トランプ大統領と貴乃花 / 孤高のリーダーその共通点と相違点 /

Title: ピーナッツの皮をむき中身を半分にするピーナッツバター小僧

 

 

トランプ大統領は自国民が最も大事であると主張しアメリカン・ファーストを貫く。一方、貴乃花親方(元)は愛弟子達に火の粉がかからぬよう引退を決意、辞表を提出、いわばマイ・ルーム・ファーストを貫いた形。

トランプ氏は、長きに渡り壮絶な実業界で孤高の戦いを繰り広げ、遂には政界に昇りつめた。一方、貴乃花もまた、長きに渡り壮絶な星獲りの角界で孤高の相撲道に精進し、平成の大横綱と呼ばれるにまで至った。

世界の国々から、アメリカンファーストは独善的、独裁的と揶揄されながらも、トランプ大統領の繰り出す衝撃波は耐えることなく続く。

トランプ大統領に対しての世界各国、それは貴乃花と各相撲部屋との関係になぞらえなくもない。違いは、トランプ大統領には生き馬の目を抜く実業界での百戦錬磨の駆け引きや交渉事のノウハウが研ぎ澄まされていて、大統領就任のその日から完全に戦闘態勢に入っていたのに対し、寡黙でひたすら闇の中で四股を踏み、己が信じ疑わない相撲道を追及し続けてきた孤高の力士には、世俗的で社会的な習わしなどは眼中になく、一切の駆け引き、綱引き、落としどころの段階といった有形無形のコミュニケーションの術を一切持ち合わせはしなかったという点に尽きる。

純度の極めて高い心技体は、現世のエレメンツを一切合切拒絶した。

無論、政治家と力士を比べようもない。ないが、いきなり刺客に我が身の骨を切らせてはならない。大人の心得としては。皮や肉を切らせても絶対に骨だけは切らせない、それが処世術だ。純度の高い崇高な理念や精神は、適切な処世術によってウィルス感染などしない。

純度の高い極めて崇高な我が世界を孤高に行く、問答無用、御意見無用、と言うのであれば、やはり組織に留まる事は不可能なのだろう。今回彼が受けた理不尽極まりない組織の仕打ちは決して許しがたきものであったことだろう。だがしかし、今回そのような仕打ちを受けなかったにしても、いずれ、いつか、組織を追われる憂き目に遭ったに違いない。遅かれ早かれ時間の問題だった。

誰が何を、どうやって、守り抜こうとするのか。世界には、世間には数え切れぬほど多くの誰かが存在している。

誰でも誰かを愛している。そう、ディーン・マーチンの歌の様に。そして、誰でも何かを愛している。

孤高というスタンスで何かを守るのか。孤独で何かを守るのか。どちらでも関係ない。同じことだ。お金を愛する誰か、名誉を愛する誰か、誰でも何かを手に入れようともがき、あがき、そのために闘い、破れては恨み、ねたみ、怒り、次の行動を起こす。

トランプ大統領がホワイトハウスを去る時、誰かが大統領職を引き継ぐ。横綱も又そうだ。記憶に残るか、記録に残るか、そんなことより最も大切なことは後続の子供達に夢と勇気、正しい心を育むような灯を灯すことだ。

その灯りは決して自らの手で消し去ってはならない。

その灯火こそ、政界だろうが角界だろうが、ありとあらゆる世界で人々が求めてやまない心技体なのだから。それは、人によっては神と呼ばれ、愛と名指しされる、人間が決して見たことのない、

パンドラの箱、最後の切り札なのだから。