。

 

日本に於いて付き添い人という言葉は大抵病院などで使用される。患者に付き添う人、という意味だ。ああ、それなら分かる、確かに付き添う人寄り添う人とも言えるしね、と。

病人弱者状態にある人だ。本当に社会的弱者なのではなく、病気の度合いに応じ、現時点で弱者状態にある人ということだ。

基本、まだ強者か弱者か判別出来ない状態の人々のことを未成年者と法で定められている。この場合の勝ち負けは特定の事柄を指していない。特定とは、学校の試験だとかスポーツ競技だとか、モテるモテない、イケメンかどうか、のこと。

稚拙な社会が未成年者を大人扱いしタカリを行う場合、世の中を知らない、人生を知らない未成年者達はとんでもない誤解を大真面目にしてしまう。

大人が教えてくれるお手軽美味しいとこどりをゲットすれば、誰より早く入手出来れば勝ち組になれる、と。勝ち組になれなければ人生終わった、なんだと。

だとすれば周りはライバル、全て敵。友達ズラした敵。明らかに弱いと分かるヤツはトドメ (イジメ行為) を刺しとかなきゃな、となる。

ウツ病や類似する心の病が爆発的増殖する理由は付き添い人寄り添い人の不在、あるいは消滅。これは深刻な人手不足。労働者の事ではない。付き添ってくれる人寄り添ってくれる人人手不足。つまり深刻な社会問題。

経済が発展すれば企業は当然、拡大再生産。国家が戦争などに突入すれば縮小再生産。働き盛りがいなくなるからだ。働き盛りは分別ある大人。分別ある大人は社会の舵取り。政治家は厳密に言えば社会の舵取り人ではない。分別ある大人達に選ばれた彼ら彼女らの代行人に過ぎない。

幼稚園、小学校、中学校、高校の先生は監視員。プールの遊泳者を監視、工事現場周辺の通行人を監視、そういった業務と大差ない。付き添い、寄り添いもあるがそれは個人の自由意志、自由裁量、基本的にそんな義務はない。

子供達の絶対的な付き添い人寄り添い人は家族、友人、同僚。教師は単なる職業のひとつ、聖人君子を期待しても無駄。

付き添い人寄り添い人は血縁、他人を問わず友人仲間

子供をまっとうに育てるのは親の義務。義務は付き添い監視的意味合いに傾く。義務ではなく愛情をより前面に押し出し寄り添いとすべきで、付き添い寄り添いの両立は親自身をも成長させる。

 

病人には付き添い、寄り添い。だって弱者だから。前述の未成年者大人扱いする社会は未成年者が弱者であることを忘れてしまう。未熟な当の未成年者達も自分達が圧倒的な社会的弱者だという事実を湾曲してしまう。チョット未熟なだけだと甘く考える。

故に、友人や仲間である付き添い人寄り添い人が居なくても大丈夫、問題ない、何とかなる、などと途方もない認識を持ってしまう。

本人が間違った方向に行かないよう、常に付き添い相手の行動や言動に注視し助言を与えるべき立場の付き添い人、すなわち友人が本当の助言を相手に与えられず、媚を売り嫌われまいと迎合する段階で完全に付き添い寄り添いは王様を喜ばせる道化師と同等になる。互いが自信を王様だと思い、実際は互いが道化師にすぎない。

TVはお笑い芸人を大集合させ続ける。お笑い芸人は道化師だ。視聴者に媚びることが仕事。怒らせる手法の者も結局は道化師。目立つ作戦に出ているだけ。いずれにせよ相手の荒探し、自虐ネタの失敗談で笑いをとる。それを子供が真似る。当たり前の道徳として。社交辞令として。楽しいかかわり方として。楽しませるお笑いとさげずみの笑いの区別も出来ないままに。突き添う

親が、家族が、友人らに付き添ってもらえない状態のまま長期間放置されると、社会的弱者の未成年者達は心の成長が停止したまま物理的に成人する。

社会に出ると、今度は付き添いの代わりにつきまといが大勢やって来る。ストーカーや付きまといは犯罪だが、上司の職場命令はつきまといではない。であるはずはない。大人なら当たり前の認識だが、子供には業務命令がイジメと映る。出来ないことをしろと言う。しつこく言ってくる。オレに恨みでもあるのか。ワタシに関心あるんじゃないの?。

