ガラ系の終焉 / 毎度おきまりの全てを一掃商法 / 振り回されるのは嫌いですか

Title : ボクったら、また苦虫噛みつぶしちゃうぅ~

 

 

ガラ系3G携帯電話の時代が終焉を迎えるという。思えばガラパゴス系ケータイなどとは意味不明。独自の進化を遂げもせず、結局はお決まりの時代の仇花でハイそれまでよ、なのだから研究材料にもなりゃしない。

歌舞伎や落語、着物や焼き物、時代の風をうまい具合に取り込みながら、独自の進化を遂げているのでガラ系と呼ぶにふさわしいのだが。

ふた昔まではいかない以前、ホームビデオカメラが瞬間湯沸かし器、流行ったことがあった。普及し始めるや途端にCDビデオカメラのビデオテープはCD使用のビデオカメラになりましたからモー取り扱っておりません、新しくCD使用のビデオカメラを買って下さい、との一方的なメーカー側御通達。

ムッとしたホームビデオファン達はアッと言う間に消滅。

そんなレジェンドの山を見て育ったチビッ子達は成長過程で驚くほどの進化を見せ、物を持ちたくない意志を次々に表明。収入が低いだけでは説明出来ない事柄が多々ある。手痛い失敗談は横のつながりで即座に駆け巡る。

かつては、絵画を税金対策や分割投資で購入していた人々は、バブル崩壊以降、いつでも買い取りますの口約束を画廊が果たさず怒り心頭、日本の絵画市場は一気に崩壊した。OS全盛時代でもなかったのに、クチコミとは誠に恐ろしい。

ま、鳥ガラ系ダシは絶対なくならないからいいんじゃない?。

幸福の洗礼 / 横浜元町散歩のススメ

 

 

 

大学生のボクは、オシャレで小粋なファッションタウンをゆっくり歩いている。快晴、時折そよ風。出がけの天気予報では最高気温18℃、人が最も快適だと感じる気温だと報じていた。誠にそのようで、ソフトクリームを舐め舐め歩くボクの心も、躍動したくてたまらないゴムマリさながら。しかし此処はホットでクールなガイズが行き交う、ピープルウォッチが楽しい小路。大人のボクはやや伏目がちに構えて歩かなければ。1人歩きのハシャギ小僧と思われてどうする。

はたと気づく。大人バージョンで歩くなら、このソフト邪魔。目の前の曲がり角で裏道に入る。裏道もオシャレ。道行くガイズの数も表と変わらない。見ればすぐ先に街路樹が目隠しするちょっとした広場がある。あそこでサッサとコイツを舐めきってしまおう!。と早速木陰でガツガツ。

すると、ボクの背後で熱い期待に胸躍らせる犬の誘い鳴きが、「クォォワッ!、ハヒハヒーッ!!」。激しい興奮を物語るカリカリッ!カキキ!というコンクリ床に当たる犬の爪音!。振り返ると

ソーセージを圧縮したような体型の薄茶色フレンチブルドッグの若造!

「ピンクの首輪からして、お嬢様か!」ボクの呼びかけに彼女は激しく反応!柱に繋がれたリードをピイーンと張ってボクに抱きつこうと前傾直立。左右の前足はもどかしく空を切り続ける。ハッ!。この腕の動きは見たことがある。海の家のオバサンが、かき氷機のレバーを片手で掴み、激しい勢いで腕を車輪の様に回転させていた、アレだ!。そう思った時、間髪入れずボクの背後から女性の声。

「撫でてあげて!、撫でてあげて!、早くッ!」

振り向けばセレブチックなヤンママ風、チブル(フレンチブル)の飼い主に間違いなし。ボクに抱きつきたいチブルの失望を見たくないのだな、分かりましたと歩み寄るボク。言われたからではない。ボクも撫でてみたかった。

ソーセージの前にしゃがみこんだ瞬間、寸詰まりガールはボクに体当たり。こぶりな体格とは塑像もつかないほどズッシリ重い手応え。

「あっはっはっは、元気だねえ」

と微笑むボクにソーセージは弾丸の様に再度激突!。

「ハアヒヒ!キャワワワーッ!」

と嬉しさ通り越し半狂乱。グリングリンの真っ黒に光り輝くビー玉のようなつぶらな目、頭を撫でようとするボクの両手をすり抜ける程の激しい回転を見せるチブル。一瞬、満足そうに笑み浮かべ通りに戻る飼い主の姿が見えた。その刹那、

