親と子の関係 / 思いやりとやさしさの違い / コロナ禍で読む記事〈1〉

 

 

 

子供に聞く。昨日は何があったのか。今日何があったのか。

子供は答える。

嬉しいことだったら饒舌に。

イヤな事だったらボソボソと。

或いは何もなかったと隠してしまう。

そんな反応は大人も同じ。子供と大して変わらない。

子供は小さくても大きな大人と同じ、だって子供は人間だから。

心を持っているから。

大きな大人も子供と同じ。だって人間だから。心を持っているから。

子供みたいにビエビエ泣いたりしないけど、悲しさ半減なんてあり得ない。心があるから。経験で抑えるスベを覚えただけ。ただそれだけ。

 

心を鍛えて泣かないスベを覚えるのは大人の常識。あっちこっちで泣かれたら周囲の人が困ってしまう。

だからといって泣き方を忘れていいってもんでもないでしょうに。

独り隠れてアナタがオイオイ泣くとしたら、誰かに話を聞いて欲しいとしたら、一体何を聞いて欲しい?。

コトの起こり、顛末(てんまつ)、色々あるけど、一番ホントに望むのは、とどのつまりは、あやして欲しい。

アナタをあやすのではなく、アナタの心をあやして欲しい。

何故って自分じゃアヤセナイから。お手上げだから。

どうにもこうにもガマンならなくてヤケクソだから、落ち込んでるから。

気力ないから。

 

 

子供の話を聞いてあげる。子供みたいに無力状態になった大人の話を聞いてあげる。それは世間のあちこちで行われている年中行事。24時間フルタイム。

聞いてあげる。

を、本当に、聞くだけに留めていたら最悪。

嫌いな曲を聞く、のと大好きな曲を聴く、のとでは根本的に違うでしょう?。

ただ聞いてあげるだけでいい。それで相手の気持ちも軽くなる。

よく聞く話。だけど半分ホントで半分嘘。

気持ちが軽くなったのは、黙って話を聞いてくれた人に、優しさを感じたから。それが嬉しかったから。

気持ちがすこし、ア・ヤ・サ・レ・タ。から。

 

残りの半分も、ア・ヤ・サ・レ・タ、にしてあげてよチョイトお兄さん、お姉さん。

どんなふうに悲しかった?。

どんなふうに悔しかった?。

ハラワタ煮えくり返ったって、どのくらいの怒りだった?。

過去にそれぐらいの怒りを感じた事はあった?。

今どうしたい?。

飲みたいの?。4日前にもそうした?。

それで気持ちは晴れた?。

眠れれば忘れられる?。

夢は見たい?、見たくない?……。

 

これがカウンセリングというもの。セラピーという方法。

だけどアナタはカウンセラーじゃない。

職業ではない。プロでもない。ノウハウもない。専門知識もない。

それは相手も知っている。

ただの親だと分かってる。

 

子供が今、どう在りたいと思っているのか。心がどう在りたいと思っているのかが一番大事。

寂しいから一緒にいて欲しい、そうしたら心が段々落ち着いて来る。

落ち着いた心で在りたい。

一緒に暴れて欲しい、ムシャクシャするから全てを破壊したい、ブチ壊したい、そうすればスカッとする。

自滅して立ち直れない心で在りたい。

色々な在り方願望がある。

 

問題は手に負えるか負えないか、ではない。

子供の話を聞く事。

決して諭さない(さとさない)で、ただひたすら気持ちを聞き続けること。尋ね続けること。

子供本人にさえ分からない今の気持ち、その気分、それをとことん尋ね続けること。

問題を解決しようだなんて無理、無理、無理。

解決したとしても、どうやってソレが解決したのか、子供には分からない。

 

親が何とかしてくれた。でお終い。

 

うわべだけの問題解決。それは親子の絆とは無関係。

そのアフェアーで絆が深まることもなければ弱まることもない。大人が侮蔑の解決法をとれば絆が断ち切られることはあるかもしれないけど。

 

心を尋ねる。

気持ちを尋ねる。

気分を尋ねる。

 

子供の今の気持ちを思い描く。

自分もその気持ちに近づきたいと願う。

寄り添いたいともがく。

その行為を、人々はオ・モ・イ・ヤ・ルと呼ぶ。

思いやられる喜び。

子供の泣きぬれた、大事にされたい心が顔を上げる時、決して口では言い表すことの出来ない、

絆。

 

その顔ダチがはっきり、見える。

 

 

 

 

◆写真タイトル / 何が見えてるの?