どうしていいか分からなくなる。当然だ。自分は自身を大人だと思い込んでいる。しかし実際は幼稚な子供。子供がどんなに大人として生きようと思っても無理な話。アッと言う間にボロが出る。取り繕うテクニックさえなし。

恥をかき、怒り、憤りに震え、遂にはひきこもる。まさに悪循環のドロ沼。付き添いなく寄り添いなく、その事実にさえ気づかず社会人となった。そして今、最後の糸口であるはずの組織という人生道場の人々をツキマトイとみなし遮断した。

付き添う人がいない、と言う。そうかもしれない。だが、無意識に付き添う人を選んでいるだけなのかもしれない。高いハードルを設け、自分に都合のいい付添人を募集する。それは甘やかされたもう一人の自分を欲しがっているだけで、何の発展にも解決にもならない独り芝居。蜃気楼。

幼い頃から、家庭内ではよく喋ったが外では途端に話せなかった。と回想する人が大勢いる。その傾向が酷くなりウツを発症したのだと。それを先天的な病なのだと…。勿論、本当にそうな人もいる。しかし、短絡的に病と片づけられないケースも多く見かける事実は否定出来ない。

例えば、家族の者とは話せたと言うが、どんなふうに、どんな内容の会話が出来たのか。

「腹減った、夕飯何時?」「あと30分くらいかな」「もっと早くならない~?」

といった日常生活の基本的最小限の受け答えだけしか発しないのであれば、これは会話のうちには入らない。

レストランに入りウェイトレスにひとこと「コーヒー」「分かりました」以上。

これを私は彼女と話したことが有る、会話したことが有る、と言えるだろうか。

話をする、会話する、というのは、お互いのことについてどんな意見や考えを持っているのかを交換しあうことなのだ。

家庭内での必要最小限やりとりを会話だと思い込み、友人や知人とも同じ調子でそのように接触する。社会人となった時、初めて

「君はコレ、どう思う。他に代案あるか。眼を通して後で客観的な意見を聞かせてくれ。いいよ、稚拙で。入ったばかりなんだから、素人的見解でいいから」

此処で初めてパニクる。事態が全く飲み込めない。今の発言、一体何なんだ、と。何言ってるかサッパリ理解出来ない。

 

「お前の赤いガンダムとオレの青いのと交換しろよ」「やだね」「何でだよ」

「オレこれイチオシだからだよ」以上。

 

これは会話ではない。ただのタメグチというものだ。

 

「お前の赤いのとオレの青いのと交換しろよ」「やだね」「何でだよ」

「赤いのは燃え上がる感じがするけど青いのは何か暗い感じで負けそうじゃん」

「でも赤いのは海にもぐると目立つじゃん」「あそうか」

 

つまり、意見交換は当然ながら、お互い見解が違うことが多い。何を話してもほとんど見解が同じだと言う場合、両者には推定、親身に指導してくれるべき付き添い人寄り添い人が皆無だったと考えて良い。

世の中から付き添い、寄り添いが消えてゆくごとに心に不調を訴える人が増えてゆく。人間は弱い、を知らず敵の人間を次々に排除してゆくゲームに埋没する人もいる。人間は弱い。いずれ思い知らされる。逃避行為はそう長くは続けられないものだ。

入れ替わるウワベと本質

Title : 明日の天気を占う枕王〈もしもピアノが弾けたなら〉

 

 

ハァァァァァ……。大の大人になると誰彼みんな太陽をかえりみなくなりますです。

大人も子供も、皆が気にするのは晴れかどうか。青空見上げて安堵、感激、満足あり。晴れの元締めド真ん中太陽のおかげだけど、そちら様は見ない。確認もしないのです。見るのは青空、雲。のみ。

仕方ありませんよ。太陽直視すると目に宜しくないです。といいつつサングラスの人だって見てないジャンて。安物だからじゃない?とか。所詮、皆が大事なのは青空で太陽なんかじゃないのよプンプン。

こんな残念なことって世の中結構あり。

徳永英明も歌っている。一番大事なものが一番遠くへ行くよ、と。

子供の図画なんかだと真紅の消防車の上に真紅の太陽がよく書かれてるんですけれどもネ。丸の周りにイソギンチャクの触手みたいなのが出てたりして大層シュールレ…。熱帯魚の水槽に入ってる生き餌の糸ミミズがあんな感じ。見分けつかないかも。

