ソーシャルリンク悪用 / 政治と民意 / 芸能界激変

Title : ぼく、バケモン

 

 

番組キャスター:「さぁ、それでは今日、SNSで一番の話題となったキーワードを見ていきましょうか」

ゲスト:「見ていかなくていいです。SNSで不正なキーワードを意図的に作り上げている集団の存在だって考えられるじゃないですか。ネットの世界、そんなことテクニカル的には出来ない、なんて本気で信じてます?。SNSで話題だとでっちあげることで、一体どれでけの広告宣伝効果あると思ってるんですかって話ですよ。しかも広告料タダですよタダ」

番組キャスター:「まさかそんな(笑)。考え過ぎですよ」

ゲスト: 「あなたが考えないだけじゃないですか?。悪いクセですよ。物を考えない人は、観察しない人は、検証しない人は、考える人達に必ず、考え過ぎだって言うんですねーこれが。毎日の報道をみれば一目瞭然。まさか、あの人が。まさか、あそこが、ですよ」

番組キャスター:「じゃ、とりあえずキーワードは見ていかないことにして、今回の低投票率、どう見ますか。政治に対する無関心、ホントに深刻ですよね」

ゲスト:「何をワケ分かんないこと言ってるんですか。政治が国民に無関心なだけですよ。逆です逆。 “ソーシャルリンク悪用 / 政治と民意 / 芸能界激変” の続きを読む

保守か革新か / 政党に対する認識 / 憲法改正

Title : アナログ・ツイッター・オヤジ

 

 

昨夜放送のNHK『クローズアップ現代』を観ていて少々驚く。

今時の若者達は、政党に対する認識がこれまでと違う、という。自民党は保守ではなく革新と認識している、のだと。

私が驚いたのは、何故、このような当たり前の認識に対し、あたかも新現象のように取り扱うのかという事に対してだ。

今まさに、憲法改正実践に向けて始動している政党は、どう考えても、保って守る、ではなく革新。当たり前の話ではないか。

憲法改正は自民党結党以来の悲願だとはいえ、これまで多くの国民が自民党を保守本道だと認識していたのは、憲法改正は実現不可能な絵に描いたモチ、と明確に認識していたからだ。

今選挙は過去二番目の最低投票率。番組中、色々な原因を挙げていた。他局も含め、多くが “争うべきテーマが弱かった”としている。

私見では、そんな風には到底思えない。諦めの早い若者達は政治に見切りをつけてしまったのだろうと思われる。

無力な政治より、頼れるものは自分だけ、と。

そんなことはない、と声高に反論出来る現政治家を、私は思い浮かべることが出来ないでいる。

私が勘違いしていて、私がとんだ世間知らずであることを漠然と願いながら就寝することとする。

 

おそらく、憲法が改正されれば、改正された憲法が再び元に戻されることは永遠にないのかもしれない。

転職 / イメチェン/ 心機一転

Title : は、はじめまして…とかッ

 

 

 

イメージは実力を超えるのか。超える。或いは、超えることが多い。

サザエさんのカツオが時代の最先端をゆくスタイリッシュ・ヘアだったら?。サザエさんが髪梳きまくり今風ヘアだったら?。

イメージの変容は視聴率の実績や実力に明らかな影響を与える。とボクなどは確信してしまう。ロング・セラーのサザエさんなればこそ、その時代時代の流行やファッションを番組中に取り入れたっていいハズ。むしろ自然。共感だって呼びやすい。なのに何故(なにゆえ)?ホワイワイ、どうしてそれはご法度なのかしら。

視聴者がそれを許さない。時代の新風をサザエさん作品に取り入れたが最後、最早それはサザエさんではない。似て非なる物、なんちゃってサザエさん。別の何か。一度人々の間に深く深く定着してしまったイメージを払拭することは並大抵のことではない。というより危険。イメージの一変は人気の一変とイコール、それは容易に想像がつく。

以前、“ 嫁ブロック ” なる言葉が巷で囁かれていた。流行り言葉だが、その意味は昔なじみの行為。夫の転職を妻が反対する、は至極当然だから。 “転職 / イメチェン/ 心機一転” の続きを読む

放火 / 失うもの / 無差別

Title : オキツネは絶対ウソをつく

 

