追い詰められる民主主義の恩恵

Title : 自暴自棄キノコ

 

 

自国の未来永劫あるべき姿を思い描き、描いては消しを繰り返す、誰よりもそうあるべきは若者達。未知の能力に於いても心正しき勢力拡大は自由自在なはず。

いかなる国に於いても。

政治に無関心な若者が多いと報じられるが、そもそも社会の成り立ちを理解出来ていなければ、政治欄を読んでも要を成さない。

日本映画『万引き家族』がカンヌでパルムドールの栄誉に輝いたが、監督の元には抗議が殺到したという。

自分達のような貧しい者達を笑い者にしている、愚弄している、謝れ!。

社会の成り立ちを理解出来ていなければ、物の道理も理解出来ない。物の道理を理解出来ていなければ、最初の原因、要因がどういう過程を経て結果と言う名の果実として結実したかさえ理解出来ない。

あるのはただ、支離滅裂なタワゴトのみ。

タワゴトが堂々とまかり通る世の中。政府ではなく一部の国民自身が音頭を取ってそれを作り上げる、それと知らず嬉々として行う。

そんな現象は他国に類をみない。

洞察力なき、論理の一貫性なき他者への攻撃。他人の他愛もない発言にさえ覆面罵声を浴びせかける愚かさ。民主主義の恩恵である言論の自由を、国民自体が損なう行為を率先して行う、あるいは容認、黙認する愚かさ。

もはやイジメという言葉も使われなくなった。通常の日常行為として認識されたからだ。

現時点、日本人が最も話題を持つ新時代スタイリッシュは、ITではなくイジメ。好むと好まざるとに関わらず。

 

 

 

黙祷 (もくとう)

Title : 思考なき出会い

 

 

日本の出産時における母子及び胎児の死亡率は世界でも非常に低い。

歳を重ねるたびに死亡率は減少し続けた。医学と医師、病院が総力を結集して生命への灯火を引き継ぎ続けたからだ。

今年今月、再び幼児が餓死した。食物が掃いて捨てる程有り余る飽食大国日本でだ。これは特殊な事件でも何でもない。こんな事件が日本では多発している。報道を観て人々は心を痛め、数日後或いは数週間後にはその事件をすっかり忘れ去る。

育児ノイローゼで育児放棄に至る。決して容認できぬものの、これはまだ頭では理解出来る。

薬物依存の果て、アルコール中毒の果て、殺意なき殺人、或いは確信犯的殺人。これらも断じて許されざる物語ではあるが、理解の範囲を越えない。

母親の愛人は母親の連れ子が邪魔。ゆえに抹殺を試みる。稚拙な計画や手法で虐待を始め、これはイジメの範囲だから許されると自分に言い聞かせる。

思考能力のない人間のクズは毎日、連日、幼児を虐待し続ける自身の行為を微塵も振り返らず、この世には罪と罰があり、神と悪魔が存在し、現実と空想とがあり、愛と憎しみがあり、心と体があることなど全く知らずに育ってきた。

クズは快楽の為の生殖行為という本能のみに忠実で、クズに引き寄せられ交際を始める女性もまた同様の人間のクズだ。クズ男に捨てられたくないがために虐待を容認し黙殺し、愛の絆を決して断ち切るまいと意を強くする。

愛が何故クズに理解出来るのだ。生殖行為しか頭になく、その虜となり無駄に人生を歩んできたクズ。そのクズが子連れの女性と交際を始める。

一体、その子の存在を一体どんな風に、どんな具合に認識していたのだ。どうする心づもりだったのか。何一つ一切合切、世の中のあらゆる要素に関心を持たないケダモノが、一体その子をどう扱うつもりで同居を始めたのか。

一生懸命頑張りますから許してください、という幼女の全身全霊を賭けた懇願はいともたやすく却下され、遂には一生を終えた。可哀想にまあそれはそれとして他にもビッグニュースが目白押しの今日の番組構成ですよ皆さん。

ドラッグやアルコール依存症でもない正常な人間が、無抵抗な絶対的弱者の生命を、その子の世界全てを支配し殺人を犯す。逮捕された後も自身が正常な人間であるつもりで、捕まった不運に納得出来ない面持ちでいる。