一番注目されるべきヒトが、偉大すぎて周囲から怖れられ、いわれもなく敬遠されて孤独感味わう、なぁんてのも常であります。皆、太陽のことが大好きなはずなのに、晴れの日にあって当たり前、当たり前過ぎてその存在さえ忘れてしまうだなんてェェ…。

月を直視しても目は平気。だから月は必ず描かれております。皆さん描きますです。満月、三日月。

アアそれなのに、太陽より月の方が人気がある、などと取り違えた報道って許せませんですよ。本質知らずでウワベの報道。もし、あったらの話でありますが。

炎はどの方角に上がっているか / ご利用は計画的にね

Title : 平成小判

 

 

先の投稿記事で、代案提示なきクレームは発信側受取側双方に何の発展性も生じず「なるほど、カンに触ったのね、失礼しました」で終わってしまうとの趣旨を書いた。

恐らく炎上させたい側の論法はこういったことではないか。

これだけ怒っている人が大勢いるんだ、撤回しろ、謝れ、どうすべきかの代案?、そんなもの自分で考えろ!、何でこっちがそんなこと考えてやんなきゃなんないんだよ!。……では?。

炎上を狙い、それに執念を燃やす追従者も大勢で始めた。火のある所に野次馬は立つ。

イジメる側よりイジメられる側が圧倒的に増えて来た昨今、イジメられた側は覆面の安心感から、今度は誰かをイジメようと試みる。ひとたび成功すると炎上させた人々との間に不可思議な同種連帯感を持ち、同族相哀れむの意識なきまま、自身が勝ち組の仲間入りをしたかのようなエキサイトすべき局面を迎える。これだ!。これでいこう!。

イチャモンつける。難癖つける。反社会的勢力の常套手段だが、極道を歩んだそれのプロ達は最後に必ず後悔すると聞く。最後とは本当に最後の刻。つまり自身の一生が走馬灯のように脳裏を一瞬でプレイバックするという、有名なあの瞬間のことである。そんなやるせない虚しさ、自分の人生って何だったの?、であろう。

そんな先まで知るか、オレはまだ若いんだ!。

いや違う。若いのにそんなことにいそしんでいるようでは先はない。何故って、有名人のコメントを蝶の様に舞い蜂の様に刺している人達は次の事柄を認識していない。頭からカリッとサクッと美味しいスコーン!と抜け落ちてしまっている。

現在、日本の国際競争力は世界60ヶ国中、真ん中よりチョイ下。このランクは日本が今後経済大国第三位から徐々に滑り落ちてゆくであろうことを如実に物語っている。

ランクが低い最大の要因は国の借金の膨大さ。破産してるのに破産宣告しないで日々芸者遊びをしているに等しい。

といった事柄など全く知らない人達が著名人やイベントサイトを炎上させることに闘魂を燃やしている。だってそうでしょ?。将来一体どうなると思ってる?。あなた自身の経済的問題。国がこうなんだから関係ないわけないでしょ?、この国の人なんだから。

若いのに投資や投機をやっている人達は死に物狂い。生活がかかっているんだから。将来設計がかかってるんだから。それ考えたら炎上闘魂なんてやってる暇ないもんね。

炎上全力投球、気持ちは分かる。寂しさ、嫉妬、ストレス膨満感から破裂した怒りの矛先。負け組の遠吠え転じて密やかなるバーチャル勝ち組気分。泣き濡れた跡の残るストレス発散…。分かる。本当によく分かる。そういう時って誰にでもある。あるが、長い時間をかけていると浦島太郎伝説カマンとなる。

 

攻撃する相手を完全に間違えている。

 

政府関係の、国民の声を聞く部署にアクセスして要望をぶちまける、オチャラケ番組に終始するTV番組に真剣な〇〇いについての討論会をやって欲しいだとか、自身の生きる道に切実係わる要望を、クレームを、意見意向を、ガンガンに発信するべきだ。それこそが王道圧力団体形成へのムーブメントだ。

そういう人が大勢になれば、TV局のサイトが炎上すれば、番組はたちまち組まれるに違いない。視聴率ある程度割り出せてるしね。

ゴシップ関連は簡単明快だから攻撃出来るけど、政治はよく分からないから攻撃出来ないという若者も多いだろう。

よく分からない、なんてことない。単純明快。このままいったら老後は野垂れ死にするしかない。莫大な信託財産でもあるなら別だけど。

何とかならないよ、野垂れ死に回避。人を攻撃して遊んでいるより自分を大切に考えて、自分を優遇させる社会の規範造りにクレームつけなきゃ、意見を言わなくちゃ。だって脱税出来ないでしょ?。税金何に使われてるか興味ないの ?!。

