頼む、と頼る、の違い / 必ず生じる性別による誤解

 

 

 

それが知人でも、女友達でも、恋人でも、多少なりとも深刻な面持ちで「相談に乗って欲しいの」。と女性に頼まれれば、男は真剣な表情でキッパリと彼女を見据え「いいよ。分かった。いつがいい?」。

女性は相談を聞いて欲しい、と頼んだ。

男性は相談を聞いて欲しい、と頼られた、と解釈しがち。

いや、大抵、頼られた、と解釈する。

頼む、と頼る、では大きな違いがある。頼む、は他人に対してでも気軽に出来ること。頼る、は相当信頼関係がなければ出来にくい行為。

では何故、男性は知人相手に頼られたと思うのか。

それは男性の本能。頼られてこそ男。何故って、頼られたら代行しなくちゃいけないでしょ?、お悩み解決代行を。頼れる助っ人。頼られるは男のウツワの大きさなればこそ。今こそ腕の見せ所。自分の力量が試される。

思い違いか勘違い?。いやいや男性固有の本能でしょう。だって自分で自分の問題を解決しなければ、それが出来なければ世の中渡っていけないでしょう。それが男性の日常。毎日押し寄せる波。逃げ出したくても逃げ出せない男ってやつの日常。

じゃあ、頼りたいのが女性?。デキる女性もデキない女性も大抵は同じ。頼りたい。ただし、この頼りたいは男性が考えているソレとはかなり違う内容を秘めている。甘えたい、とは微妙に違う。

女性が誰かを頼る、頼りたい、と思う時、言う時、それは理屈だの、道理だの、ツジツマだの、約束ごとだの、ルールだの、筋道だの、男性社会の掟とはまるッきり違う。違い過ぎる。セントバーナード犬にいくらタテガミを装着しても絶対に人はライオンだなどとはごまかされないはずだ。それと全く同じこと。

女性は何かについて悩む時、その全身、全細胞、脳から何から、ことごとく、ある種の強い強い感情に包まれた状態と化す。その感情自体が彼女そのものになると言っても過言ではない。

彼女が強い哀しみにくれている状態なら、もはや彼女は哀しみという名の生き物であって、人間とは微妙に違う状態にトリップしている。

女性は感情に支配される天才。これは事実だ。ただし感情の種類によって、そのトリップ状態は激しい落差を生む。

怒りに対しては極度のブレーキが働く。激しいヒステリーを起こしている場合でも、彼女の怒りは見た目程ではない。怒っていることより自分が怒りを外に出している事への驚きが彼女を激しく興奮させているだけ。自身をコントロール出来ずに興奮していると言ってもいい。

それは男性の怒りとは全く別種のものである。男性が怒髪天を突いた場合、もちろん興奮状態にはあるが、自分が怒りを外に出したことになど全く興奮してはいない。女性ほど普段から、幼少期から、抑圧され続けて生きてきてはいないからである。

男性が激怒している時、度合いによるが怒りの感情と完全なる一体化等していない。何故か。一体化したら敵にやられてしまうからだ。どこかに冷めた部分を残しておかないと状況判断が狂う、ということを男性は最も恐れている。負けたくないからだ。

男性は基本的に戦うように作られている。パワーゲーム皆無の世界に身を置くことは許されていない。争う様に作られている。女性を守る様に作られている。

証拠?。証拠は社会。ボク達が暮らしているこの社会。この世界そのもの。規範、憲法、法律、世の中の仕組み何もかも、男性中心で作られる。作られている。こんなことを言うと女性蔑視だという意見を頂戴するかもしれないが、全くのハズレ。それは違う。各々が全く違う生命体だと言いたいのである。同じ人間だし、一長一短あるのも同じだ。全く違う生命体というのは、男性は出産出来ない。不可能。それを、男が子供を産めないのは不平等だ、蔑視だという人なんて居ないでしょ?。