シュウウウウーッ。ボクのジーンズにシャワーのようにまき散らされるチブルの湯!。熱い液体がみるみるジーンズに染み広がるのを感じる。

「どうしてなのぉ~?。こらこら女の子がはしたな…」。軽く制そうとしても彼女は激しく昂ぶり、駒のように鋭く回転しながら湯の放出を続ける。可哀そうにずいぶん長くつながれていたからだね?。そうそう、そうなのよ!と彼女はボクのジーンズに偏りなく、まんべんなくシャワーを放出し終えると、グリグリとオデコをボクのみぞおちに押し付け、満ち足りた甘え声をあげてみせた。

「キミは湯がかかった箇所を上手に避けて密着してくるね。冷静だね」

躍動したくてたまらなかったのはゴムマリではなく、ソーセージだったか!。

 

●写真タイトル / 夢は湧き上がる

 

★当ブログのエッセイ、写真、イラストの無断掲載、転用を固く禁じます。

前へ進む / 最初の一歩 / 将来への展望を描く時

Title : 「そりゃまあ…スティールで南京玉すだれ出来りゃー世界初のアイアンマンちう最初の一歩になるっちゃ~なるが……。出来んのかねぇ…」

 

 

人間は二足歩行の動物である。だが、歩き始める最初のイッポとなると人間も他の動物もあまり大差はない。

ジャングルの木陰からそっと獲物に狙いを定めるトラ、そぉ~と細心の注意を払って前足を一歩踏み出す光景をテレビ番組で観た記憶のある人は多いはず。

体操競技の着地シーン、「アアッ!一歩足が前へ出てしまいましたッ!」というアナウンサー失望の声もよく聞く。一歩は足に決まっている訳なので、わざわざ足がなどと云う必要ないないのであろうが、それはいいとして、

さらに一歩前へ

などというキャッチフレーズの企業CMもあったりするので、人間にとって一歩踏み出す事、一歩も踏み出さない事、がいかに重要かが分かろうというもの。

恋人に捨てられた女性の心境を代弁する歌手のいしだあゆみは、楽曲あなたならどうする、の歌詞中、

泣くの? 歩くの? 死んじゃうの?

とリスナーに問いかける。捨てられて泣く、死ぬ、は分かるが

歩くの?

と問いかけるところがシブい。やり直すために再び前向きに生きることの

例えとして、

歩くの?

なわけだ。XjapanのForever loveの歌詞中に登場する

もうこれ以上 歩けない

と同じ意味なのだ。私が山にヒッチハイクに行き、1時間もしないうちに

もうこれ以上歩けない、ちょっと休憩いいよね?

とはわけが違うのである。

画伯ピカソを描いた映画『美しき諍い女』の劇中、ピカソがモデルに向かって

「ここに立っていろ、お前はあるくことを知らないのだ」

と言うシーンがある。歩くという行為を人間の大人が知らなければ、彼女は一体どういう存在になるのであろうか。芸術家はそんな境地にモデルが到達するのを期待したのであるが、それは難題中の難題というもの。

とにもかくのも、かつて水前寺清子は365歩のマーチ歌詞中、

 

人生はワン・ツー・パンチ 汗かきベソかき歩こうよ

あなたのつけた足跡にゃ きれいな花が咲くでしょう

 

と前向きほがらか熱唱を披露した。高度成長の応援歌だったのだろう。人は将来設計が描けないでいる時、踏み出さねばならない自分に躊躇する。

重い足取り。

軽やかにスキップせんばかりに踏み出したのは、最後に踏み出したのは一体いつだったのだろう。などと振り返り、アア、比較的最近だったなと思える人は幸せな人と言えるのかもしれない。

最近、TVの番組かなんかでガンモドキには認知症予防効果がある、と報じられたらしく、ここ数日は私の大好物の五目ガンモが連日売り切れ。怒りをこらえつつスーパーを出る私の足取りはメガトン級に重い。

重いのである。

ふてくされつつ、帰り道ブツブツと私が考えた最初のイッポとして

『ガンモバーガー』

の店を開くのはどうか。ということであった。

赤血球をサラサラにするサバをフライにして、白血球をサラサラにする黒斑点の出たバナナを混入したソースをかけ、フライパンで表裏を軽く炙ったガンモドキでバーガーにする。その名も