東北復興資金が国会の豪華シャンデリア代金に支払われたけど、あの時炎上闘魂発揮した?。

これからもしないなら、する気がないなら、あなたの炎上闘魂は唯のイジメだ。

取扱説明書、どッ、どこなのッ! / 人間の言語感覚

Title : スラング・マシーン

 

 

アメリカ映画、ドラマを観ていて常に引っかかってしまうのです。相手に吐き捨てる様に「ANUS HOLE !!」と言うのです。koumonという意味であります。老いも若きも、セレブも、性別階層関係なくごく普通に言うのでした。言われた相手は言われ慣れているせいかビクともしないようで、ビクッとするのはボクなのです。

画面に清楚な上流階級所属の女性が登場。まさかこの人は口にしなだろうと安心して観ておりますと、突如言うのです。

日本では類似する言葉に kusottare というのがありますが、まず女性は口にしません。類似ではありますが、この言葉は便秘で苦しむ人が聞いた場合、ひどく羨ましがるわけで、私もそうなりたい ! と叫びたくなるでしょうから、あまり相手を愚弄する力はありません。

それに対し、ANUSHOLEの方は排泄器官の名称ですので戸惑いを隠しきれないボクなのです。非常に重要な器官なわけですし、全ての人が有しているわけですから、相手を愚弄する言葉に用いて宜しいのでありましょうかネェ…。アメリカのkoumon科のお医者様は傷ついておられないのでしょうか。心が痛みます。シクシク…。

この言葉が愚弄する時に使用できるのであれば、「この心臓野郎が !! 」とか「とんでもない肝臓野郎だぜ全く」とかもアリなのでしょうか。それとも、あくまで順列的に末端の器官のみOKという判断基準によるものなのでしょうか。息詰まってしまいますです、アメリカ的感覚を理論化してはみたいのですが…。

何も考えずにただ慣例で使用しているという線が濃厚でありましょうか?。

いずれにしても、生き残る言葉には重みがあるもんですから、きっとこれで宜しいのでしょうね。言う葉っぱ、と書いて言葉。やはり例えるなら常緑樹、ということになりましょうか?。

 

人間心理 VS コーヒーチェーン店デザイン

Title : 白星はミントの香り

 

 

今月に入り、私はようやく5年にも渡る頼まれてもいない完全独断調査をメデタク終えたのでここに発表したく思います。

 

各コーヒー・チェーン店が街のそこかしこにあります。店の面積や形に合わせ、しかるべき建築デザイナーさんが内装デザインしてお店を作っているのでしょう?。

その結果、明らかに集客力において、とんでもない店舗集客力格差が生じていることをチェーン店トップは完全認識しておられるのでしょうか。

おそらく認識出来ていないのではなかろうかと、ついぞ疑問が生じています。

店内設計にあたり、席数だとかオーダーしやすいだとか、メニュー表示が見やすいだとか、その他もろもろ熟考してオープンに至るのだと思います。プロフェッショナルな方々が総力をば結集してステキなお店をクリエイトしたのだとの自負もあるかと思います。

もしももしも、私の独自調査が正しいとするならば、コーヒーショップも時代からややズレ始めているという指摘が出来るのではないかと思います。

 

現時点、年齢差関係なくお客さんが最も重要視し求めてやまない要素、その筆頭に挙げられるのは味覚ではありません。なッ、何をバカなアーッ !! と激怒されるかもしれませんが、あながち大ハズレとはどうしても思えません。

当然、安くて美味しいならば万々歳。しかしながら、ズバ抜けて美味しいというものはそうそうあるものではないですよ。どのメーカーもシノギを削っていますから。

最高に美味しい120円の缶コーヒーと、最高ではないコーヒーだが200円で席につけるという場合、明らかにお店の勝ち。本当に飲みたいだけ、何処かに持参するだけ、持ち帰るだけ、の場合は価格と味が決め手。

ショップに入る場合は長居できるかどうかが決め手。しかも居易いかどうか。落ち着けるかどうか。長居している人が大勢居て、いかに自分の存在が目立たないかどうか。これに尽きると言い切れます。