男性だけ凄い筋肉組織や骨格があって、女性にないのは不平等だから自分にもハルクの薬を下さいなんて言う女性はほとんどいない。

そういう観点で、男性と女性は感情の出し方、囚われ方が、全く異なるということなのだ。

基本、子供を産み育てる女性が理屈や道理に支配されたら一体どうなるでしょう。骨は細る、歯も弱くなる、お腹にはヒビが入る。やだやだ絶対やだ、という頭で考える理屈が、子供を抱き上げたいという強い強い感情のうねりに打ち負かされる。だからこの世は滅びない。

人間が人間を生む。産む。それほど壮絶なことがこの世にあるだろうか。男性は戦うように作られて生まれ、生れ落ちてからずっと戦い続ける。勝てば慢心する。たかが出産と軽んじるようになる。たかが家事洗濯だと思うようになる。それが当たり前の真実であるかのように得々となる。

女性に対して、何でも自分の都合のいいように考えてしまう癖が男性にはある。女性も同じだと思われるかもしれないが、女性のソレは感情に左右されての都合。男性のソレには悪知恵が隠れている。何故って、考える、策をめぐらす様に作られて生まれてきたからだ。戦うように作られている。腕力だけのことではない。むしろ社会に出てからは圧倒的に頭脳による戦いなのだ。でないとお手が後ろに…。

女性は損得勘定に長けている、と男性は怒るが、女性のソレは可愛らしい。深さに欠ける。どんなに欲深くても、その損得勘定には生き馬の目を抜くほどの残酷さはない。

男性にはそれがある。損得勘定は根が深い。パワーゲームに舌舐めずりすることさえある。

だから。

女性がある種の強い感情に包まれていて、悩みを聞いて欲しいと言ってきたら、ゆめゆめ、頼られたなどとスッとぼけた勘違いをしてはならない。感情と一体化した人に向かって論理で対抗し、事を解決しようとする人、ナンセンス。女性は解決もして欲しいかもしれないけれど、何より一番欲しているのは、自分の感情と同一化して欲しい、ということ。雨が地下水となって地の底で融合する。一体となる。その感覚を共有しても良い相手、にアナタが選ばれたということだ。それは深い意味を持つ場合もあるし、それこそ気分に過ぎない場合も。

 

女性特有の至福。感情と感情の見事な調和。子供を持つ女性、持たない女性、そんなことは一切関係ない。どちらも女性、女性は女性。

至福の時、彼女達は欲しい物をシッカリ手に入れている。

私の羊水の中、私の分身が一体化しているという女性感。満たされた安堵感。そこに男性のちっぽけな権力闘争だの屁理屈だのが入り込む隙間などミジンコも残されてなどいないのだ。

もっと分かり易く言えば、妊婦さんが座っている。彼女は臨月のお腹を自身の両腕でやさしく包み、まだ見ぬ我が子に囁き(ささやき)かけている。口に出して。心の中で…。元気で生まれてきてね、お腹空いてない?、その他もろもろ。愚痴をこぼすこともあるかもしれない。彼女は我が子に返答など求めてはいない。愚痴内容の解決策も要望しない。返答なき会話が出来る。それが好き。だから女性は男性とは一線を分かつ。彼女達は男性に決して出来ないことが出来る。羊水に浸かっている我が子を感じることが出来る。我が子が羊水に包まれている。その羊水を包んでいるのが彼女。彼女の羊水には理屈がない。ルールがない。掟がない。ただ感情があるだけ。感情の名称は愛。

 

男性諸君。彼女に相談があるといわれたら、まずは黙って彼女の感情になりなさい。溶け込みなさい。羊水の名残りさえ覚えていない男性諸君、そのことだけは、時々思い出してみようじゃありませんか?。

 

 

◆写真タイトル / 大きな顔しちゃって

 

 

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空中分解システム (12) / 無視を凝視に変えたアスペルガー

 