長生きバーガー

 

このアイデアを思いついてなお、私の足取りは重い。

重いのである。

年明けカウントダウン / ときめきはシャンパンの泡のように

Title : 「年明けのカウントダウンしろって、オレ1ケタしか数字知らないんだけど」

 

 

ここ数日は気温もやや上昇、そのせいか息を潜めていたカネタタキの鳴き声を再び…。やはり除夜の鐘を打ち鳴らす為の練習なのか。

 

年が明ける直前のカウントダウン。誰しも顔が輝き、その瞬間を心待ちにする。数える声は臨場感に弾み、頬は紅潮もする。

1から12の1サイクルが終わり、再び同じ数字の繰り返しに戻る、ただそれだけのことに世界中の人々が蜂の巣をつついた様な大騒ぎをするのは一体何故なのか。

大騒ぎの規模からして、蜂の巣の種は大スズメバチであることは明白。アレは恐ろしい。多種の小型スズメバチでさえ狩るし、軒下の巣はまだいい、目視出来るのだから。始末に負えないのは草むらに隠れた土の下の巣だ。うっかり踏んずけでもしたら、と思うと失神しそうであるが、そんな度合いの新年カウントダウンなのである。

年が明けても問題は引き続き継続中、がほとんどなのに、人はリセットされたと譲らない。それは気分のことを言っているからだ。

何だ気分か、雰囲気か、と軽んじられても仕方のないことかもしれないが、実は重大な要素がそこには存在する。

自分たった一人ではなく、ほぼ世界中の人々が、全く同じ心の姿勢を保つ、という奇跡のような事実。

やり直したい。

自分だけではなく相手も同じ気持ちになる。しかも多くの人々が、

いい1年にしたい。

と前向きな心持になるという有り得ない状況。

 

しかしながら、残念なことに翌日には前向きな心のきらめきはシャンパンの泡のごとく消え去り、妙に間の抜けた、集中力のない時間を過ごし、アッと言う間に慌ただしき現実世界が幕を開けてしまう。

 

カウントダウンしている時の、あの一体感。世界中の人々の笑顔。それが永続しさえすれば世界中の難題は解決する。カウントダウンにはオリンピックやワールドカップの勝敗結果がないからだ。

 

世界一体感の永続…。人類はいまだその奇跡に辿り着けないでいる。

金と共に去りぬ / ゴーン・ウィズ・ザ・マネー / イギリスのEU離脱問題の疑惑

Title : 「離脱も脱退もせんとです。こげにして底に居座っとるとですよ。外は寒かですもんなぁ~」

 

 

名画『風と共に去りぬ』の現題は、 GONE WITH THE WIND。

ゴーン・ウィズ・ザ・ウインドで我々が思い出してやまないのは

ゴーン氏の『金と共に去りぬ』

だろう。フランスでも大騒ぎ。ヨーロッパで更に大騒ぎなのはイギリスのEU離脱問題。賛成反対を市民間で真っ二つ、この状態は

イギリスの幽体(YT)離脱状態とある意味云うことが出来るだろう。

 

自分の肉体から魂が抜け出て、天井から自分の肉体を見下ろしている。

この感覚はアメィジングという他ない。鏡に映る自分の姿を見るのとどう違うのか。当然、幽体側としては手足を上げたり下げたりしてみても、横たわる自分はシーンと微動だに動かない。

自分の意志が肉体に全く反映されない状態は戦慄が走る。要するに自分がアカの他人になってしまった状態。

金縛りとどう違うの?、などと馬鹿げた質問に耳をかすつもりは毛頭ない。

 

とにもかくにも、今回のEU離脱問題は改めて私達に次のようなことを教えてくれる。

国の未来を大きく左右するほどの政治経済問題で、国民の意志がどれほど政治的英断に反映されるのか、されたのか、という結末。自国の民主主義度数が浮き彫りになるのだから。

更に、離脱という言葉。その意味。

離れて脱ぐ。脱して離れる。

EU脱退、とどうニュアンスが違うのだろう。

脱退。脱いで退く。脱して退く。

 

