威力業務妨害は何故生まれるのか / 連鎖する成りすまし

Title : キツネ=稲荷犬

 

 

最近というか、ここ10年、つまりはひと昔前から、日本人は歴史上かつてないほどの劇的な変化を遂げることに成功した。

タヌキ寝入りで自身に降りかかる問題をスルーという伝統的な知恵は、

タヌキ爆睡という失態によって、問題スルーの後に訪れたオイシイ話に気づきさえもしないという泥にまみれる。

寝たフリだけのはずが不覚にも底なし沼の眠りになってしまった敗因はストレス過多。

ストレス過多で神経過敏、結果として眠れなくなる。不安症、誇大妄想。闇の中での連想ほど負の連鎖なシロモノはない。

著しい体力低下の果てに、ようやく訪れた眠り。肝心な時にそれが訪れてしまう。それが運命のイタズラ。運命は常に気まぐれで意地悪。

目が覚めて状況の一変にボーゼン。まるでキツネにつままれたタヌキ

 

Title : バンザイタヌキ

 

 

かくしてキツネとタヌキの仲は、これまで以上に犬猿。

結論的にはキツネとタヌキは犬と猿になり得る

 

キツネが犬を装い、タヌキが猿を装う。

この行為は古来から虎の威を借るキツネと呼ばれ嘲笑のマトとなってきた。

つまり、キツネは自分を犬だと思い込んでいたが、実は犬ではなく虎の真似をしているに過ぎなかった、わけで、

虎の威を借るタヌキという格言が存在しない以上、どう考えても、タヌキがキツネに勝てるはずはないではないか、と我々は勘違いしてしまいがちだ。

しかし、実際問題として、猿になり得たタヌキのふるまいは猿芝居とも言えるわけで、

虎の真似をしたキツネ、猿の役を演じたタヌキ、どちらも自分探しの命題からは逃れられない、ということが言えそうだ。

 

つまり、自身の未熟さによって十二支の選から漏れてしまったキツネとタヌキだが、同じく干支入り出来なかったネコが、

猫の手も借りたい

などと、人々の信頼を得ている根拠が見出せず、いまだモンモンとしているキツネとタヌキには同情を禁じ得ない。

 

キツネにとって、自分は犬ではなく虎の威を借りていた、という事実を考えれば、自分は犬ではなく虎の方を評価したわけだから

犬の手は借りたくない

という人々の思いは納得だし、理解出来る範囲内であろう。

しかし、人々は警察犬や盲導犬など、限りない恩恵を犬から受けている訳で、犬に比べ重要サポート機能を有しないネコの手を優遇することはツジツマの合わない行為だとキツネが憤慨するのも当然であろう。

 

猫に小判 馬の耳に念仏

どちらも意味のない無駄な行為という意味だが、犬にせよ虎にせよ、キツネやタヌキにせよ、小判や念仏は意味不明なものなわけで、

そういった観点から、結局、ネコの手も借りたい、などとラブコールを受けているネコもまた、他の動物同様、人間からないがしろにされるサダメからは逃れられないのではないか、と思わざるを得ない。

 

しかし、例外もある。

ハナサカジイサンの飼うポチは裏の畠で小判の在りかを特定出来たわけで、この事実は犬は小判の価値を認識出来ていることになる。

であるならば、やはり人々はネコよりも犬の手を借りる方が効果的なのであって、キツネもまた、虎ではなく犬の威を借りるべきだったと言わざるを得ない。

この行為は威力業務妨害と呼ばれ現代社会が抱える問題の一つとして早急な打開策が求められているところである。

 

 

Title : 黄金を吐くポチ

人間に力を

Tile : POWER

 

 

人間ひとりの力(ちから)など知れている。知れていようが何であろうが、生きてゆく以上、それは必要。

勤務すれば、大きなと小さな、ちゃあんと漢字の中に入っているし…。

勤務すれば、当然毎日が勉強の日々。勉にもやっぱりが入っている。嫌いだろうが何だろうが、とにかく必要不可欠な

余談ではあるが、勉強という漢字の中には、カムとさえ入っている。和訳ではイケイケドンドン。どうにも逃れられない勉強という姿勢。

 