 

 

数あるイジメの中で最もつらいのが無視。しかもそれが大がかりな多数集団からのものだとすると、受ける心的ダメージは計り知れないものがある。それが連日続く。中断もされなければ終了する見込みもない。自分に打開策は一切無く、こちら側だと思っていた人々にも心の叫びを軽んじられたと感じた瞬間、彼は、彼女は気づく。敵に無視されるよりつらい味方からの無視。絶海の孤島、孤立無援。

大人であれば、誰もが上記のエピソードを我が知識として先刻承知だし、リアルに実感も出来る。いや、むしろ子供達の方が、より一層敏感に認識しているのが現状かもしれない。

無視。無いものを心の目、脳内の夢の中で視る、という意味だ。つまり無視とは、構ってあげない、話しかけてあげない、仲間外れにしてしまう、などという単純な次元の話ではない。

無視される人。彼は、彼女は、もはや物理的にそこには居ない人なのだ。そういう扱いなのだ。「だって現に誰も居ないじゃないか。幽霊の話でもしてんのか?。え?、彼?。ああ、ソイツのこと言ってるのか。役立たずも居る事にするんなら、最初にそう言ってくれよ」

 

A女史。36歳独身。一流商社から一流商社へとヘッドハンティングされ、新天地に勤務して一か月。早速、彼女に対する無視が始まった。だって無理からぬ話でしょ?、あんな変人自己チュー、誰だって相手にしないわよ!。

変人自己チュ―のレッテルを張られてしまったA女史、昼休みに給湯室へ入ると彼女を無視するグループのうち2人が向かい合ってお茶を飲んでいる。中堅女性社員に向かって、A女史は屈託のない笑顔でこう声をかけた。「私、気がつかないタチだから迷惑かけるかもしれませんけど、何でも言って下さいね」そう言うと一礼、御茶をくみ給湯室の明かりを消して出て行った。残された2人は真っ暗な中で唖然、見えない顔を見合わせたという。A女史、一事が万事この調子。悪気はない。アスペルガーなのだ。

天然な、本当に気が付かない人だとすれば、よほど甘やかされて育った人。そんなはずはない、故意だワザとだ、避難ごうごう。仕事上、多大な迷惑を被る同僚達。気持ちは分かる。理由なき無視ではない。必然と言えなくもない。

A女史の以前の職場は社長秘書室、つまり同僚皆無。社長は彼女の浮世離れに無頓着。妻に対しての浮気のアリバイ作り、口裏合わせに長けていてくれさえすればよかったからだ。

A女史は鈍感で脳天気な人というわけではなかったから、やがて過酷な無視に耐え切れなくなり、心を病み始めた。もう誰に対しても笑いながら話しかける試みも一切断念するに至った。

A女史は、誰が見ても血の気が引くような吸血鬼の生首を実物大に製作し、職場のマイ・デスク上に置いた。誰からもよく見えるポジションに。たちまちナマクビは陰口話題のマト。本人に対し、文句のひとつも言うに言えない環境下。

 

「あのう、この書類の提出先変更に関してなんですけど」

A女史は生首を相手の目線にまで掲げながらニッコリ笑い、

「私が聞いてるんじゃありません。この人(口の周りが血まみれペインティングの)が聞いてるんです。この人は無視出来ないでしょ?」

無視は凝視へ変換した。面白い奴だと苦笑いしながら彼女を受け入れる者まで出始めた。度量の違いだろうか。とにかく、こんな実話が東京丸の内ど真ん中で起きた。

 

無視から凝視へ。

 

こんな人も居る。

 

 

☆A女史は、のち寿退社。現在専業主婦。

 

 

◆写真タイトル / 有るんだったら黒胡椒で引き締めて!(調理:カモノナカ)

 

 

 

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When the evil spirit / 魔の時

Title : Why don’t you the more pace ?!〈ペース落とせってば !?〉

 

 

Devil kid received children of invitation so that it is not suspicious.  However, it has become fatal.  Devil kid run out of stamina in the daily lack of exercise!.