憮然とし開き直った顔のクズ母親、何が起こっているのか理解出来ぬままボンヤリと連行されるクズ男。

日大アメリカン・フットボールの軽傷被害者選手の事件を執拗に追い続けるマスコミは、これらの幼児虐待事件の徹底検証、特集などほとんどしない。痛ましい事件が起こる度、単発的に報道し事件の本質に迫り再発防止の具体案を導き出す試みなど全く関心がない。

暗く気が重くなる報道は喜ばれない。スポンサーが怒る。誰も観てくれなくなる、聴いてくれなくなる、読んでくれなくなる、たまたまそういう鬼畜が居ただけのことだし、皆が皆そういう訳じゃないし、運が悪いとしか言いようがなく、まあ、今後二度とこういった悲惨な事件が起きないよう祈るばかりで、という姿勢。

ありとあらゆる意味合いに於いて弱体化を続ける日本。自浄作用がない、のではなく自浄作用など決して持ってはならないのだ。

おびただしい “ 不都合な真実 ” に激怒する人々の猛抗議が殺到し、各機関は正常な業務遂行が困難になる。つまり、触らぬ神にタタリなしという見解に至る。

未来より今日。沈みゆく無政府状態の様相を呈す日本の未来を、健全な状態に戻せる組織はない。リーダーもいない。

クズの母親は娘に結ぶ愛という意味の名前をつけた。

これに代表されるように、日本の現状は言葉の重みなき社会だ。言葉にさしたる意味はなく、無意識な弄びだけが見てとれる。

この記事は必ず侮蔑されるだろう。お前は何様だとそしりを受けるだろう。

何様でも何でもない。誇りを失いたくないだけだ。

 

正義の目が見ていなければ

Title : 新ブレーメンの音楽隊

 

 

誰しも、公共スペースにおける自分の姿を、どこかしらで第三者に見られているという状態は心地よいものではない。

かといって街から監視カメラが消え去る状況は余りに不都合で恐ろしいものだ。

好ましくない監視社会と必然の監視社会。

国家権力機関を監視する機関、もしそれがなくなれば、或いは存在しなければ、不正や隠蔽は自由自在だろう。マスコミもそれに該当するが、それは民間企業、全面的に任せるには無理が有る。

アンタッチャブル、手出し出来ぬ真の正義。国家機関が国家機関を見張る。

監視する正義、そのシステムがいつまでもおざなりなら、その国は真の意味での法治国家足り得ず、民主主義も危うい。

そんな自覚もない国民ばかりなら、もはや末期状態、自浄作用など有り得ない夢だ。

犯罪者扱いより怖い反社会的勢力者扱い

Title : ビビリのままでいようネ

 

 

「捕まる」「刑務所行きになる」「捕まりたくない」「刑務所行きたくない」

大丈夫だ、捕まんねーよ。大抵TVに顔出ないから大丈夫だし。

 

この程度だ。知識がないので世の中ナメる。想像力の圧倒的欠如で、この程度の短絡的な事態だとお粗末な認識でいる。

実際は、捕まる、刑務所に行く、少年院に入る、だけでは済まない。

“ 反社会的勢力 ” の烙印が押されてしまうタグイの犯罪は無数に在る。押されるとどうなるのか。

ほぼ一生、クレジットカードは持てない。自分の子供はどんな学校にも推薦してもらえないし、一流校からは門前払いを食う。

何でバレたか?。反社会的勢力とは社会の敵。リストからいつか抹消される?。ないない。

検索一発でリストは取り寄せられる。

法の裁きでオツトメ済ませました。TVドラマではたったこれだけ。

罪は償った?。そう。でもレッテルは法的機関ではない社会が外さない。

目に見えない烙印が押され一生ついてまわる。だから、そんなこと絶対しない方がいい。だって、どう考えたって割に合わない。損、損、損。

今の日本、一度出来上がったイメージの払しょくはほぼ不可能。ましてそれがイメージではなくオツトメというレッキとした事実なら、きれいごと抜きに言えば、再起不能。

つい軽い気持ちで。

嘘嘘嘘だね。

社会的な人間は、軽い気持ちでは社会に出ない。

叱るより誉める、褒めるより試す

Title : オチビ十番勝負

 