なァ~る…。脱出してから後退するのだから、離脱より後ろ向き感覚?。

と思いきや、選手の戦線離脱って後ろ向きな状態では?。だったら戦線脱退が正しいと思われるが、そんな言い回しはない…。

 

EU離脱。EU脱退。

EU抜粋、これはどうか。EUを抜けるわけだから良いのではないか。ダメか。

抜歯は歯が自分から離脱、脱退したのだと言えないか。

 

選抜、は選ばれて参加するわけだから、その逆でEUを抜けるのが国益だと選んで不参加を表明するのだから抜粋でもいいような気もするが、ダメか。

離抜、リバツ。これは発音的にバツが悪い。

脱抜、ダツバツ。これはバッタを連想し良くない。

 

といったように、イギリスのEU離脱問題はルノーある鷹は爪を隠す、といった様々な課題を私達に突きつけていると言えるのではないか。勉強になる。

受け身な人間は柔道と水泳で生かせ!/ 東京五輪秘話

Title : 開戦丼

 

 

「父上。柔道とはらかきなりとのお言葉。旧乃助はどうにも合点がいきませぬ。先ほど着た柔道着のゴワゴワ感といい畳の硬さ感といい、組み合った時にぶつかる互いの骨感といい、一体どこがらかき道なのでございますか。柔ちゃんとは赤ちゃんを指す愛称ではござらんのかと…。やわらなどとは洗濯洗剤のことではなかろうかと、かように苦悩しておる次第。いかにッ」

「未熟者めが……。よいか、柔道の指す(やわら)とは、これすなわちイカタコの類(たぐい)を指しておるのだ。柔軟という言葉がそれを端的に証明しておるわ。らかい受け身は軟体。総じてこれ柔軟。タコやイカの日々はこれに尽きる。嵐でシケる海、海底で激しき流れにタコやイカ如きが本気で逆ろうたら一体どうなる?、んん?。たちまちのうちに体力を失い、我が身を流れに任せるだけになってしまうではないか。そうなれば後は海亀の餌がオチ。そういうことじゃ」

「では父上がワタクシに柔道を習わせようと言うのは、この旧乃助をタコイカ類と同じ様な軟体にしようというお考えなのですね」

「さよう心得よ。タコイカの受け身は凄まじい。ひとたび襲われれば反射的に仰向けのままひっくり返り、海底を全脚で叩く。効果的な受け身を目指すあまり、長き時をかけ脚があれだけの本数になったというわけじゃ。恐るべき執念。アレらを見習え、未熟者が」

「父上。巷は軟弱者で満ち溢れておりますが、よもやキャツらを柔道や受け身の達人だとおっしゃるのではありますまいッ?」

「当たり前じゃ未熟者がッ。イカタコは厳密に申せば軟強軟弱である己を恥じへと進み、己を鍛え、遂には軟強へと変貌を遂げたのだ。旧乃助、お前もタコイカを見習って日々ケイコに励むのだ」

「ですが父上、軟体動物が一体どうすれば軟強動物へ変貌出来るというのですかッ」

「浮力じゃ。考えてみるがよい。海中では浮力が体の動きを邪魔するであろう。強き抵抗力に抗い受け身を打つ、仰向けにひっくり返って海底を全脚で叩く。どれほどの筋力がつくと思う。んん?」

「なるほど…。父上のおっしゃる通りだ、疑う余地など全くございません。ワタクシが未熟者でありました、お許し下さい!」

 

2020年 東京オリンピック、男子競泳100メートル仰向けバタフライ決勝。世界強豪選手の中、立派に成長した旧乃助の姿がそこにあった。

「第4レーンに日本代表の海野。…鈴木さん、海野選手は2日前の柔道軽量級でも金メダル、柔道と水泳2種目でオリンピックというのは世界でも初ということで各国報道陣も会場に詰め掛けています」

「ホントに凄いことだと思います(笑)。何でもお父さんが小学校のチビッ子柔道部のコーチだそうで、実家が魚屋だそうですね」

 

 

「海野、速い!海野速い!、海野海野海野 !!、今一着でゴール !!、日本の海野旧乃助、遂にやりました !!、オリンピック至上初、柔道と競泳2種目で金メダル !!、世界初の快挙を達成しましたーッ !!。あたかもイルカの様、しなやかで力強いフォームでしたーッ!!」

 

会場の応援席、旧乃助の父、「んっ?。イルカ?」

 

