世界にメチャクチャたくさんある桜という花 / あふれるのは涙ではなく鼻水

Title : 桜のお面をかぶってるのは誰ァれ?

 

 

やはり桜。今日まだまだ咲かないかナ?、と思っていると翌日には既に咲き誇っていたりする桜。サクサクッと桜。コーンフレイクもサクサクッ。

とめどなく流れる涙なんてあまり見かけない昨今、とめどなく流れるは噂。2チャンネルあたり。だから花粉症で頭がボワッとしていると、とめどなく溢れるのは涙ではなく、締め忘れた蛇口の水なんてことになるのです。花粉症の鼻水にも似て…。

相変わらず昭和の感覚でしか事象を語れないTVは、10連休だぞスゴイぞと煽ってますけど、

今は心の病で長期療養の方多いですし、

高齢化社会ですから定年退職された方も多数ですし、

待機児童の良い子達も大勢なのですし、

1日休みが増えただけで生活費枯渇な人もひしめいている訳ですから、

昭和の大連休のノリで爆笑暴れ太鼓乱れ打ちは思慮浅し。どこまでも遠浅の海のままなんですねTVって。

年号は変わりますが西暦は知らぬ顔、あくまで日本だけのお家事情であります。呼び名が変わっても世の中の諸事情は何も変わりません。

年号変わり、全ての年号印刷書類を総取り換えしなければならない労力と経費、借金大国日本にとってハシャぐ要素はゼロなんですけれど、やっぱり新しければ何でも良くて、話題だ話題だTVは話題、内容ゼロでも新しけりゃイイのよ、なんだなと肝に銘じておきます。

キモが美味しいアンコウ自身は、なにも自分の肝に銘じるものなどないわけで、それと全く同じなんですよね、当の発信者側は無責任。

だから肝を食べる私達側が、この際キッパリと肝に銘じておく必要があるんでしょうね、やっぱり。

世界にたった一つの花、感動ぅぅ~とか言ってましたけど、この時期、呪文のように、呪縛のように、若者達も桜オンリーなんですね。

菜の花きれいだなー、満開はいつかなー、なんて真顔で言ってしまったなら、冷たい目線が降り注ぐ国です。世界にたったひとつの花が名曲だと唸ってた君達、自分の中の自己矛盾を放置しっぱなしにしていると、心に花なんて咲かないんじゃないでしょうか、

と誰かがすれ違いざまに、心の中で言葉を投げかけてしまったりする夢のようなコトが起きてしまいそうで、何だか不安な気もします。

 

この世はすべて、サッ+クラ闇よ

 

どの事実にしようかな / 嘘も方便 / 都合のいいイメージで暮らしましょう

Title : 最近、鏡に映る自分の顔を信じない人、いる?

 

 

何を今更ではありますが、ヤッパリう~んと唸ってしまいます。

ある1つの事柄に対しても、その事実は千差万別。自分にとって一番信じ易い解釈を事実にしてしまう。都合で、というのもありますが。

最近の子供達、“ 日本は世界でスゴク人気がある ”

などと、本気で思い込んでいる子が沢山存在しています。周りの大人達がいちいち訂正などしないし、TVによる作られたイメージを鵜呑みにしてしまっていたり。

例えば、

アメリカのドラマか映画だったかは忘れましたが、小学校低学年の授業シーン、女性教師が生徒達に “ アメリカとアジア諸国の良い点と悪い点を比べる ” をテーマに挙手を求めていました。ある白人の男の子が、

「アジアはまだ豚肉を食べています」

と発言し先生も同意。トンカツ好きな私としては衝撃。コレ、良い点?、悪い点?………。

例えば、

フランスの美容院で知人の日本人女性がパーマ&カットに初挑戦したのですが、フランス人女性美容師、彼女の髪に触るや驚愕。目を輝かせ、面白いものを見せてあげるから的な笑顔で他の美容師達を手招きし、代わる代わる彼女の髪を触らせたということでした。