 

 

努力が二つ。協力ともなれば、複数の人間の力が集まるだけにも4つ。

努力して互いに協力し合い、日々研鑽積んで勉強しながら勤務したなら、という字は全部で九つ。

が九つの集まれば、叱咤激励な状態。

激励という漢字の中には、万力という字が…。万の力とは素晴らしい。そこまで力が結集し初めて歴史は動く

本来、立法府はそういうところのハズ。

 

 

 

しかしながら、残念至極な現状。

力(ちから)などではなく、カ(カタカナのカ)になってしまい、お互い季節外れの

カ取り専攻(線香)とは情けない。

 

日本人の数え歌 / 誰でも得点王

Title : 点豚に乗るイカ

 

 

の日はが4点。釣りにでも出かければ更にが4点加算で計8点。

釣りする本人がなら更に4つ加算で12点。

もし釣り座に、釣りする犬でも居ようものなら、更にが1点追加で13点。

結局、何も釣れずにボーズならは一気に4点加算で17点。

帰りは徒歩帰宅が無理も4点加算。

最終電車に乗ったので﹅は更に6点追加。

ボーズだと知り母親ガッカリながらも点は33点。

疲労熟睡で更には9点も加算、計42点。

 

私達は日々このように無意識ながらも得点し続けている。

めげることなどない。

胸を張るのだ。

ツメの垢の効用 / 個人情報

Title : 大爪大王

 

 

ダメな奴に言われるコトワザ、「お前にアイツの爪の垢(アカ)でも煎じて飲ませたいもんだよ」

全く意味不明のコトワザ。何故、ツメの垢なのか。何故、煎じなければならないのか。

だが、問題はコトワザの意味以前。そもそも、このコトワザ自体が使われなくなっている。

それが今の世の中、世相。

かつて、手相を見る人は路傍でよく見かけられた。千円ほどで気軽な人生相談、よく当たると評判にでもなれば長蛇の列。お客さんの大半は女性、自分の恋愛成就を見てもらう。今ではほとんど見かけない。

手相も個人情報開示で危険。または、自分の将来、怖いこと告げられたら立ち直れない、といった理由。

 

能ある鷹は爪を隠す

というコトワザもある。能力の高い人は、それをたやすく人に見破られないようガードしている。警戒されては動きにくい。

爪を研いで待つ

というコトワザもある。準備万端整えて。

 

つまりは、戦闘態勢に入っている鷹が隠し持つ爪の垢を煎じて飲ませてもらえると非常に有難い、と誰しも思う。

だが、残念ながら鷹には断られてしまう。爪の垢は個人情報そのものだからだ。

故に、誰もそんなもの煎じて飲んだりしなくなった。コトワザも不要。手相などの易者も消えた。

後に残るは、爪切りのみ。それはあたかも、情報満載の書類をシュレッダーするに似ている…。

 

美容院で自分の切られた髪を持ち帰りたいと言う人はあまりいない。髪のDNAには無頓着…。

判子 / 時代遅れな代物

Title : 判子エアバッグDOG

 

 

判子…。偉大なる存在過ぎ、未だにその在り方を抹消出来ずにいる日本人。

陰影、だけで判子認証が唯一無二なるシロモノとしてしまえるほど時代は甘くない。高価な水牛のツノで彫った判子であっても、安価な竹であっても、どのみち判子は判子。

重大な書類に捺印したが最後、法的な拘束力は凄まじい。にもかかわらず、実印の作り方、それは何の進歩も進化もない。

指紋認証、網膜認証、彫刻刀彫り彫り認証。あッ、有り得ない。指紋認証に三文判なし。

 