 

 

 

ボクはどんな人間だと思う? / 自分探し / 継続は力なり

Title : 「じッ、自分の事はよぉーく分かってるよぉ~。これからの季節、しもやけ出来て唇がひび割れるんだよぉ~。ワセリン切らしたから買いにいかなくちゃ~。」

 

 

自分が楽して何も考えずに日々を過ごした結果、自分の中に主体性というものがなく、その結果、

マスコミや知り合いが良いと推奨するものばかりに追従し、

周りの皆が笑えば、何が可笑しいのか分からなくても、とりあえず自分も分かったフリして笑っていると、

自分という名前のウツワの、種類も、値段も、色や形も、許容量も、サッパリ分からず、実感出来ず、

壊れやすいのか、頑丈なのか、何処に置かれるべきなのか、何に使われるものなのかさえ、てんで、全く、さっぱり分からず、その結果、

毎度配信されてくるさまざまなニュースの内容を話題にして友人知人と話題にしているうちに、それがあたかも最初っから自分のオリジナルな意見であったかのような錯覚を覚えるようになってゆく。その結果、

ある日突然、決して逃げることの出来ない状況下で、自分の意見やアイデアを箇条書きにして提出するよう求められた時、

盗用が行われる。

盗作が行われる。

してはならないはずのコピーが行われる。

 

第三者の意見が自分の意見だと本気で思い込むほどの錯覚が日常化してしまった人々は、必要に迫られた時、必ず第三者の作品を盗用してしまう。

その時、

盗用、盗作、の自覚が全くない場合、掟破りな行為をしているという自覚がほとんどない場合、

自分探し。自分探しをする、自分探しがしたい、と言い出す。

自分探しは友人知人に尋ねる形で始まる。全然分からないと言われると、色々読んでみたり、書き込みを行ってみたりもする。その結果、

誰かの主張が自分の気持ちや気分にピッタリくる、しっくりくるものが偶然見つかり、その結果、

これだこれだ。これが自分だったんだ!と全身に力がみなぎるのを感じる。

数時間後には、自分を再び見失っている自分に気づく。

 

何でもいいから一つのことを徹底的に継続して行う。法には触れず、人の迷惑に決してならない事を徹底して、執拗に、のめりこんで行う。

それは創作物の完成がない行為であってはならない。例えば、

粘土で動物を作る。生け花をし完成作品を写真に撮る。形として残らなければ意味がない。自分らしさを目で確認するためだ。

そんなこと好きじゃない。意味を見出せない。お金がかかるから徹底的に続けられない。と言い訳する。

徹底的にやった後でないとソレが本当に好きだったかどうかなど、最初から分かるはずがない。

分かると断言するかもしれないが、勘違いであることが多い。

いいや、絶対に間違いなく好きじゃない、というのであれば、そもそも自分探しなどしない。自分がどんな人間かハッキリ分かっているというのなら。

意味を見出せるかどうかも、徹底的にやってみなければ分からない。やった結果、やっぱり意味が見出せなかった場合、おかしなことに、何をやれば意味が見出せるか答えられるようになっているものだ。

お金がかかるというなら、お金がかからないものを創作すればいいだけのことだ。

 

名優の仲代達也は、かつて極度の赤面症、対人恐怖症だった。どうしても役者になりたくて劇団の門を叩いた。

人の前で極度に緊張する、あがってしまう、それを克服するために満員電車の中でシナリオを声に出して朗読することを命じられる。何度も何度も何度も。

 

 

世界的な名優が誕生した。

 

自分を探しても、そんなものどこにもありはしない。

自分は自分で作るものだ。

どんな自分を作りたいのか。

どれほど本気で作りたいのか。

続ければ、やめなければ、たとえ最後の最後まで目標に到達しなくとも、

 

「ボクはどんな人間だと思う?」と周囲に尋ねた時、

 

周囲の人間は具体的にどんな人間かを伝えてくれるだろう。悪口でもなく感じたままに。

嬉しくなるほど、詳しく、具体的に。すごくすごく仲がいい相手でも

 

ないのに。

最悪のシナリオ / 最良のシナリオ / 絶対事実データの収集から生まれるシナリオ

Title : 犬の帽子ならマアいいや。最悪のシナリオはネコの帽子だったからな

 

 