 

悪魔小僧は怪しまれぬよう子供らの誘いを受けた。だがそれが命取りに。日頃の運動不足がたたり、体力を失ってしまったのだ。

本当に恐ろしいものは? / ジョーズ

Title : 上手ではなかった

 

 

人の悪行やゴシップに関心を寄せ自分と比較して僅かな慰めを得るより、もっと楽しいことが他に有る。取るに足らない小さな事かもしれないが、自分の名前の由来を検索して一度詳細に調べてみるとよい。あなたは信じないかもしれないが、“ 名は体を表す ” という先人の教えは確かに一理ある。どんなに適当に付けたと思える名前でも、必ず本人をなぞらえているものだ。自分探しに興味があるなら、手軽に真っ先に調べられる案件事項だ。

名前が本人を真似る、日々真似てゆく。まさか?。さあ、疑うなら一度とことん調べてみては?。

親しみのある笑顔

Title : 美しき嘘

 

 

マズイことになったなァ、ええ?。神様がお決めになった者と全く違う者の恋心を誘発してしまうとはな…。もしお前の不始末が神様のお耳に入ったとしたなら一体どうなると思う?。

いやなに、オレが口をつぐんでさえいれば済む話だ。だろ?。なに、簡単な話だ。お前がオレの色々な仕事に2~3日付き合ってくれさえすりゃいいんだ。な?。簡単だろ?。簡単だよ。だろ?。

空中分解システム (2) / 食物連鎖の最底辺に位置する不都合 / 分裂から融合へ

 

 

 

何故、核家族化現象が起こったのか。何故、在宅ワークなのか。理由は個々のケースで様々。早期離婚、早期退職、中途退学、仲間外れ。分裂。更に分裂。また更に分裂…。

分裂予想、分裂不安、分裂危機、分裂間近、分裂の現実化。

達成された分裂。便宜上か逃避か。逃避か、逃走か。

 

果たして最後まで逃げおおせるかな?。

何処まで行けば分裂は終わる?。

今のが最後の分裂だって?。その根拠は?。理由は?。

核分裂に次ぐ核分裂。自分でさえも驚かずにはいられない程の分裂。

 

組織からの分裂。分裂という名の離脱。離脱という名の逃走。

逃走という名の拒絶。拒絶という名の否定。

否定という名の自己愛。自己愛という名の孤立。

孤立という名の孤独。孤独という名の独立。

独立という名の革命。革命という名の反抗。反抗という名の自我。

自我という名のエゴ。エゴという名の個性。個性という名の性格。

性格という名の性質。性質という名の本質。本質という名の自分。

自分という名の核。核という名の単体。単体という名の単細胞。

単細胞という名のプランクトン。

 

食物連鎖の最底辺に位置する不都合。

 

不都合脱却の為のあがき。あがきという名の主張。主張という名の自己チュー。自己チューという名の個性。個性という名の手腕。

手腕という名の詭弁。詭弁という名の特技。特技という名の才能。

才能という名の悪知恵。悪知恵という名のそしり。そしりという名の攻撃。攻撃という名の批判。批判という名の弾劾。

弾劾という名の追放。追放という名の処罰。処罰という名の評価。

評価という名の世間。世間という名の社会。社会という名の現世。

現世という名の生活環境。生活環境という名の生活。生活という名の日常。日常という名の暮らし。暮らしという名の昨日。

昨日という名の今日。今日という名の明日。明日という名の将来。

将来という名の未来。未来という名の期待。期待という名の希望。

希望という名の成功。成功という名の幸福。幸福と言う名の財産。

財産という名の結果。結果という名の目標。目標という名の実力。

実力という名の優越。優越という名の自尊心。自尊心という名の私。

あなた。わたし。彼。彼女。あの人。あの人たち。

 