認証という言葉、実に恐ろしい。

認める、のという字は心が刃であると書く。つまり、ハンパなく認める。間違っていたら切腹して償う心づもりがある、という意味だ。

という字も同じく。正しいと言うと書く。

認証とは、その正誤性について、自身の命に代えても正しいと認める、もし違っていたなら死んで償う、という意味を内包している。

かつてはそうだったのだろう、と今更ながらに驚く。

認可許可証公認、色々な証明があるのだが、証明出す人出される人、そんな大げさな事、誰も考えていませんもんね。

この漢字が時代遅れの形骸化、なのか、それを使用する私達が文化人として在るべき継承に失敗したのだろうか。

Touch me / musical Cat / ミュージカル・キャット

Title : all alone 見下ろす私の街

 

 

Memory all alone in the moonlight

I can smile at the old days

I was beautiful then

I remember

The time I knew what happiness was

Let the memory live again

 

 

月光を浴びている 誰もがひとりぽっち

色褪せた過去を想う時 微笑んでしまう

だって私は美しかったんだもの

幸せが どんなものなのか 分かったあの時のこと

それを思い出せば

また生きていける

Take 5 / Dave Brubeck

◆ Title : Trying to Propose tonight

 

 

残業禁止で居場所を失い街をさまよう仕事人間。復職OKは絵に描いたモチ。バブル期、会社帰りに頬を染め高価な花束をかかえたサラリーマンの姿が多く見かけられたという。相手が誰であるにせよ、9時5時の意味は値千金であっただろう。

 

◇ Take 5〈Dave Brubeck〉

Rolling in the Deep / Adele

Title : Escape

 

 

We could have had it all

You’re gonna wish you never had met me

Rolling in the deep

Tears are gonna fall

Rolling in the deep

 

 

ふたりなら 何もかも手に入れられたのに

出逢わなきゃ良かったって?

深いとこに転がり落ちてくよ

次々に涙が 転がり落ちてくよ

Sympathy for the Devil / The Rolling Stones / 悪魔を憐れむ歌 / ローリングストーンズ

Title : Devil Kid

 

 

Tell me Baby,   what’s my name

Tell me honey, can ya guess my name

Tell me baby, what’s my name

I tell you one time, you’re to blame

 

 

ベイビィ、言えよ オレの名前は?

ハニィー、言えってば オレってもしかしてアレって疑ってっか?

言えってベイビィ、オレの名前は何だ?

も1回言うゾ、お前の責任なんだからな

 

 

◆ 悪魔を憐れむ歌〈ローリング・ストーンズ、歌〉

 

 

名前が悪魔だろうが正体が悪魔、化け物、ゾンビ、エイリアン、サイコパスだろうが関係ない。愛する者を守るのに正体カテゴリ何ぞどうでもいい。お前の責任なんだからな。確かにそうだ。勝ったか負けたかは問題ではない。本当に愛しているかどうか、愛する者にキチンと伝わったかどうか、ただそれだけだ。いついかなる世も。いついかなる国でも。

母国語に無関心な日本人

Title : 人が呆れる(あきれる)と書いて保

 

スムージーロ飲んだ。

これを、スムージーロを飲んだ と読むか、

スムージーをヒトクチ飲んだ と読むか、

正解を分けるのは、スームージーという飲み物の名称を知っているかどうか。などと、何とも情けない状況が生まれてしまう。

これが日本語の弱点。すなわち、カタカナの中に漢字と同じものが混じってしまっている事。

カタカナのと漢字の力(ちから)というように。

「今夕、タキガワ興行の社長さんがいらっしゃいます」

今夕、はこんゆう。しかしこの文章は紛らわしい。誤字かと錯覚してしまう。

最初から、こんなまぎらわしさが生じるのを分かっていながら、漢字とカタカナ交じりの文体を許したのは何故なのだろう。

もっと言わせてもらうと、未だに、このことに日本人の誰1人触れないでいるのは驚愕という他ない。万葉集の訳がどうとかこうとか言ってるけど、ピント外れも甚だしい。

万の葉っぱを集めた、で万葉集。不完全な現代日本語の葉っぱって、多分、本来の樹木葉に宿り木の葉っぱが混ざっているのではないだろうか、と思われる。