一方的な生き方の人は他人とどう関われるのだろう / 無意識の強制的服従願望

Title : キャットマン

 

 

 

平和憲法などと呼ばれる憲法は我が国以外にない。軍隊保持、自衛隊能力の拡大の是非はさておき、憲法改正理由が

「自民党結党以来の悲願だから」

「押し付けられたもので我が国独自のものではないから」

というのでは民主主義さえ語れぬお粗末極まりない発言で、もはや幼児の不平不満の域を出ない。

押し付けられる以前の大日本帝国憲法は民主主義憲法とはほど遠かった。今回は民主主義をしっかり貫いたものにします、と言うのだろうが、何故改正するのか詳細な説明を国営放送でキチンとしないのは何故か。

国民のみならず、かつて我が国から侵略戦争を受けた近隣諸国への配慮すらないというのか。英霊への配慮さえ欠く。

耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んだ人々への配慮はどうなっているのか。

一方通行が横行する近年の日本。何かがおかしい。

マスコミはやたら “ 国民的〇〇 ” というキャッチフレーズを頻繁に繰り出すが、それはおかしい。国民的なら抜群の知名度を有していなければならない。抜群の知名度はなにかを成し遂げなければ得られない。根拠なきキャッチフレーズは現実無視のタワゴトでしかない。無論、タブロイド的宣伝文句に本気で反論するつもりはない。単に一方通行の事例を挙げただけである。

ベテラン教職者いわく、

「最近の若い人達は、出て行け!と言われると速攻出て行く。反論しない。申し開きをしない。自身を主張しない」のだと。会話なき逃避、それで幕。

一方通行的生き方を実践するならそれも良い。個人の自由だ。しかしながら、それを実践している人々が第三者に対してKYだの上から目線だのと立腹するのは何故なのか。

KYと認定した相手、上から目線だと認定した相手、その人達は一方的な言動をしているわけだろうから同類ではないか。自分は良くて他人はダメなのか。

一方的にもうけ話を聞かされ、それに飛びつき詐欺被害に遭う。独自に調べて質疑応答し、事の真意に肉薄しない。何故か。

面倒臭い。自分では何をどう調べてよいものやら、よく分からない。なわけで一方的をすんなり受け入れるのか。

一方的な自分と一方的な他者が向かい合い、どちらかが一方的を薦め、どちらかが従う。これを隷属関係と呼ぶ。

一方的な者同士が互いに譲らず硬直化すれば物別れ。何をも生じない。

一方的な自分と一方的な相手。理解するために意見を述べ合わず、ただ結論のみを主張する場合、両者は、実はこの時、完全に民主主義の理念を全否定している。

そのやり方で国体が維持出来ようはずもない。大声で叫んでコダマが返ってこない。障害壁がないと安心して突き進むが、妨げがない心地よさは比較する機会がないため、方向性をやがて見失う。

砂漠で磁石がなければ、そうだ。磁石ですら立派過ぎる相手だったのだから。