逆転の一行 / 作詞家岡本おさみ / 襟裳岬

Title 夜空とうたた寝

 

 

 

あまりに有名な楽曲 『 襟裳岬 (岡本おさみ作詞、吉田拓郎作曲) 』。

誰しもの耳に残る印象的な一節が話題となった。

 

“ 襟裳の春は 何もない春です ”

 

“ 何もない春 ” という “ 春 ” にほとんど馴染みがなかったことから、

人々は軽い違和感を覚えながらも、

此の楽曲に大いなる興味と関心を寄せずにはおれなかったのだろう。

秀でた森進一の歌唱力、楽曲の旋律については今更語るべくもないが、

やはり注目すべきは作詞者の手法。中でも特に高く評価すべきはこの一節。

 

きみは二杯めだよね コーヒーカップに 角砂糖を ひとつだったね

 

ともすればサラリと聴き流してしまうこの一節、

実はこの歌の生命線を担っていると言っても過言ではない。

何故、コーヒーを入れる時に交わしたささいな会話を、

作詞者は限定される文字数の中にどうしても入れたかったのか。

 

遠方より訪ねて来た友人。その友人との関係は

さほど深くはないのかもしれない。

過去に一度こうして飲んだことがあるだけの、

友人というよりは唯の知人に過ぎないだけの人なのかもしれない。

幾度か語っただけの相手。

その1日の思い出を何度も何度も噛みしめながら、

誰も尋ねて来ることのない岬で、

人恋しい夜を1日また1日数え積み上げる日常。

あの日きみは、一杯目はコーヒーだけの味を味わいたくて

ブラックだと言ったね。

でも二杯目は砂糖をひとつと決めているって。

あの日のことは皆覚えているよと、

相手に面と向かっては気恥ずかしくて言えない。

でも、この親愛の情は訪ねて来てくれた相手には伝えたい。

何もない場所だからこそ、人は何かで埋めたい。心を。時を。

 

きみは二杯めだよね コーヒーカップに 角砂糖を ひとつだったね

 

たった一行の詩に、

襟裳岬に人の温もりが有る、

何もない春ではなかった、という思いを込めることが出来る詩人。

そういう詩人が減る昨今ではある。