騒音被害でステイホーム限界 / 集合住宅住居者の悲鳴 / 屋外への避難

Title : 人生反響ドラマー

 

 

海に漁船が、一定の時期、何らかの事情で操業出来なくなれば、当然のことながら海に幸は増える。痛んだ漁場は息を吹き返す。

出社しなくて良い、当行しなくて良い、の社会的なお墨付きが、例年積み上げられる自殺者数を現象させたという。

昭和青春ドラマ主題歌の歌詞一節に、

♪ 涙は心の汗だ たっぷり流してみようよ

というのがあるが、陰湿極まりないイジメ、壮絶なイジメに合い、泣く人が居れば涙さえ出すことを心が忘れてしまうショック状態を継続し続ける人もいる。

明石家さんまは「生きてるだけで丸儲け」と言う。名言だと感心するが、故河島英五の歌う ♪ 生きてりゃいいさ、同様、生きていること=現世の全苦痛体感、という状況下の人には何ら通用することのない人生訓でもある。

 

ステイホーム。それは分かる。意味は解る。賛同もする。大半の常識人は。

TVもラジオもタブーにして口にしないが、日本の住宅建造物の騒音被害の壮絶さを考慮に入れないで捨居葬無(ステイホーム)を語るのはいささか酷だ。

日本人はよく耐えた。集合住宅に住居人が24時間満杯、という全神経逆撫で不眠状態の騒音地獄の中、1ヶ月耐え抜くことは表彰に値することなのに。

緩んでいる。と言われる。

最初っから緩んだ状態が平素である政治家達はどうなるのか。最初からユルンデイル場合、愚策や失態を演じても今更ユルンデイルとは言われないのか。

 

人の心は奇妙キテレツなところがある。行きつけの店が、ある日突然に意表をついて内装をガラッと変えた。ただそれだけのことで、特段不満な所があるわけではないが、何故か足が遠のいてしまった、という経験が誰にでもあるはずだ。

だから、緊急事態宣言が解除されても、空恐ろしい物語が多数待っていることを多くの店主には分かっている。

ステイホームで漁夫の利を得たTV局。全力投球の取材は未だ目撃出来ず。そういうのを濡れ手に粟(あわ)って言うんだろう。黙ってても濡れてる手には、アワという名の視聴者が一網打尽にくっついて来る。

新しき世界には新しき生活を。TV局には猫に小判だろうが。