何だ!この硬くてゴワゴワの髪質は!。

ということなのです。彼女は日本人の中では柔らかい髪質の方だと日頃認識していたわけですから、非常にショックを覚えたと。

国と国の間で、常識と非常識がひっくり返る、は当たり前。人種のDNAやら歴史やら地域性やら、うんたらかんたら違う訳ですし。

日本人のココが凄い!(いい意味で)

的なTV番組多いですが、そんなものは国と国との間では無数にあるわけで、何も日本だけが特筆すべき優れた凄さを持ち合わせている、というわけではありませんし。

サムライ、を好む外国人が多いと日本人は胸を張りますが、ほとんどの外国人は自身のコレクションした戦国時代兜、鎧を眺め、

「サムライってコビトみたいにちっちゃいんだな」

と言うそうです。

マ、イチロー選手が凄いのであって、私達日本人全てが凄いわけではありません。当たり前の話ですけど、そこんとこ混同している人達、結構いるものなんですね。

マ、人はそれぞれに自分にフィットする事実をまとうものだということなのでしょう。子供ならご愛敬ですが。

3高から4低へ / 4低から3素へ / 酸素なき社会は苦しいだけ

Title : 階段を高く上るか低く降りるか、より足を使った事実が大事

 

 

かつて、日本が好景気に沸騰中の頃、女性達は結婚相手に3高を求めた。

高収入 高学歴 高い背丈

現在進行形で陽の沈みゆく日本経済下、新たに4低が求められるようになったという。

けれど、何が4つの低さか、なんてどうでもいい様な気はする。

相手に低姿勢を求める…。それは企業間取引では当たり前のことで、スキーで滑走する時だって姿勢は低く、が原則。

本来、低姿勢なんて結婚相手どころか誰にだってそうあるべきもの。

低姿勢の真逆と言えば、高飛車(たかびしゃ)。実は、結婚相手に求めたいのは低姿勢というよりは高飛車な上から目線やめてね、が正しいのだろうけれども、

そもそも最初から高飛車な人と結婚しようとするかな。

低燃費も求めてるみたいだけど、それは車やバイクの話。今時の人々は車なんて持ちたくても持てない。皆が乗り回している唯一の車なんて高飛車くらいだ。

現在の3高

高飛車 高画質 高齢者

が日々実感の実情で、結婚相手はおろか誰しもが考えざるを得ない大問題。 “3高から4低へ / 4低から3素へ / 酸素なき社会は苦しいだけ” の続きを読む

喫煙 / 喫縁 / 世界自分化計画

Title : 「オッホホホホ !、世界ってこーんな小っちゃいんジャン~♪」

 

 

昨日、行きつけの老舗喫茶店で、その入り口で、新参者主婦2人が店主に向かって、

「何で禁煙席無いのよ!、アナタんとこ、時代に乗り遅れてるよ!」

またもですか、バカなことを言う人が増殖中。

だって、喫茶店という場所は、煙とを満喫する店、という意味。

お茶を満喫するだけでも喫茶店と呼べるではないか、と言われれば確かに。従来の意味を捻じ曲げて自分の主張を通そうとする、というのは最近の傾向。

その論法がまかり通るのなら、

ファミレスはファミリー・レストランの略だから、独身者1人では入店出来ないと主張出来てしまう。

コンビニはコンビニエンス・ストアの略。コンビニエンスは好都合、便利、という意味だから、いつも自分が買いに行く時間帯はオニギリやサンドイッチが売り切れタイム、新入荷前だった場合、便利じゃないからお宅はコンビニじゃない、と文句を言う権利が生じてしまう。

外界の世界を、自分の内的世界、つまり、気分だの心だの、ノウミソの偏った考えるクセの方に作り替えてしまう言動を繰り返していると、

世界のあらゆる店、人、場所、とにかく全ては残念な存在になってしまう。

つまり、物の言い方ひとつで、人を、店を、消滅に追い込むことが出来てしまうのだ。

そしてそれは今や現実。閉店、自殺、長期療養、どれもこれも上述内容と全く無縁とは言い難い。

今や時代はチェーン店。だがしかし、チェーン(鎖)で自分自身の体を縛り上げ身動き出来なくなってしまう、という危うい意味合いに転化してはいないだろうか。

とおっても、不安。

大相撲アラカルト / 一目で分かる大相撲

Title : 大相撲ボット

 