さあ、折り合いをつける時が来た。

 

 

 

◆写真タイトル / 花を撫で始めた象

 

 

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社会参加と地域参加 / せばめられてゆく連帯意識 / 反抗期から反抗人生へ

Title : ストレス小僧

 

 

かつて “ 悩める年頃 ” という言葉があった。今は希薄。そういえば “ 反抗期 ” という言葉もあった。“ 思春期 ” なる思わせぶりなネーミングの物も。今なお一応名残りの様に現存してはいるものの、これらの単語は今や余り実用的ではない。

1998年頃より、日本の人々は誰彼かまわず年代問わず日常茶飯事的に悩んでいるので、とりたてて悩める年頃などと限定することもなくなってしまった。反抗期しかり。年代問わず反抗し続けている。反対し抗うのが反抗だが、ずっと以前に比べると現代トレンドは “ とりあえず反抗 ”。世の中の道理や物事の筋道など一切おかまいなし、ただ気分で反抗。いや、もっと分かり易い言い方をすれば、反抗というより不参加。ダルいからパス。

不参加では分かりにくいだろうから、これならどうだろう。“ 関係ない ”。もっと親切に補足すると、ウザイ。どーでもいーし。だから何か?。みたいな。

 

ストライキ突入、も社会的風物詩ではなくなった。労働組合が異様に弱体化したからだ。日銀総裁は、景気が上向くので自然と賃金は上昇するとおっしゃる。残念ながら非常に怪しい。権利の主張に無頓着な労働者に対し、進んで利益配分を行う企業は稀だ。当たり前の話。だって個人主義の時代。民主主義国家ではあるが資本主義国家の側面が前面に押し出される時代。世界中がそう。

労働組合?。ウザイ。関係ない。その結果がブラック企業の台頭。巷では汗水流し働くお父さんをオヤジと笑い、やがて自分もそうなることは先の話だから関係ない、の若者達。犬扱いされ我が身を悟ったオヤジは、かつての様にお見合いなんて世話しない。世代間の絆はとっくに断ち切られた。

日本各所に出向いてゆくボランティアの方々には頭が下がる。人を思いやる心は傷ついた地域とと共に有り、社会参加というよりは地域復興参加。つまりは人と人とが互いに助け合う見事な絆。

絆を放棄した人々の社会参加行動といえば、即、頭に浮かぶのは選挙投票。毎回の投票率は、私達ひとりひとりの社会と言う名のパイの重要性を物語っていると言える。

 

 

 

 

 

ソーシャルリンク内のコピー集団 / 傷つきたくない、からの卒業

Title : キーボードにサンドされながらもソバをすするタコさん

 

 

いわゆる『私の好み』というものがある。それは思春期の頃から次第に明確となってゆき、それに対しての固執度数も高まってゆく。

『私の好み』には2通りのものがあり、1つは生まれつきのもの。血筋による好み、染色体に組み込まれているもの。

2つ目は代償行為としての好み。例を挙げると、幼少期に何らかの理由で母親からの愛情を心身共に実感出来なかった場合、思春期の頃より胸のふくよかな女性に惹かれる可能性が非常に高くなる。それが母性の象徴だから、というより、人間はそう出来ているから、の方がダイレクトな実感を持つ。

ただ “ 神様 ” と言われても良く分からない。姿や顔を見ないと実感が湧かない、と思う人は多い。故に十字架に架けられたキリスト像が作られることになる。偶像崇拝の根拠は、目に見える偶像があるのなら、神もまた存在すると素直に思える、という視覚の代償行為だ。イエスの十字架を手にしただけで、私は神に触れた、と自身を納得させられる。

 

