人の言葉を鵜呑みにすれば / 鵜はサギに変わるでしょう / 迂回戦術大流行り

Title : 魔が差すマサシ

 

 

「人の言葉を鵜呑み(うのみ)にするな」

確かに鳥の鵜(う)は魚を丸呑みにする。でも鵜飼は呑み込んだ魚を全部吐かされてしまうのだから、それを言うなら、例えとしては、

「人の言葉を蛇呑み(じゃのみ)にするな」

があるシックリくるのではなかろーか、中廊下のある家に住みたいと思ったことがあったナ。サンタナ。

蛇が呑んだ物を、蛇の首を紐で締め上げ吐き出させよーとする者などオランウゥタァ~ン。凄くコワイし。

しかし、鵜という漢字もひどく妙だ。弟の鳥とは…。兄、姉、妹らに思いをはせずにはおれないわけだが、それらは決して鵜とはみなされないのだろうね、ウスウス感じるネ。

「人の言葉を湯飲みにつぐな」

と言われてしまうと、おそらく大半の人が「えっ?」と口走る事だろう。なぜなら、人の言葉は液体ではないので、つげない。多分。

などとバカバカしくも道理を用いて、人の言葉は液体ではない!などとメクジラ立てるのは大人気ない。ならば、これはどうだ。

メクジラとは何だろう。目に入れても痛くない孫、という言葉に習い、目に入れても痛くないクジラ。いいや、それは違う、そんなことはない。目にクジラを入れたら激痛だろう。というより、大き過ぎて目に入らない。

目がクジラになる。そういう例えか。それなら謎は解けたと言って良い。

クジラは潮を吹く。人の目は塩辛い涙を流すのだから。だとしても、クジラを立てるというのは説明出来はしない。

つまり、涙が潮吹きに当たるのでは?、と確信にまで迫っても、結局はケムに撒かれて終わってしまう。

 

 

最後にこう付け加えたい。私は夕飯にシラスご飯を頂いたが、私は小魚の群れを丸呑みしたと言って良いのだろうか。

何故こんな話をするのかというと、コロナ渦、奇妙キテレツで謎が解けない事ばかり。くれぐれも鵜呑みにするのは辞めようと言いたかったのだ。つまり、

卯呑み、ウサギを呑むのは蛇。双方とも干支に入るケモノ。しかも鵜も酉として仲間入りしているのだ。

アレ?。もしかして干支のケモノは全て食べ物を丸呑みにしているのではないか?。いや、ネズミは違うか。アレは細かく噛み砕いて食べているからネ。ていうか、猿も噛んでいるから違うな。

ま、とにかく、そういうことだろうとは思う。