自分が作った危険ルール / 自傷行為 / 心のSOS

Title : 老人と海〈ヘミングネコ〉

 

“ もったいない ” は、確かに日本人古来からの通念。にもかかわらず、相変わらずの膨大な食品廃棄量。

多めに買って余っちゃったぁ~。

余り物には福があるはずなのに全面廃棄の残念さ。それは、

目に余る。と言える。余りにヒドくて見てはいられない程だ、の意味。

手に余る。とも言える。あまりにスゴくて手に負えない、こちらの能力では対応しきれない、という意味。

身に余る。なんていうのもある。目に余る、や、手に余る、とは違って良い意味で使われる。

「抜擢してもらって身に余る光栄です!」だとか、

「殿、もったいなくも、ありがたい、身に余るお言葉でござる!」などと使う。

しかし、昨今では、少し違うニュアンスで使われることが多くなってきたように思われる。

身に余る業務内容で手に余る。皆そうなんじゃないの?。職場の連中の大変さ、目に余るな」

などと、負のニュアンス3兄弟が完成しつつある感は否めない。

 

ところで、現代ストレス社会の中では、

自分自身による、自分自身のための、自分自身に対する全面的拒否権の発動がアチコチで取り沙汰されている。

食事してはならない。食べても消化してはならない。吐き出さなければならないルール。自分自身が、自分自身の価値観で築き上げた世界の中でのみ通用するオキテ。ルール。

カロリーに対する全面的拒否権の発動…。

誰からも強制されたわけではなく、他人から誉めてもらいたいがためのルール。やせて可愛くなったネ、と。

リストカットも過食症も拒食症も、根は同じ。共通点は全面的拒否権の発動。しかも24時間の厳戒態勢が敷かれる。

誰に強制されたわけでもなく、本人が自分自身に対してこれを発動する。

自分はダメな人間だ、また失敗した、ヘマをした。許せない。罰を与えなければならない。リストカッターは自分のような人間は幸せになどなってはならないのだと、幸福に対し全面的拒否権を発動する。

拒否権を発動しないでいる状態には到底ガマンなど出来ない。自分では、自分の厳戒態勢が普通ではないことを理解していても、決してやめることは出来ない。

絶対に片づけてはならない。ゴミ屋敷の中での安堵。

決して開封されない買い物袋の山。売りに出すことも思いつかず、翌日には再びショッピングに出かける。決してMONEYを放出せず、蓄えにまわすことなど不可能だ。欲しがらない行為に対し、全面的拒否権を発動する。

当の本人も、相談された周囲の人たちにとっても、目に余る手に余る身に余る行為。それは常識を用いての対処が困難な精神世界の領域だからだ。

手に負えない責任を負えない

目に余る手に余る余り物。社会の価格維持のために膨大廃棄。捨てられる。

 

全面拒否権を発動する人達も、やはり社会のお荷物として黙殺されることが多い。 “自分が作った危険ルール / 自傷行為 / 心のSOS” の続きを読む