初恋とギターとインコ / 騒音問題の是非 / ヒッチコックの鳥

 

 

 

中学2年の夏休み初日。

四方を緑に囲まれた坂道をプランコプランコ下りるボクの頭上、唐突に鳴き始めようとしたアブラゼミが

「ウォージッ?」

と唸ったまま疑問形で鳴くのを止めた。

ボクは足止めず聞こえた辺りを振り返りながら

「セミ採りは卒業したッ。心配しないで思い切り鳴くんだ。いいな?」と諭す。

やはり夏休み初日はいい。この世の全てを許せる気がする。

 

小高い丘公園散歩道を下り終え、入口から道路へ出たところで同級生のガールと出くわす。

「ウォージッ?」と鳴く代わりに「アッ!。どうしたッ?」

とっさに出た愚かなる言葉に戦慄が走る。これが初恋の相手にかける言葉かッ?!。

「どうもしない」と冷ややかな声。

切羽詰まったボクは激しく動揺、右手に持っている天気予報図コピーをガールに差し出す。

「これ、いるッ?」

「なあに?」

ガールは受け取った予報図に目を落とした瞬間、ピンボールが跳ね返る如く視線をぶつけてきた。

いぶかしそうな眼差しが、滑稽きわまりないボクを一層道化師へと追い込んでゆく。

「今、気象台で今日の天気図もらってきたとこなのね」

「そうなの?」「そうなの」

あまりの断崖絶壁に失神寸前!、ボクという名の道化師。しかもソレは第1級クラス。どんなボリショイサーカスも引く手アマタだろう。

「天気予報、好きなの?」「ううん、どうなんだろう?、特に…」

背後に極めてすこやかなセミの鳴き声を背負いながら

「終わった…。終わったんだよ」

とつぶやき歩くボク。これがボクの初恋談、全記録である。

 

中学3年の夏。去年と状況は一変している。

丘公園を散歩するのは変わらないが、高台の気象台で無意味に天気図などもらったりしない。

大人へと成長しようとする者は決してそんなジャレゴトをしてはいけないのだよ。

初恋の相手も変わった。

初恋も3度目ともなれば、かなり形が出来上がってくるものだ。

中学生活の3年間、進級するごとに1度の初恋が許されているわけ( 本人の不文律 )で、

いよいよ3度目の正直、なんとしても相手の心を引き付けたいと雨乞いも確か。

 

ボクは安物のフォークギターをぶら下げ緑道公園に入り、散歩道の中腹傍らにあるベンチを目指した。

ギターはまだ独学で始めたばかり。

卒業前のお別れ会で歌いながらコレをかき鳴らす。

3人目のガールは、ボクのカッコよさにハートを射抜かれるに違いないのだ!。そう考えただけで卒倒しそうな程気持ちは昂る。

鼻の穴を膨らませたボクは、コソコソと緑が目隠しするベンチに腰を下ろし、

いかにも安物っちいペナペナの樹脂ケースからギターを引き抜く。

恋の歌…。恋の歌を、おずおずと自分でさえよく聞き取れぬ程の小さな声で歌い始める。

聞き取れないので音が外れていないか分からず、時々首をかしげ必死に声を聞き取ろうとしている自分に気づき、ひどく驚く。

も少し大きな声で歌えばいいだけでは?。

「ピーッ!!」

突如、殺気立った鳥の鳴き声!!。

ギターの弦から顔上げたボクの鼻先、マッハで駆け抜ける黄色い稲妻!!。

ド気も抜かれ前方の宙を見やる。

1羽の黄色いセキセイインコが樹木群の中に消え去るところ!。

 

何だったんだ今のは…。

カゴから逃げ出したインコだな?。

ボクの歌かギターが気に入らなかったってか?。

気を取り直し再びポロロロ、ポロロロと奏で始める。

ほぼ同時、再びインコが木陰から踊り出る。放たれた矢の様にボクめがけて突っ込んでくる!!。

ボクの頭に迫りくる真っ黄色!!。

ボクはインコに当たらぬ様、手加減しながらギターを振り回す。

インコは樹木群手前まで一旦撤退するも、大きくカーブを描いて再度突っ込んでくるではないか!!

ヒッチコックの “ 鳥 ”なる映画が脳裏をかすめる。

ギター振り回し追い払う。追い払えない。何度も攻撃してくる。

これは何かの罰なのか。

ピーピー鳴きながら襲ってくるピーコちゃんは神の忠実なるシモベなのか!!。

 

ギターをケースにしまうイトマもなく撤退を余儀なくされる第1級道化師。

憤慨しつつ慌ただしく坂道下る彼の心に、カーペンターズの “ クロス・トゥー・ユー” の訳詩が突き刺さってくる。

アナタが来ると鳥達が舞い降りる 私と同じ 皆アナタと一緒にいたいのね

 

 

 

●写真タイトル / 木漏れ日トンネル