自国も自身も経済的に豊かであれば、女性は眉毛を太くする。貧しくとも太い眉毛の女性が大多数の国は、国民の大半が楽天的な者の考え方をする傾向を持つ。

楽天的な物の考え方をする人が少ない我が国に於いてさえ、好景気が続いている間は太い眉の女性が大多数だった。当時のアイドル写真を見返してみれば納得出来るだろう。

マレーネ・デートリッヒに代表されるような、眉毛を全て剃り落した上に一本線の眉毛を引いただけの化粧は、楽天家とは真逆。神経質なまでに自己の仮説探索にのめり込む重厚な思考を持つ人の特徴。彼女の人生を調べれば非常に理解出来る。

思春期前の幼児や子供に殺戮ゲームを四六時中好き放題やらせていると、その子は邪魔な人間や嫌いな人間を即刻問答無用に除外しようとする傾向を、その後の人生下で持つようになる。正当な理由なきイジメや、続くことのない友人関係の履歴書はこれに該当する。それほど幼児体験とは危険をはらんでいるものなのだ。

自我がある程度形成されてからの殺戮ゲーム三昧は、上記の傾向にほぼ該当しない。

ソーシャルリンクにおける横のつながりを渇望する人々は、お手軽な友人交友を求めているのだ。とよく言われる。確かに楽しいものだと思う。

 

実態を伴わないソーシャルリンク内の人々との交流で、ある特殊な傾向を示す一群がある。

空恐ろしい程の無意識さで、本当に自然な面持ちで、完全に自覚なしに、他者と意見交換をする。相手が自分とソックリ同じ人間だと無意識に認識し交信する。相手は誰もかれも、自分そのものなはずだと無意識に認識し交信する。

自身と全く違う意見を述べる人に即刻逆上する。逆上が少ない日々は、相手が自分そのものだと思い込んでいる、自分と同種の人々との交信だけで済んでいる期間だ。

経験を積むと、同種である相手が自分にどんな意見を言って欲しいのか先回りして読める様になってくる。そして先刻承知の答えを返す。つまりは先読みコピーを返すのだ。相手と全く同じ意見をコピーして返す。しくじれば慌てて修正し同調してみせる。

そもそも、相手を自分の分身だと誤認した理由は何だろう。それは度重なる同意見によるものだ。

やっぱり私の考えは世間の常識そのものなのだ!。

 

それではコミュニケーションの意味がない、会話の楽しさがない、と思われるが実はそうではない。

自分と相手の意見が同じだった、という事実に激しく満足するのだ。目的は意見交換ではなく、自分が皆と一緒である、という確認が主たる目的なのだ。

それは、自分一人が置いていかれるのではないか、という内在する不安と恐怖からきている。さしたる理由もなく炎上行為そのものを目指す人々。その理由はストレスだと多くの人が口を揃える。違うとは言わない。そういった一面もあるだろう。

かつて、幼児期に自覚なき孤独感を体験し続けた人々。彼ら彼女らは他人と全くの同意見を意図的に量産し、同意見である相手だけを仲間と感じる。その心地よさはコピーのコピーを生む。同じ結論の意見が最新コメントとして発信される。それは数えきれないほどコピーを繰り返した挙句の劣化コメントかもしれない。

これこそが、傷つきたくない人々が孤独を幸福感に変換する代償行為法だ。

傷つくことを怖れ、見知らぬ人々との交流を求めソーシャルリンクを始めても、傷つかない手法を続けるのであれば不毛な気がする。

無論、不毛だと感じるのは私なのであって、当の本人達が楽しいのであればそれで良いではないか、と多くの人々に言われるだろう。

しかし、相反する意見を、ムリムリ、強引に、ガマン比べの苦行の様に、歯を食いしばって読み、感情を抑え、筋道の通った反論を返し、そのキャッチボールを最後まで感情論抜きにやり遂げることが出来たなら、新しいソーシャルリンクの友人達にきっと出会えるはずだ。そこには会話があり、本当の情報がある。

本当の情報とは、相手の人柄だ。

それを入手出来る人は、孤独とは無縁な人と言って過言ではないだろう。