この傾向は約10年前から際立つようになり、数年前からは利用客の暗黙の了解。ここ2~3年では傾向どころか決定的なショップ・チョイスとして完全定着するに至りました。明らかにそう見えます。

若い女性は、若い女性が多く集まる店にしか入らない。そんな店が見当たらない不慣れな出先では店に入らず自販機。どこか適当な所で飲むことを考慮しての購入。なければ持ち帰り。

高齢者が多いコーヒー・チェーンに若者は入ろうとしない。スマホやノートパソコンを使用する者は、オシャベリ目的のお客さんが大半の店には二度と入らない。間違って入ってしまった場合は早めに退席する。

現時点、昔と似ても似つかぬ傾向はお客さん同士のカテゴリ支配。ママ友同士なら、それが主流のお店。サラリーマンなら同族歓迎、といった様な。

 

誰ひとり会話せず静寂に満たされたショップ。不気味なほど、図書館よりも静寂。その店はスマホやノートパソコンしか見ない若者でいつも満杯。時の流れも一切気にせず自身だけの時間が流れ周囲の時間は停止。それを求めたお客さん達の巣窟。いかなる者も御意見無用。誰も喋ってはいけない。

ワタクシ、一度友人と通りすがりに入店し、その静寂に驚き、話しも出来ない雰囲気に押しつぶされ、しっぽを巻いて15分で退散。店を出た時、2人の黒髪は全白髪と化していた。などという感じ。恐怖。

理路整然とし、落ち着かず、どの席も店員から見て丸見え。ああ、この店はダメだなと思う。案の定、集客力がなく、傍にライバル店が誕生した時点でハイそれまでよ。そんなのが幾店舗も見受けられる。飲み物、食べ物の価格や味覚が原因ではない。

何故なら同じチェーン店でも、別の場所は非常に繁盛していたりするからデス。

現時点、客から見て一切店員の存在を感じさせず、密閉感があり、ウナギの寝床のように入り組み、原っぱのようにガラ~ン感がない造りのお店。これが人気店の条件。休日、遊びに来た人々でゴッタ返しとなるメガ・シティのショップは別物。入れればいい、休めればいい、なのだから。

集客考え、面積を考え席数を決める。客が長居出来なければ集客皮算用も鬼が笑うでしょう。

客の回転が悪ければ店側は大打撃。それは分かります。しかし、回転悪しどころか閑古鳥では閉店は目の前。

出店GOサインを出すにせよ止めるにせよ、出すからには店内デザインを内装をどうするか、それが激しいラヴコールの決め手。男性女性共に入り組んだ造りの店内を好む。勿論、長居狙いのお客さんの場合。

広々とした空間は、独自の世界に埋没することが大前提の入店者には敬遠される。

明るく清潔な店内。清潔はGOODだが明るくはNO。特に白色灯は思考の妨げとなる。お客さんはコーヒーブレイクに来ている。コーヒーに最も不向きな雰囲気作りの名手こそが白色灯デス。

よって最終報告としては、ショップデザイナーさんはお客をウナギだと思ってお店をデザインして下さることを強くお勧め致します。知っての通り、ウナギは神秘的で価値高し。日本人のウナギ好きは周知の事実。

出来うればコーヒーショップ、毎日が土用の丑の日大繁盛とならんことを願いつつ、ワタクシの現場観察最終報告を終わりたいと存じ上げます。今日はこの公演の為に遠路はるばるお越しくださった関係者の皆様、前日より会場前でお並び下さった方々に厚く御礼申し上げます。ご清聴、誠にありがとうございました。

 

国民栄誉賞と文化功労者

Title : 文化が寝てる間にソロリソロリと参ろうか

 

 

今の日本人って自分達の文化を大切にしているとは思えないのですけど…。使えない、役に立たない文化より役立つ物ならソッチが一番、乗り換えて新しい文化にしちゃえばいいじゃん、みたいな…。格式高いところでは守り抜く気概が素晴らしくって拍手喝采ですけれど…。

今の日本人、文句なく大切にしてるのがスポーツ観戦。しかもライブ!。要するに自国文化を扱う番組は低視聴率。スポーツ番組は高視聴率。だから何なんだと言われてしまいますけれど、アア、ますけれど、ますけれど。

