絶食ダイエット(21) / 浪人生の絶食ダイエット / 拒食症への招待

Title : 拒食症への招待

 

 

 

ボクからの唐突な電話に少々面食らった親友ではあったが、

今日久々にお茶することに同意、高校時代によく通ったジャズ喫茶サテンドールにて待ち合わせの運びとなった。

 

相変わらず薄暗い店内。♪  テイク5 が素晴らしい音源で流れている。

ジャズを聴く場所であるはずだが誰も聴いてないので、ボクも5小節目あたりから聴くのを止め、友(以下、トモと記す)との会話に本腰入れることにした。…のではあるが、

店内は大学生達のワワワワー!、ウワッ、オワワワワワーッ?

の熱気帯びたドンチャン・シンバル会話で激しくカシマしいーこと甚だし!。確かに、その方が静寂よりは遥かにマシではあるのだが…。

絶食による体調異変に戦慄したボクは眠れぬ一夜を過ごし、ただでさえ頼りにならないヘナチョコ身体にムチ打って、市外から市内へのバスに乗り込んだという切羽詰まった小旅行な次第。

今日から栄養摂取を始める!。もう絶食は終わり!。金輪際しない!。

とにかく直ちに何が何でも健康な美しくキラめくティーンエイジャーの本来在るべき姿に復帰するのだ!。

トモに会ってノリノリ話せば気分も昂揚、食もすすむに違いない!との考えから1時間半、トモをダシにバスに揺られてコンニチタダイマ、此処まで何とか到達した訳なのである。

懸念されたメマイでブッ倒れーッ!!、を最も恐れていたボクではあるが、それは気力でどうにか回避出来たようだ。

目の前にあるアイスコーヒーのグラスも時折かすむが、それは暗い店内、席立ち座る慌ただしい大学生らの、漆黒で長い影が幾度も壁の間接灯を遮る(さえぎる)からだと自分にムリムリ言い聞かせている愚か者。

「トーストでも頼もうかな。お前は?」とボク。

「オレはいい」。

何度も手を挙げるがウェイターがこちらを見ない。わざわざソッチへ行くのもガヤガヤ大学生溜まりに阻まれ億劫デス。

イライラ、プンプン、そんなこんなしているうち哀れなボクに気づいた大学生のオニーチャン、

「こっち、呼んでるよーッ!」と頼もしきかな大きな声。

「ありがとうございます」と礼を述べるはボクの笑顔。

「別にいいって(笑)」

さりげなく注文終えてひと安心。よしよし、これで遂に栄養分補給の幕は切って落とされましたよと!。

ヘヘヘ、にしてもトーストとは又シンプルな!。いやいや、これは眠れぬ頭で決めたこと。そのへんからがチョード良い。財布にやさしくチョード良い。

 

「タクロー ( 自宅浪人 ) なんかで大丈夫なのか~?」

 

「大丈夫だよ~」

 

トースト待ちで気もそぞろ、内容なきパラフィン会話に終始する食待ち顔のボク。トモは別段気にも留めてない。流れるジャズに身を任せ、軽く半身で拍子をとっている。

「何?。暗いね~キミら。見ない顔ジャ~ン?」

いきなり女子大生に肩を抱かれド肝抜かれるボク。キョトンとするトモ。

「く、暗いですか」と声がうわづるウブな絶食マン。

「分かんないけど、…ところでアレッ?!、どこ行ってたのアタシさっき…」と突然立ち上がり仲間のところへ人溜まりかき分け消える女。

 

「お待たせ」。ガタリと安物テーブルを響かせる皿の音。トーストが1枚、斜め半切りで乗っている。脇に小さなバターカップ。

「何だよ~、バター自分で塗るんジャーン」とボク。

「当然だろ」

哀れ、必死に固く凍ったバターをナイフでかき出してはトーストに強くこすりつけるブザマなボク。塗るの無理でしょ、トーテイ。

熱いトーストにナイフ滑らせれば、たちまち溶け出しては芳醇なる匂いを立ちのぼらせる魅惑のディーバ、その名はバター、などとは程遠い。

ふと気が付けばトースト半分でバターは打ち止め終了。何だとッ、残りは何もつけずに食べろってか!。

「まずそ~。頼まなくてオレ正解(笑)」と再びジャズに身を委ね目を閉じるトモ。

まぁいいや。今は味より栄養補給。それさえ出来ればひとまず安心。帰りに例の店で美味しい調理パンを5つ6つみつくろって帰ればいいんだよ。カレーパン、ヤキソバパン、卵パン、とか片っ端!。