 

「ワンパクでもいい、たくましく育って欲しい」

昭和時代のハム商品TV・CMのキャッチコピーだったとか。今なら、さながら

「タンパクでもいい、あつかましく育って欲しい」

といったところか。時の経過、時代に於ける価値観の一変には改めて舌を巻かざるを得ない。

多数の犠牲者を出した放火犯は、犯行前に近隣住人の胸ぐらを掴み、自分にはもう失うものは何もない、と凄んだことは皆さん聞き及んでいる事と思う。

重度のヤケドによる激痛。良心のかけらもなくとも、痛みを感じる肉体があるではないか。失うべき肉体があるではないか。嘘つき。失うべき命を持っているではないか。この大嘘つき。

本人は、自身に関する、一体何を、全て失ったと認識していたのだろう。

全て。この意味さえ知らない人間は、それこそ、この世の全ての要素を考えることなく生きて来た人間なのだろう。

あり得ない。

それが口癖の私達。充分、有り得ることを知っていつつの泣き言ではあるが。

絶対に。

それが口癖の私達。絶対ではないことを知ってか知らずか、自分の願望を答えにしてしまう。

 

友人に相談され、「私ならそうする」と強く主張することが私達には、ある。

私とアナタはまるで違う人間なのに。それを重々承知の上で、常識に従って、そうするべきと回答する。

 

ある男が20年連れ添った妻と離婚した。共働きの妻は、出社前に毎朝、ほのかに香るコロンを手首につけた。決して忘れることなく。

ある時、夫は気づいた。休日夫婦共々外出する時、妻はコロンをつけなかった。それは常にいかなる時もそうだった。

夫は、ひとりコロンの意味を考え続けた。何年も何年も。妻は浮気などしていない。一日の行動時間からみても明白だ。そんな空白の時間など全くないのだから。

かつて妻だった彼女は、怒り心頭で離婚理由を友人に話す。女友達も激怒した。有り得ない、信じられない、たかがそんなことで、と。

あり得るし、信じられるし、

アナタには、たかがだが、

人によっては、たかが、ではないし、たかだか、でもない。

こんなことに、普通、だとか、常識的には、などという観点は全く通用しない。

 

こんな簡単なことを子供達に教えないから、過ちは一向に減らないのだ。

 

ヒツジたちの沈黙 / 年金と選挙

Title : 光を外に出さない電球がイチオシね

 

 

羊達の沈黙。は、まさに令和日本人にも見事に当てはまる。年金機構が国民の年金をうやむやにしても、議員自身が選挙前TV演説で「政府は年金を国家予算扱いしている」と報じても、ノレンに腕押し。馬の耳に念仏。豚に真珠。

国のトップリーダーを国民が選べないのなら、政治など何一つ変わらない。確かにこの理由が投票離れの大動脈であることはいなめない。だが、やはりもうひとつの大静脈の猛威を忘れてはならないようだ。

持つ者と持たざる者の完全二極化の猛威の前に、“ 皆一緒 ” という幻を声高に叫び続ける人々は、なおさら一層、我が身のDNAに浸み込んでいる社会主義思想を、タリキホンガンを速射砲する。

皮肉なことに、幼稚な皆一緒思想は人を選別出来ない大弱点の上に成り立っている。

二流は一流を認識することが出来る能力を持ち合わせるが、三流には一流を認識出来る能力がない。

そんなわけで、みんなに平等還元を!と撃てど叫べど、無い袖は振れない、の一点張りの残念解答のコダマ返し、富士山ろくにオウム泣く。

企業は労働者に利益を還元せず内部留保にセッセのセ。そうなったのは誰のせいって、結局は使われる労働者のせい。労働交渉で権利を勝ち取らなければならないのが資本主義の掟なのに、労働組合を自らが弱体化させてしまった。

会社村社会など今や遠い昔のインスタントカメラかポラロイド。小さな島国の島民達に世界のことなど興味なし。島民は日本という島だけにしか関心がない。

民主主義は結局のところ根付かなかった。ゆがんだ悪評と正しき批評の区別もつかず、いっしょくたゴチャマゼのモンジャ焼き、挙句の果てにデタラメ走行の諦め顔。いや、諦め駅はさっき通過した。今は脱力駅を通り越して無力無気力駅構内に入った処。