文化功労者を受けると生涯に渡って毎年350万円くらいの年金が頂けるのです。しかも税抜き。国による手厚い保護ですよねぇぇぇぇ…。

国民栄誉賞は盾と賞状。報奨金ゼロ。スポーツの覇者である伊調さんもゼロ。

つまり、これってアレ?。国と国民の評価が違う?。でもでも、ですよねぇ…。国が自国の文化を奨励しなくてどうすんですか、なのでありますから納得のお話。

けれども国民的には、国民栄誉賞にも報奨金あげても宜しいのでは?、という方々も結構おられるような気も致しますが…。

誰かが言いました。国民栄誉賞出し過ぎ、ありがたみなくなる、と。

どういう神経してんでしょって思いますねぇぇ…。

社員が一丸になって頑張って会社の業績がめまぐるしく上がった。で、賞与与え過ぎはまずいでしょって?。賞与は立派な栄誉賞。大相撲で、一力士に三賞複数はあげ過ぎだから一つは該当者なしにしましょうだなんてねぇぇぇ…。そういう愚かな発想が社会を疲弊させるのではないのでしょうか?。そもそもの本質を見ず、ありがたみだとか、ほとんどないので貴重だとか、子供っすか。

ボーナスは勲章。大人の社会、職業上、誠意は金、達成感は誉れ、それを、よッ、よもや、多い少ないで判断されてしまうのであれば、頑張る側の人々は当然皮算用を始めます。サクッと計算すっと、どんだけ頑張っても今年の賞与は1人にしか出んのだなこれが。ふんじゃソコソコいくっぺか。

いつも書くのですけれども、公共の電波で言うべきこと、言うべきでないこと、日本は本当にゆるすぎでありましょうねぇぇぇ…。

規制多すぎも問題?。確かに。しかし今言ったことは、そもそも規制される前に大人の自覚と判断で自ら発言しないもの。それが文化。

掟なしの言いたい放題しか出来ないのなら、いちいち、事細かに、言論統制、既成するしかないのでありましょうねぇぇぇぇ…。そうすっと失言なしで番組面白くなくなりますから、規制なんかしちゃダメですよねぇ~。

第一、言論統制は民主主義の危機ではありませんか。そうするしかない程に国民自らが導いちゃってどうすんですかぁぁぁ…。実は文化、民主主義の尺度なのですよぉぉぉぉ…。

涙でにじむメール文字ください / 発売予定ありますか

Title : な、涙で文字が見えんッ

 

 

メールって何て便利なんでショ。いつもトントン、トンカラリッとお世話になってますよねぇぇぇ…。メールないと困る、生きてけないってヒト莫大な数です。

手書きは厳しいものありますゥ~。自分の字のヘタさにガックシとなり、美しい字を書けるようになる通信講座を受ける人も昔は結構居たのだそーですね。ペン習字だとか言って雑誌の広告見て申し込んだりしてたって漏れ聞きましたですョ。

今もやってたりします?。流行る流行らないで言えば、お習字も手習いとして十分楽しめますけど、町の書道教室もきっと少なくなってるのでショ?。

 

爆風スランプのサンプラザ中野は切々と歌い上げましたね?。

♪  ペンフレンドの2人の恋は

つのるほどに 悲しくなるのが宿命

また青いインクが涙でにじむ せつなく

 

と…。本当に聴くたびに切ないですよねぇぇぇ…。涙でにじんだであろう青インクの文字を見た時の衝撃は相当なものがあったのではないでしょうか。彼女は彼の、相手の純真さが怖くなったのかもしれません。いい加減な気持ちで、遊び半分に会いに行ってはいけない。私は彼の気持ちを受け止める自信がない。

彼女の最後の決断は待ち合わせの約束を破る事。若く未熟な彼女の精一杯の誠意だったのかもしれませんねぇぇ…。ウッ。

 

そんな楽曲  ♪  大きな玉ねぎの下で、からさかのぼると由紀さおり様の名曲  ♪  手紙。これに行き当りますことでしょうね?。ね?。

 

♪  何が悪いのか今も分からない 誰のせいなのか  今も分からない

涙で綴り終えた お別れの手紙

 

この歌詞には涙が便箋に落ちて字をにじませた、とはありません。女性は泣きながら手紙をしたためました。字をにじませてはいけない、という大人の配慮を強く感じますョ。いたわりがありますねェぇ…。