中学生の時、担任の先生に

「最悪のシナリオを常に想定して言動するようになったら、それが大人になったという証(あかし)だ」

と、言われたことがあった。当時、何となく理解したが今現在は私のしなやかな赤血球ひとつひとつにまでその教訓は行き渡っている。何故しなやかな赤血球かというと、週に三回サバの塩焼きだの味噌煮などを食べ、既に四か月以上が経過しているからなーのです。

生命保険だの自賠責などは最悪のシナリオ回避ならぬ軽減の最たるものであるが、日々ありとあらゆることに対して、深く考えることもなく自然に最悪のシナリオを想定し言動することは成功者の絶対条件と言える。

自転車、自動車の運転時、裏道を走行中、

次の横道から突然猛スピードで子供が自転車で飛び出してくる

と最悪のシナリオを想定して身構え走行するのと、何も考えずに走行するのとでは人生の快適さ維持の運用に微妙な差が出てくることは明々白々。微妙という名のチリは、積もり積もればやがて不幸続きな人生を形成するに至る。

私は湯たんぽに入れる熱湯の入ったヤカンを手持ち移動させる時、全神経をヤカンに集中させ一切他の事は考えない。知人は最良のシナリオしか想定しない女性で、熱湯ぶちまけ全身三分の一に重度の火傷を負った。

一般論では、男性の方が最悪のシナリオを考え行動する人が圧倒的に多く、女性は論理的な根拠なしに最良のシナリオを夢見ている人が多いとされる。

「最悪のシナリオなんて想像するだけで恐ろしい。だからヤダ。考えない、想像しない。何にも出来なくなっちゃう」

最悪のシナリオ、最良のシナリオ、どちらが前向き思考で後ろ向き思考なのかは人によって考えが違う。

最近はものを深く考えないで言動する人が増えていると言われる。ゆえに、最悪のシナリオ想定より根拠なき最良シナリオ派が圧倒的。

「何とかなんでしょ」「自分だけは大丈夫だと思ってるんで」

呆れ果てる。政治家の失言が物笑いになる。普通、答弁というものは、相手からのあらゆるツッコミを想定した草案が練られ、事前に朗読読みのレッスンが行われるものだが、そんなマトモなことは一切しなかったことがバレバレになるばかりか、当人以外の側近もまた答弁に無頓着であったことまで露呈する。

簡単な答弁でさえお粗末なら、もっと難易度の高い諸問題を目の前にする時などは呆然自失のサンドバッグに違いない。

誤解されかねない表現だが、近年の犯罪者は犯罪に対して真剣味がない感が強い。最悪のシナリオを想定し、それに対しての対処法を準備しているなど到底思えないお粗末極まりない例が圧倒的だ。

無論、その方が検挙率は上がるわけで結構なのだが、そもそも最悪のシナリオを想定しまくっていれば犯罪に踏み切る気持ちは萎えてしまうはずだ。

アリとキリギリスの寓話は、最良のシナリオ派のキリギリスと最悪のシナリオ派のアリとのエピソードだが、今時、寓話について真剣に考える人など誰もいないだろう。

アメリカを目指す不法移民の一群。彼ら彼女達は、最悪の現実から僅かでも生き残れる可能性のあるステージへの意向を命がけで行っている真っ最中だ。

迎え入れる側の人々は、その大半は最悪のシナリオを想定している。当然だ。

最悪のシナリオを創り上げる為に絶対不可欠なことは、事実のデーターの膨大な収集と集積だ。

なるほど、そんなことをせっせと日々行う人は責任感のある人とだと言えるし、何より人生に対して謙虚な人だと言える。

だから、大人なのだ。

非情のライセンス / 生まれた時が悪いのか / それとも俺が悪いのか

Title : 枝豆マンになりたい人は、まず両目に枝豆をあてがい、目で豆を挟んで下さい

 

 

かつて昭和のTVドラマに『非情のライセンス』というものがあったという。天地茂が主役の刑事ドラマで、苦み走った天地が凶悪事件に苦悩しながらも挑み切った。

天地という苗字での昭和ブレイクは、歌手の天地真理と並び茂さんが双璧だろう。

情け容赦のないことが許される許可証を認可され所持しているのだろうが、天地刑事が保有しているのか、毎回登場する凶悪犯が有しているのか、双方が所持しているのかは明らかにはされていない。ドラマ中、そのライセンスの提示を求められるシーンが誰に対しても一切なかったためである。