異常な猟奇的殺傷事件が次々にさざ波化しても、人々は毎度、

「その犯人だけが特別だった、異常だった」のひとことで幕引きする。社会全体の病巣除去に関する情報などには一切反応せず、自分の身の上には起こらないのだからと本気で信じ込めるおおらかさで日々を乗り切ろうとする。

いや、そもそも乗り切ろうという意識などないのかもしれない。風に吹かれるまま、川の流れのように身を任せていたいだけか。

 

 

若者の選挙投票離れを考える / 原因究明特番

 

 

 

「今日は先月盆栽を始められたことでも御高名な屯田(とんでん)先生をスタジオにお招きし、現時点での日本国、その各問題点について率直なご意見を伺いたいと考えております。先生、今日は宜しくお願い致します」

「こちらこそ」

「早速ですが先生、最近の投票率の落ち込みは底を打った感がございますが、実際のところどうなんでしょう。特に若者層の政治離れが著しいかと思いますが」

「当然でしょう。体制側の、とりわけ漢字体系の疑問点に若者達が敏感に反応し反発しているのだと思いますね」

「は ?!。漢字…体系…。と申しますと?…」

投票し、結果当選。考えてみたことがありますかね。げるんですよを。そしてげた結果、たるんですよ候補者に。そんないい加減な選出方法でいいと思いますか。げてたったら議員サンだなんてアナタ、夜店かなんかの鉄砲撃ちゲームじゃあるまいし。これじゃまるでボーリングじゃないですか。若者は体制側のいい加減さを投票拒否という形にして、無言で告発しているんだと思いますよ。違いますか?」

「なるほど…。確かに先生のおっしゃる通りかもしれません。だとすれば私達マスコミ側も選挙速報番組などで当選確実などと報道しておりますが、先生の主張になぞらたえた場合、当選確実ではなく大当たり確実、と言わなければならないと、こういうことですね?」 “若者の選挙投票離れを考える / 原因究明特番” の続きを読む

沙矢のお茶会 / 紅茶とタコ焼き

 

 

 

うららかな春の日差しが半開きの窓から。

淡いターコイズ・ブルーのカーデイガンに袖を通す沙矢(さや)は、両耳からイヤホンを外しサラ・ブライトマンの歌声を消した。それからコンパクトを開いて自身の顔を覗き込み、アヒルグチを作って見せた後、呼吸を整えて風花が湖面に舞い降りるように独り言。

「いいじゃないですか、ネエ……。今日こそ開けるにふさわしいと思いますよオ~。そうしましょうネ、そうしましょう」

ベッドから起き上がりデスク上で居眠りこく電気ポットのスイッチを入れる。それからやおら、パソコン裏に隠しておいたオリーヴグリーンの高級包装紙に包まれた箱を両手でソッと引き出す。

「こんな高級お紅茶、卒業祝いでもなければ頂けないんですよ、分かってますか?…ええ、ええ、よおく分かっておりますのよホホホ」

独り芝居でオチャラケながらミニ食器ケースのガラスを引き、ウエッジウッドのティーカップとポットを取り出すと、パソコン手前のスペースにもったいつけて並べる。引出しを引いてキーボードとマウスを収納しながら、

「ああ!。大学院でどうか里中様の目にワタクシめが止まりますように!。な~んチッて、マジ?」

マウスパッドと入れ替える様に紙製ミニアルバムを大事そうに取り出し、シリアスな表情でドアを振り返り、次にアルバムを開いて鼻の下を伸ばす。卒業式スナップの中の1枚…。 “沙矢のお茶会 / 紅茶とタコ焼き” の続きを読む

憲法改正 / それが可能になる時代

Title : ひそひそ小僧

 

 

最新世論調査では憲法改正賛成が%を伸ばし始めている。

物を考えない日本人、という国際評価が明確に表れた現象のひとつと言えるだろう。

何をどう変えるのか。具体的な詳細を聞くこともなく安易に賛成を表明してしまう。芸能痴話のノリで防衛をやみくもに協調する。

日本国内基地維持に日本が7~8割の予算を投じているのに、アメリカが守ってくれないなら自前公認軍隊だと。だから憲法改正だと。

10割自国負担に耐えると言うからには年金も諦める覚悟なのか。国民健康保険さえ危うくなることを承知で賛成しているのか。

9条の縛りで、これ以上は軍需産業品は買えません。この言い訳をやめさせたい人の思惑、これは私の勘違いなのか。

安易な選択は、現実からかけ離れた殺戮ゲーム中毒の悪影響なのか。

 