 

「私ね、アナタがお相撲に詳しいって言うからチョット聞いてみたいんだけど、いいかしら?。ガーデニングの手を止めて聞いて下さる?」

「ええ、構わないわよ何かしら。私の育てたこれらの美しい花々のように、どうぞアナタの質問を私の花壇で開花させて頂戴な」

 

「ありがたいわ。奥様のその謙虚な姿勢、本当に頭が下がるわ。それで早速なんですけれど、世間様で “ 目は口ほどに物を言う ” って言いますわよねえ…。

お相撲さんは立ち合いの時に、気迫のこもった鋭い眼光でにらみ合うじゃありませんか。

目と目を合わせてる訳だけれど、あの時、目は口ほどに物を言ってるのかしら、もし言ってたら立ち合い前に自分の取り組む作戦がバレてしまうんじゃなないかと思って、昨日なんかヒヤヒヤしてTV観てましたのよ、心臓に悪いわ」

 

「ああら、そんなつまらないお話だったの、とってもつまらないわ私。単純明快な答えを差し上げてよ。

力士の代わりに土俵周りの親方達が “ 物言い ” をつけるのよ。これで土俵上のお相撲さん達は自分の作戦を相手に読まれずに済むわ」

 

「そうだったの、流石奥様ねえ!、感服したわ私。目は脳の一部だから目を見れば本心が分かってしまう。だから見抜かれないように親方達がそれを肩代わりしている。ということでしたのね。ほとほと感心致しました(笑)。

感心ついでにお聞きしますけど “ 衣服の乱れは生活の乱れ ” って言いますでしょ?。取り組みのお相撲さんって衣服と呼べるのは回しだけじゃありません?。

よく激しい取り組みで回しが緩んだりして行司さんが取り組みを中断させて直させてますけれど、ああいう風に回しが緩む力士って、やっぱり生活が乱れてるってことで宜しいのかしら。行司さんて風紀係も兼ねている、ということで問題ないの?」

 

「問題ないと思いますわ。やはり回しが緩まないよう、万全の気合いで勝負に臨んで欲しいものですわよ。ホラ、見て頂戴な、このたわわに実った立派なトマトを。これを眺めていると自分のたゆまざる努力の結実を見ている気がしますの」

 

「ええ、ええ、そうでしょうとも。ゴメンなさいね、渾身のガーデニングのお邪魔をしてしまって(笑)。でも最後にもうひとつだけ(笑)。“ 部屋を見ればその人自身が分かる ” って言われてますわよね?。奥様は全ての相撲部屋の親方達、その指導によって育てられる力士1人1人のことが、やっぱりよく分かるの?」

 

「そうですわね。だいたい分かると思えますわね」

 

「立派だわ奥様…。こういったコトワザって、“ 相撲甚句 ” で歌われていたものが世間に広まったものなのかしら。ジンクってコトワザという意味でしょう?」

「全然違うと思いますわ」

 

Title : ITドスコイ

 

 

 

 

 

何と言ったってアイドル / アイドルは飛んで行く

Title : 「会場の皆様ッ、盛大な拍手をお願い致しますッ!気持ちよく歌って頂くためにもッ !!」

 

 

日本にはアイドルなる存在の方々がおられる。その人そのものが何らかの魅力を有し、そのこと自体が憧れの対象となり得る方々ということらしい。

確かにドルは世界通貨であろうし、ズバリその人の魅力ということであるならば、各業種のモデルもアイドル同義、PCのデルに匹敵すると言えなくもない。パチンコ台もデルが人気だろうし、車やバイクのアイドリング(空フカシ)も発信前の馴らしということだろう。