目に見えない心のライセンス?。

このドラマが好評を博した昭和40年代の日本はまさに重工業化の一大転換期で、苦悩すべき社会問題が次々に勃発していたのであった。非情という点で今現在の日本に似ている側面もあるが、この時代は大人達の不正に対して若者達が熱い激怒を叩きつける頼もしき時代であったので、その点では現在とは一線を画す。

だがとにかく、非公認である、モグリと言わざるを得ない、非情のライセンスを過去のどの時代よりも今現在多くの日本人が有していることは疑いようもない。

かつて情にもろいと言われた日本人は、今や情がもろくも…、になってしまい、錠にもろい、だの非常のライセンスだの、訳が分からない有様となってしまった。貧しさに負け世間に負けたと歌われる昭和枯れすすきは依然として平成持越しではあるものの。

今や、日本人なら普通~のはず。普通~の感覚のはず。が、その普通が通用しない。常に非常時。仕事に厳しかった日本人も、今やユルユル族の大波にスッカリ飲み込まれてしまい、バイトの高校生が当日突然

「今日はバイト、都合で休みます」

の一言に店側は反論も出来ないでいる。文句をつければ即、辞められてしまうからだ。

海外就労者もこれを真似る。アナタ達は彼らとは違う、と経営者が言っても何故かと反論される。確かに。違わない。だが、雇う側の意識としては、絶対に違うのだという頑なな意識がある。同じであってはならない。希望の火が消えてしまうからだ。

 

非情のライセンスの主題歌は『昭和ブルース』。

 

♪   生まれた時が悪いのか それとも俺が悪いのか

何もしないで生きてゆくなら それはたやすいことだけど

 

この時代、ニートなど存在してはいなかったし、ホームレスもごくマレだった。しかし、この歌詞でいう、何もしないで、とは職業従事を指しているのではなく、当然、人間として大人として、社会をより良いものにするために闘う、という至極当然の姿勢を指している。

 

時は流れ、答は出た。

生まれた時が悪かったわけではなかった。平成が終焉を迎えようとしている今、当時よりもっともっと社会は悪くなった。ありとあらゆる意味で。

間違ったダイエット / 命取りの勘違い / 微笑ましいでは済まされない話

Title : 打つ手は一杯あるからとべとべとべ~

 

 

「最近、身体が軽くて調子がいい。こんなベストコンディションが長く続くといいなァ」

と知人に話した男性が、

「それならオレと明日の朝からマラソンを日課にしないか。スカッとして爽快だよ」

と言われ即答OK。

でもッすねぇ、マラソン直後の血液検査では、マラソンをしていない人の血液と比較すると明らかに免疫力が落ちている。という事実は今や世界的に証明されているのでしょーに。小児科って最近行った?。

 

「最近ちょとぜい肉ついてきたんじゃない?。健康だって言ってるけど大丈夫?。少しダイエットした方がいいんじゃない?」

と姉に言われた妹、真っ青になり即座に食事制限を断行。

だけどもッすがー、痩せている人より小太り体形の人の方が明らかに10年長生きするという事実は今や世界的に証明されてマッスルよねえ。マッスル鍛えてる人って鶏肉しか食べなくなるって。ボク、焼き鳥くらいしか鶏肉食べないの、豚肉の方が好き。

 

世界的に長寿大国日本、まだまだ寿命は延びる。に踊らされて異常なまでに健康志向、ダイエット志向が突出。それがアダとなって何もしなければモット長生きできたのにって結末、すっごく多いって知ってましたっけ?。

ふくらはぎをほそらはぎほそらはぎに、ふとももをほそももほそももに、太っ腹をやせっぱらにしたい気持ちはボクとて同じではあるけどねぇ~。

ダイエット広告には嘘が混ざることがある。は皆知ってる。

自分の体は絶対に嘘をつかない。

って言葉は知らない人が多いって知ってましたカー?。エレキカー乗りたい。ダメ?。

 

要するに現状に文句がないなら身体は持ち主に何のクレームもつけてはこないってこと。それを無視して、何かヨケーなことしちゃうのッてアリアリなエピソード。でも気を付けたいものですヨネ。マヨネは明太子に合う。