大きな玉ねぎの下で、の主人公の青年は相手に配慮する心の余裕などなかったことでしょう。それが若いということ。純朴だということ。それもまた誠意でしょう?。いたわることが出来ない代わりに在るがままの心を相手に惜しみなくプレゼンしたのでした。

この双方どちらでもない、手紙の文字と涙について言及した方がおられます。因幡晃 (いなばあきら)の、わかってください、の主人公デス。

 

♪  これから淋しい秋です 時折 手紙を書きます

涙で文字がにじんでいたなら わかって下さい

 

と…。わかるって何を?。それはこの2人の物語を紐解かなければなりませんョ。歌詞を全部見ると、アア、なるほどね、分かりましたとなりま……

一応、確認しておきますが、分かって下さい、というのはリスナーに向かって言ってるわけではないですからネ?。手紙を受け取る側に対して言っているのですからネ?。分かってますよね?。え?。

ですわよねェェェェ…。

 

気を取り直しマトメに入りますと…。うん、……そう……。

ここデスね。ここ。メールが絶対に手書きのお手紙に勝てないポイント。まぁ、しかし昨今のハイテク進歩はド肝抜かれますから、もしかしたら将来、涙でにじむメール文字というのが作られるかもしれんのです。何かこう…、何?、アプリかなんか入れんでしょ?。いッ、入れんでしょって出ても居ない物の解説聞いてどうするッ!(爆)。

早いか遅いかは関係なし?

Title : 「ア、オレ立ち上がり遅いほうだから」

 

 

ワールドカップで日本が初戦大金星。スターバックスでお茶していると、後ろから「まぁ、日本はサッカーの歴史、まだ浅いから。長い目で見なくちゃな。これからだよ」

確かに。友人にこのことを話すと、

「中国は資本主義世界経済参入、先進国と比べてメッチャ日が浅いけどな~」

確かに。

日本には “ 善は急げ ”というコトワザがあり、“  急がば回れ ” と併せて臨機応変にね、とご指示。というか、今ではあまり日常会話で使われないが。

教訓系昔話の “ ウサギとカメ ” なら小学校低学年で学ぶだろうか。

早いにこしたことはない。は皆の口グセ。確かに。遅かった、は良い意味で使われることは断然少ないのだから。いい意味なんて、せいぜい間合いについてくらい。でしょ?。

しかるに、ありとあらゆる事柄が日進月歩のスピード時代、その道のエキスパート目指すお方の、遅咲き、大器晩成、果たして損か得か、実に興味深い。

 

楽曲ありがとうに秘められた願い / いきものがかり

Title : アンタが1(ワン) だと伝えたくて…

 

3月は別れ。4月は出会いの月と申せましょう。嫌いな人と今後会わなくて済むかと思うとセイセイ、という方もおられれば、お世話になったあの方に厚く御礼申し上げたいけど、勇気がなくって言えないひとこと、なお方も。

ありがとう

とうとう本当に言えなかった。で終わってしまって自分の不甲斐なさにガックリと肩を落とす…。そんなシーンなども人知れず展開されまくるのでございましょうね?。あっちやらこっちやらで…。

いきものがかりが歌った、ありがとうって伝えたくて…。この楽曲の歌詞に改めて全編目を通してみますと、やはり。ありがとうとハッキリ口に出して伝えた事実は詞になってはおりませんでした。

日本人らしいと言えるかもしれませんし、だとすると日本人てヤツァ~、後悔することしきりな民族かもしれませんね?。ダヨネー。しんみり…。

しかし、こうも考えられるのでは!とハッと顔を上げましたワタクシの腕にバァァァァーッ!と鳥肌が!。

もッ、もしかしたら、こういうのは ?!。

主人公がありがとうと口に出して伝えたかどうかは、歌詞を熟読して自分なりの回答を出せと。ひとりひとりの答えが全ての答えであると。

更にハッ!としました!。バンド名の生き物係とはこのことだったのではないのかと!。つまり、学生時分に温かく見守り育てた(゜゜)~オタマジャクシやザリガニがワタクシどもリスナーなのではないかと!。彼女彼ら3人はワタクシ達を(゜゜)~やメダカと寸分たがわぬ愛情で世話しようと決意しこのバンド名にしたのではないかと!。お世話係カムブァァァークッ!!!!。見て、この鳥肌!。これぐらいのは最近ないって知ってる ?!。

 

再結成が待たれます。