だがしかし、アイドルをあがめたてまつる人々は、自分の恋愛に向けての馴らし運転でアイドル命と言っていない場合が多いのであって、確かに確かに、

アイドルと握手をする権利を得る為にCDをジャカスカ買っていたのでは、実際のデート資金など手元に残りはしないであろうと思われる。

昔とは違い、今は本人達が自身の事をアイドルと呼ぶ。こ、こっぱずかしいではないか!と思えたが、そういうジャンルに属している私だから、人気が凄かろうがスゴクなかろうが、アイドルなのだ、ということらしかった。

確かにドルという語が使われ組み込まれる物には、ハンドルがありサドルもある。つまり、それがないと全く持ってお話にならないじゃないの、といった類のものなのである。

もはや現在の日本に至っては、アイドルなる存在は必要欠くべからざる存在。政治経済、医療保険、そういった現実の話題には一切触れず、非現実世界にファンをいざなう、まさに夢見がちな妖精のような存在なのである。

非現実的存在であるアイドルの誰かやグループを、国民的人気とうたう放送局には苦笑するほかない。

つまり、日本国民は非現実的なものに憧れ、社会全般諸問題に背を向けるような人々の集合体だと言っているに等しいからだ。

アイドル解散をゴールデンタイムトップニュースで報じる国営放送。

アメリカのアカデミー賞は、最高に優れた映画作品に与えられる賞ではなく、あくまで、アカデミックな、つまり社会的に有意義な、公共性のある学びの主題を投げかけた作品に与えられるものなのである。 “何と言ったってアイドル / アイドルは飛んで行く” の続きを読む

ひとりひとりが監視員 / 全国図書館化運動推進中 / 静寂列島

Title : そのスズメバチは羽音を立てなかった

 

 

空気が読めない奴。

この言葉がアッと言う間に日本中を制覇し、そののち今や画期的な拡大解釈でゴムタイな猛威をふるいまくっていることは話題にはなっていない。

静寂のコーヒーチェーン、誰もがスマホやPC画面を相手に黙々と何かをしている。

そこへ老夫婦が入って来て楽しそうに会話を始めた。大きな声ではない。ごく普通のささやきに近い声だった。

1分経過。まず老夫婦背後の若い男性社員が憮然とした顔で立ち上がりスタスタと離れた席へ。

更に1分後、老夫婦隣の席の30代くらいのOLが荒々しく荷物をまとめ、同じく離れた席へ移動。

その光景を見ながら私はドリンクバーへ。先の二人が移動した店奥は見事な静寂に包まれている。

 

ファミレスに若いお母さんに幼稚園児であろう子供が二人連れられて入店。3人ともニコニコしながらメニューを見て、ああでもないこうでもないと話し合いながら注文。和気あいあいと、ほのぼのと大変微笑ましい親子関係。

3人のお皿が揃い、母親がケータイで写真を撮り始める。「おいしいね」「おいしい~」

3枚撮影、その瞬間、音もなく長身の20代後半とおぼしき男性が母親の横に立ち、

「あのう~、出来れば撮影はやめてもらえませんか」と低く不気味なささやき。

「あ……はい」

訳が分からず凍り付く母親と子供達。

見ていた私にも意味が分からない。シャッター音は彼より近い席の私には聞き取れなかった。母子の会話は全く騒がしくない。大きな声でもない。

可哀想に、さっきまであんなに楽しそうに会話していた席に、今、凍り付くような静寂がある。

 

私はウカツにも知らなかった。いつしか日本中が

全箇所 図書館化運動

を推進中であるという事実を。

声を発しない場所が増えれば増える程、街は静かで居心地が良いというわけか。政治家も民衆の声をほとんど聞いたことがないので、やりたい放題。

そんなやりたい放題のやり方は海外に対しては通用しないので、最近では日本をまともに相手にしてくれる国がなくなってきたが、それを報道する局もかなり少なくなってきている。

沈黙は金

キジも 鳴かずば 撃たれまいに

触らぬ 神に タタリなし

というわけなのだろう。

静寂の現場、通信回線の中の炎上。

どちらも共通点は、

見張れ みはれ ミハレ。

名称のニュアンス / 名前のフィーリング / そう呼びたい心持ち

Title : 「道明寺モチの季節くらいは、サワヤカにいきたかったのにナ~」と桜子ちゃん

 