 

ボクの知り合いの女性は、一人息子のJYO(常治、7歳)に姑息な手段を用いる。

お子様JYOの頭より30cmも高い当りに手の平を水平にしてかざし、

「靴下おたたみしなさいなんてママ言わないよ。ママ、アナタよりもっと背が高い頃だって、靴下のおたたみなんて出来なかったんだから。アナタはもっと小さいんだから出来なくて当たり前だもんねっ」

無理をしてJYOは自分の靴下を7~8足たたんで母親に見せ、

「ボク出来たあ…」

「ええええ!。ウソ、すごい、ほんとにアナタがひとりでおたたみしたの?!」

 

ソファでくつろぐJYOの傍で、ワザとらしく母親が帰って来た父親にヒソヒソ声だが充分JYOに聞き取れるように話す。

「アノコ、私がもっと年上の時でも出来なかった靴下をたたむの、1人でやったのよ、信じられないわ」

 

JYOはこの調子で母親の罠にはまり、子供時代の母親など到底足元にも及ばない前人未踏の神童となっていった。と独り思い込むJYO。

叱るより誉める、褒めるより試す。オチビは試練をこなし続けた。

 

凄い…。

細く長く、太く短くに続く第三の人生訓とは

Title : LIVEMAN

 

 

日本には昔から “ 細く長く生きる ” “ 太く短く生きる ”という対極の人生スタンスがあローネ?、マレーネ・デイトリッヒ、古ッ(爆)。同じ様なものが海外にも多数存在することと思われるッス、トリプル・ルッス。

無理せず地道に目立たず道踏み外すことなく無難に日々を過ごし長生きする。

か、無茶してまでド派手に自分のやりたいことを全力傾けのめり込み燃え尽きる先がなくとも悔いはない。か、二者択一究極宣言裏表。

とまハ、人生の過ごし方、使い方な訳だが、スポーツ選手はプロアマ含めて体力勝負な訳だから、おのずと “ 太く短く ” な選手生命である。ちなみに選手生命に生命保険は適用されない。宇宙からの謎の生命体にもだ。

今現在、日本の若者は “ 太く短く ” な人も有ろうが、断然、

“ 細く軽く短く” が圧倒的だ。

柔わっこい食物しか食べないので、近年とみにアゴの骨が細い人が急増してきたというのは周知の事実であるが、それ同様に

存在感消したがリーノ、ライト感覚、重いの嫌いーノ、すぐに名誉なき撤退オイラいち抜けターノ、で全く新たなロマンなき人生訓のお誕生!。

かつて、日本がライト感覚大流行り創世期の嵐の中、

アサヒ・スーパードライとシャウエッセンのコラボ(両者の新発売差は約2年)が一世を風靡するという奇妙な現象が勃発したことがあったゲナ、あーあー、あったゲナ。

そリはどユーことホオ?。

すんばらしければライトも吹っ飛ぶこの重みチウことなんだなこれが。

つまりは、今の “ 細く軽く短く” は、外出時の人生訓で、実は自分のお城の中では、

“ 太く短く” と使い分けられてるかもしれんのだヨ!、ダヨダヨーン!。

そホ。ツンデレがアリなら、これもアリ。何蟻かは不明。

自宅内の太く短く、は大好きな余暇タイムとそれにまつわる出費で貯金なしだと、いわば、グワバ、短くチウわけなんだッシ。

ウーン、しぶい。空恐ろしい程にキマッた。ガンぎまりだべ。

具現化する神

Title : 何で満たそうドンブラー

 

 