でも今はコレ。このトーストが手始めだ、さあ、食べよッ。サッと持ち上げ口でパク!。

 

のはず。

あれ。

口の正面

口から15センチ。

入らない。

あれ。何だコレ。

口が開かない。

 

何が起きているのか全く理解出来ないフリーズ状態。

判断がつかない。何コレ。は?…。

トーストつまんで持ち上げたでしょ?。ですよねぇ?。

それでソレを口まで持ってって、それでパクリ、でしょ?。

そ~ですよねぇ~?。ボク何か間違ってます?。え?。何?、何よ。

 

まるで磁石の同極。トーストの角を口に真っすぐ運ぼうとしている。

しているのに

手とトーストが

口の前15センチで

微動だに

硬直化。

 

「何やってんだよー。……それギャグ?。何のギャグ?」とトモ。

 

文字通り頭の中がマッ白白。

自分の身に今、現在進行形で起こっているこの事象は一体何?。パントマイムする気サラサラないんだけど。

 

?  ❓  ?     ?       ???????????

 

ツーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

 

突如、頭の中で電子音。高くもなく低くもないその音。

何が。ん?。何がどうしてどうなった。ん?。何なの?。

こういうのナシにして。今度こそ!。

意を決して無理矢理にでもねじ込む覚悟だ!イケッ!!。

 

入らない。

電子音は継続している。スイッチの場所、切り方、分からない。

全身が突如として熱を帯び始める。カァッと熱い、暑い、蒸し暑い!。

 

「何かここ蒸し暑くないか?」

「いや。全然。それより早くソレ食えよ。イライラすんだろ、オレが食ってやるよ~」

トモはバターが塗られていない半分の方をサッと手に取ると背もたれに寄っかかり、天井を見上げながらバリバリと豪快に食べ始める。

今だッ!!。コッチもこの機に乗じて食べてしまえッ!!。

うううう動かない……。

手が宙に浮いたまんま動かない。

トーストが動かない。

何だコリャ。皿に一旦トーストを戻す。ハアハア!!。

「ソレ食わないの?」と既に食べ終わったトモ。

「食べるんだよッ。今からなッ!」

苛立ちながら再びトーストを持ち上げ素早く口に運ぼうとするボク。

全身全霊、満身の力で手を動かす!!。

動かしているんだよおおおおう!!。

ちきしょう!!、分かったゾ!!。脳がストップかけてんだろ!!。

食べるんだ!!、皆に命令しろッ!!、コレを食えッて皆に言えッ!!。

己の脳に命令するボク。これは絶対命令だと。至上命令なんだと!!。

 

はははははははははは、 入った!!。ほんのチョビットだけ入った!!。

1チャンス!!。ものにしろ!!。早く噛め早く!!。しっかり噛め!!。

胃に絶対負担をかけないように、完全に噛み倒せ!!、

そして速やかに2口目を口に挿入しなければならないんだから早く早く早くッ!!。

もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐも……………。

 

トーストの味?。味ってどういう意味だっけ?。

コレ。味ないけど。

今、噛み終えたトーストが食道をば通過中。

え。あれ。

ええ?。

 

突如こみあげる凄まじい満腹感!!。それは食べ過ぎで腹が今にもハチ切れてしまいそうな程!!。

食べ過ぎで吐き気がする!!。

って冗談ザーマショ?。ここは何処だローマ時代ってか?!。

食べては吐き、吐いては食べの美食帝国か?!。

はあはあはあはああああ~っ。

全身脂汗!!。

食べ物が体内に!!。体内に侵入しただとッ!!。

何てことをしてくれたんだ貴様はッ!!

と全身体部署から猛烈、激烈抗議が殺到!!。

流石にボクの様子が変なのを察知したトモ、ちょっと驚いたように

「何おまえ、どーかしたのか?」

 

どーかしたどころではない。恐怖の戦慄が

 

今始まった。