 

よく考えてみると。

クマのプーサンを誰もクマのプーちゃんと呼んだりしない。

同じように、キティーちゃんのことを誰もキティーさんと呼ばないのだ。

秘密のアッコちゃん秘密のアッコさんでは許されないだろうし、

白木葉子は力石徹を徹クンと呼び、徹さんでありはしないではないか。

カツオワカメは呼び捨てであり、タラちゃんだけが違う。

すると、非常に幼い者だけがちゃんづけされるのだなと頷いていると、

いい年をした俳優がアベちゃんと呼ばれ、成人モデルがエビちゃんなので、先の真理はもろくも崩れ去る。 “名称のニュアンス / 名前のフィーリング / そう呼びたい心持ち” の続きを読む

正義の人と正義の味方の違い / 騙されやすく育つか、騙されにくく育つか / イメージで分かれる境界線

Title : ちなみに、私も正義の味方です、今んところは

 

 

かつて、日本のヒーロー、英雄史創世期、月光仮面に始まり、ウルトラマンやエイトマンが “ 正義の味方 ” と呼ばれ一世を風靡した。

そしてそれは、いつしか “ 正義の味方 ” というブランドとなり現在に至る。誰もその真意を一切考えず、あたかも完全懲悪の存在であると信じて疑わない。

だがしかし、

正義の味方は、正義そのもの、ではない。あくまで、正義の側に立つ、その正義に賛同し、そちら側につく、という意味合いであるはずだ。

つまり、正義の味方なる人は、絶対に正義の側にしか立たないわけではなく、そうではない場合もある、という解釈が正しい。

仮に、絶対に、いついかなる時も正義の側に味方するというスタンスを堅持していたとしても、

正義は、人それぞれの置かれた立場によって解釈が変わるものだ。

治療法のない病でモルヒネも効かず七転八倒している人が、お願いですから楽にして下さいと誰かに懇願し、その誰かは安楽死を実行した。

法的には明白な犯罪者。犯罪と認定されるのであれば、それは法的には、一般常識では、正義とは呼べない。悪の手先と思う人も居る。

正義、はたったひとつとは限らない。人々の解釈によって、それは正義と見なされたり、見なされなかったりする。 “正義の人と正義の味方の違い / 騙されやすく育つか、騙されにくく育つか / イメージで分かれる境界線” の続きを読む

規制に次ぐ規制 / タブーに次ぐタブー / 硬直化する自由民主主義

Title : 何かが間違っとるね

 

 

またも出た。中途半端な規制、とその理屈。新潟高校野球連盟が今春大会から1試合100球ルールを適用するという。

これまでの試合で、特に投手などが異常な投球数となってしまい、身体を壊したなどの理由によるもの。

確かにまことしやかな理由ではある。勝利至上主義を未成年者に課してはならない、コンニチにおける、スパルタよりユルユル教育、の風潮にも即していない、はごもっとも。

未成年者を守る観点から、私も100球ルールには大賛成。夏の甲子園大会も、気温が30度を超えた時点で即刻試合中止ルールを採用して頂きたい。

日本の夏は既に昔の夏ではない。夏の甲子園大会は児童虐待である。

日本は度が過ぎる規制体質。タブーだらけで何も発言出来ない国に成り果ててしまっている。その観点でいえば、新潟高野連の独自決定は民主主義の立場から尊重されるべき。

尊重されるが片手落ち、両手落ち、だと思うのは私の個人的見解。投球数制限など、殺人的猛暑の中でのプレイに比べれば単なる悪要素のひとつに過ぎない。

本質には迫らず表面的な問題解決に終始するは日本のお家芸。

大人の楽しみごと、利害関係で、高校野球夏の甲子園大会を廃止しろとは誰も言わない。言えない。

東京オリンピックだって開催するんだから大丈夫だろ。という人もいる。

 

少子化の子供達よ、大人達をよく見ていなさい。