未成年の子は親の保護下にある。保護とは、ありとあらゆる意味を持つ。

親に経済的ハンデがある、環境下が劣悪、両親多忙による不在。ありとあらゆる理由によって “ 保護 ” の形態と純度、色合いは変わる。

親に依存症もなく、犯罪歴もなく、愛情もあり、環境も健全。それでも未成年者は道をたやすく誤る。

何故か。

親に隠れてあらゆる単独行動を試みるからだ。無邪気に自発的思い付きで始める、友人の勧め、強制でも起こる。これは防げない。

つまり、“ 保護 ” とは最初から完全実現とは程遠い行為だ。

神が見ている。は、もはや多くの子供には通用しない。祈りを強制することが信者の証だなどとは誰も思わないだろうし。

実際的で実現可能な、子供自身による、自分自身の道を決して踏み外さぬ法典は聖書ではない。

聖書と教会であればよいが、実際問題、違う。

コミック、マンガ、映画、ドラマ、実在、架空問わず、子供が熱心な信奉者となるヒーローの存在。これこそが神に成り代わり子供を保護出来る実践的存在だ。

神はヒーローではない。道を説き聡し、導く光だ。

ヒーローは道を説かず視覚的に実践するのみ。さとさず導かず、憧れさせるのみ。同一化を夢見る子供は実際的で現実的なリアリストだ。

架空のヒーローと聖書の神。子供にはどちらも架空の存在。

神は果たして存在するか否か、この議論は膨大な時間を要し、大抵の場合徒労に終わる。

 

ヒーローは視覚的、聴覚的に、喋り、聞き、子供が見慣れた現実世界、空想世界を躍動する。

ストリートギャングはアルパチーノのスカーフェイスを大抵観ているし、トム・クルーズのトップガンに憧れて空軍に入隊した兵士は非常に多い。

 

子供と、そのヒーローについて、ヒーローを通じて徹底的にディスカッション出来るかどうか、やる気はあるのか、それが保護の度合い、比重を分ける。

どのヒーローが最も適切なのか。それが分からなければ、今の時代、どんなにエリートな経歴を持つ親も、無力下の保護のさ中にある。

ディスカッションに子供が乗れば、親は善意のスリコミを散りばめることが出来るだろう。

 

何故、バットマンは銃を携帯しないのか。

 

対日本向け商品ネーミング虎の巻 / 海外企業にオススメ

Title : ドンドンドボン

 

 

どんなに機能や性能が他社よりはるかに抜きんでていようと、商品名が日本人向きでなければ、優れた消費者の検索拡散はあってもロングランセールスとして市場に定着するのは極く一部に限られる。

逆に、機能性能、味覚などがソコソコの商品であっても、名前が実に覚えやすく忘れがたい場合、その商品はロングラン定着する可能性が非常に高い。

そんなことは常識だと国内外企業は口を揃えるかもしれないが、こと日本人に関して言うならば、日本人ほど自国の単語や言葉の響き、イントネーションに敏感な国民は世界広しといえども稀である。

例えばTVに度々露出している誰かが、たったひとこと、鮮烈で印象に残り、覚えやすく、インパクトのある言葉を吐いただけで、その後その人の実力が浅いと公に発覚したとしても、その人の評価はほとんど下がることなく知名度を保持したまま順調な営業活動が続けられる程だ。永遠に色あせないキャッチフレーズとなる、は大げさな表現ではない。

とりわけ海外企業で、自社製品を日本で幅広く末永く御愛用願いたいと思うのであれば、進出前に海外名称を日本向けに改める程度の努力は必要不可欠である。

日本人受けする絶対不文律な単語は各種在るが、ここでは対日本人向け商品名リストとしてロングランの可能性大な副詞パターンを紹介しよう。

 

 

◆ あいうえお ⇒ アンアン インイン ウンウン エンエン オンオン

インインのみ言いずらく、負のイメージで✖。その他は強力。ただしユルいイメージを持つア行ではある。

 

◆ かきくけこ ⇒ カンカン キンキン クンクン ケンケン コンコン

日常使用頻度抜群のカ行。鋭くビビッドなイメージ。

 

◆ さしすせそ ⇒ サンサン シンシン スンスン センセン ソンソン

ほとんど使用されないスンスンはインイン同様マイナスイメージ。他は使用頻度アリだが平凡なイメージがある。

 

◆ たちつてと ⇒ タンタン チンチン ツンツン テンテン トントン

日本人には爆発的人気を誇るタ行。どれも音が聞こえリズミカルなイメージ。面白おかしく動きを感じさせる大人気なタ行である。

 

◆ なにぬねの ⇒ ナンナン ニンニン ヌンヌン ネンネン ノンノン

✖はヌンヌンのみ。インイン、スンスン同様敬遠される。この行は使用頻度は高いが、地味な印象はぬぐえない。

 

