帰ってくるはずないのに / 待ちわびて

Title : 立ち上がれ私のアップル・ハート!

 

 

自分の全てを賭け愛した人を失った女性。再起不能を予感する壮絶な悲しみ。

その彼女の心の風景を、何の接点も持たない我々第三者がはっきりと捉え、彼女の悲しみの証言者になれること。彼女の苦しみを我が身のものとして、共に泣こうとすること。そんな不可能な魔法を人間は創り出した。

 

それが歌だ。

 

 

◆待ちわびて (中沢京子 / 作詞作曲、萩田光雄 / 編曲) 中沢京子 

 

壊れた 心の扉が カタカタ 泣いているのに

夢のかけらが 悲し気な るり色に 溶けるのに

ただ 目を閉じて 私は 白い時の中

あれから 私は 涙の海に 突き落とされて

波に さらわれた あなたの心

帰ってくるはず ないのに

待ちわびて

 

 

いとしいあなたの 面影が ゆらゆら 燃えているのに

大きな その胸の ぬくもりも

この闇に 消えたのに

ただ 震えながら 私は 白い時の中

あれから 私は 溜息の森に 迷い込んで

風に さらわれた あなたの やさしさ

帰ってくるはず ないのに

待ちわびて

 

大切な人を失ってしまった人の気持ちが第三者に分かるはずがない。でも私達は大人。気持ちが分からなくても察することは出来る。失ったことがあるから。

 

時として人は、雑踏で束の間に見失った改札口の様に、歌謡曲の歌のパートだけに気を囚われてしまい編曲を聞き流してしまうことがある。TVの歌番組によっては楽曲の大切なイントロや間奏を故意にないがしろに扱う場合すらある。

しかもそれが編曲者に対する冒涜だなどとは夢にも考えておらず、これは危険な取扱いで、作詞作曲、編曲演奏、歌い手で初めて完成する世界を完全に無視した行為に他ならない。

その手法こそが偽善の和を生み、ひいてはまだ未熟な子供達にイジメの正当性を植え付ける根源になることを、大人達は厳しく肝に銘じ警戒しなければならない。

 

楽曲『待ちわびて』を聴くと、伴奏アレンジが曲の翼だということが良く分かる。航空機で言えば、詞と曲が乗客(歌い手)の居る本体部、演奏が翼部だ。つまり、優れた翼なくして飛行機は飛べない。両翼があっても双方が見事にバランスしなければ機体は著しく不安定となり失速の恐れさえある。

両翼を見事にバランスさせるのが個々の楽器。各々のパートが見事に調和し一つの明確なイメージを作り出すことによって、リスナーにインパクトある感情を伝えることが出来る。

例えば、ピアノの悲しい音色がフルートに引き継がれ、舞い上がる演奏の翼を身にまとって歌い手がそれに言葉を乗せる。歌い手の声の微妙な変化は、夜空にまたたく星のように、聞き手に対して繊細で微妙なニュアンスを伝える。

 

深夜独り聴くラジオ。番組の主題歌として用いられたこの楽曲は多くの若者達を泣かせ、彼ら彼女達の圧倒的な支持はラジオの中に封印された。つまりはTVで紹介されることはほとんどなかった。

だって、そんな必要はない。ひとりひとりがこの曲を胸の中に大切に抱き(いだき)、やがて大人の扉を開けて行った。大切に、自分と一緒に。

これはそんな歌だ。さて、

 

あなたは?。

 

 

 

◆写真タイトル / 一緒にいたいの?

 

 

 

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