◆ はひふへほ ⇒ ハンハン ヒンヒン フンフン ヘンヘン ホンホン

使用頻度は高いが、意味不明瞭なイメージを持つ。他の副詞や名刺と組合せ、うまく扱えば面白いネーミングが生まれるかもしれない。

 

まみむめも ⇒ マンマン ミンミン ムンムン メンメン モンモン

子供のイメージがあり、可愛さやあどけなさを感じさせる行である。

 

やゆよ ん ⇒ ヤンヤン ユンユン ヨンヨン ンンンン

日本人にとっては何故か外来語に聞こえるイメージ。当然、ンンンンは言いずらく✖。

 

しかし、これら50音繰り返し副詞より更に人気のグレードが高いのは、上記に濁点をつけたものである。無論、濁点がつけられる行は限られている。

 

◆ ガンガン ギンギン グングン ゲンゲン ゴンゴン

猛烈でエネルギッシュな商品には相性抜群メガトン級だ。

 

ザンザン ジンジン ズンズン ゼンゼン ゾンゾン

ガ行同様猛烈アピールだが歯切れはガ行より劣る。

 

ダンダン ジンジン ズンズン デンデン ドンドン

ザ行とダ行で重複するジンジン、ズンズンは発音が違う。かなり人気のある副詞が多い。現在進行形のイメージがある。

 

◆ バンバン ビンビン ブンブン ベンベン ボンボン

ガ行と二大人気を分けるバ行。弾むイメージは抜群だ。

 

相互組合せ如何で大ヒットなネーミングが誕生すること請け合い。例えば、

バ行のバンバンとビンビンの組み合わせで ビビンバ バンビ

日本人は覚えたくなくても覚えてしまう。

海外企業には是非認識して頂きたい。

 

いいじゃないの幸せならば

Title : Now I’m soldier

 

 

1968年、楽曲『世界はふたりのために』を大ヒットさせ一躍スターダムにのし上がった相良直美(さがらなおみ)。

日本の国営放送は彼女を最優等生として、その後あらゆる自局歌番組に起用した。まさに国営放送の顔、そんな扱いだった。

相良直美が同性愛者であることが突如発覚する。恋愛関係のもつれから、恋人相手のキャッシーが関係をマスコミに暴露したからだ。

その年、相良直美は国営放送大晦日歌合戦に落選する。以降、彼女の復帰はなかった。

1968年、つまり事件発覚前、相良直美は

楽曲『いいじゃないの幸せならば』を大ヒットさせているが、国営放送はいいじゃないのでは済ませなかったわけだ。

2018年、勝間和代氏が同性愛をカミングアウト。SNSでは応援しますの声が殺到。

心地よい時代の風向きも、たまには吹くものだ。

 

信長と秀吉と家康とIT

Title : 句会に行かんかね

 

 

いにしえの日本戦国時代に於いて、最も重要とされる天下人は三名。

織田信長。豊臣秀吉。徳川家康。

これらの名前を知らない日本人はほぼ皆無。例え、戦国武将に何ら関心がなくとも、あらゆる媒体の歴史時代劇で徹底的に拡散されるので、誰であろうと擦り込まれてしまうからだ。

 

織田信長  Nobunaga Oda

“ 鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス ”

 

豊臣秀吉  Hideyosi Toyotomi

“ 鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス ”

 

徳川家康  Ieyasu Tokugawa

“ 鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス ”

 

三名の性格が的確かつ如実に表れているこれらの句も名前と共に相当知られてはいるものの、出所が随筆『甲子夜話 / こうしやわ』であることは、ほとんど知られていない。

最初に信長が句を詠み、他者が後に続いて詠んだ。

周知の様に、これらの句は身近な人々の性格や性質になぞらえることが多い。

何故、ホトトギスなのかと言うと、鳴き声が異様でけたたましく異様、戦国時代には音色を聴くのが一興だったのだろう。また、時鳥と書くことから時を告げるエポッカーになぞらえていたのかもしれない。

 

ボク個人としては眼前に迫った前人未踏の壮絶世界を思い描き、家康の句に続きたい。

 

“ 鳴かぬなら ワタシが鳴こう ホトトギス ”

詠み人::IT