世界に誇るとかいう日本マンガの非現実話は戦争概念のない国でのみ培養される。

軍隊を持つ国となれば、国の価値観は末端に至るまで変容する。

どんなふうに変容するのか。歴史事実から読み解くことが出来るだろう。勿論それは、虚飾に満ちた偽善的娯楽歴史ドラマ鑑賞では何一つ得られはしない。

梅雨時のお手入れ / 心にも除湿器をね

 

 

 

 

毎年梅雨入り宣言を耳にするたび、条件反射のようにボクの頭に浮かぶこと。それは雨という言葉。五月病よりも先に浮かんでしまう。

流行り歌の詞中、日本人は雨という気象現象を “ 悲しい後ろ向き要素 ” として好んで取り入れる。そしてそれは人々の大いなる共感を呼ぶ。日本人独特の民族感覚なのだから、皆たちまち自然に理解が出来る。

例えば、三善英史の “ 雨 ” 。 雨に濡れながら、道行く人にこずかれても身動きひとつしない彼女は、恋しい男性を待ち続けている…。雨の慕情、雨の御堂筋、長崎は今日も雨だった、水色の雨、レイニーブルー、と雨をテーマに大ヒットした楽曲は数え上げればきりがない。悲恋の象徴としての 雨は梅雨時ならずとも引っ張りだこだ。

♪  雨  雨  降れ降れ  母さんが  ジャノメでお迎え  嬉しいな  と歌われる前向きな歌も稀に存在するものの、こちらは童謡。恋愛要素が皆無な子供向けゆえの、雨に対する好意的で無邪気な受け止め。

さだまさしの “ 雨宿り ” は、恋愛をテーマにおくユニークなハッピーエンド・ソングの典型だが、恋愛そのものというよりも日本特有の赤い糸伝説、不思議な縁 ( えにし ) が主題だとも言える。その点で童謡 “ 雨降り ” とは決定的な一線を引く。

同じ雨をモチーフとした楽曲でも、海外では日本のソレと解釈が多分に異なる。

CCRの “ 雨を見たかい ” では、~ キミは嵐の後に天気雨が降るのを見たことがあるかい?~ と視聴者に問いかける。また、アルバート・ハモンドの ” カリフォルニアの青い空 ” では、~ 滅多に雨が降らないカリフォルニアで雨が降る時、それは酷いドシャブリになることが多い ~ と歌われるが、双方共に何やら意味深。どちらの歌詞も恋愛を歌ってはおらず、奇妙な現象を見た時は要注意なんだよ、と警告とも取れるような教訓めいたものを感じずにはいられない。

これがビートルズの “ ペニーレイン ” ともなると更に難解。意味深どころか哲学的でさえある。歌詞の内容はこんな感じ。土砂降りの雨でも傘をささない主義の銀行員が床屋で順番待ちをしている。そこへ消防士がドシャブリの中、雨宿りしに床屋へ飛び込んでくる。仕事がら、大量の水の扱いに慣れている消防士のハズなのに、アタフタしている姿が滑稽だという。雨に濡れればヤッカイな紙幣を扱う銀行員の方が雨にたじろかず、自身がビショ濡れになる場面が度々あるはずの消防士が雨に濡れてうろたえる。これって “ 人生えてしてこんなもの? ” と視聴者に疑問を投げかけいるかのよう。

ボブ・ディランも歌った “ 君は大きな存在 ” では、成功した彼女を讃える主人公の男性、彼女の成功を喜んだあと、やがて独りドシャブリの雨の中へ戻ってゆく。一見、いや、一聴、悲恋がテーマの悲しい歌のような気がするが、決してそうではない。雨は2人の恋愛とは直接関係がなく、あくまで雨は男性の置かれている過酷な環境を象徴しているのだ。その点で日本人の感覚とは一線を引く。

日本と海外、雨にまつわる感覚の違いぶりは凄い。雨の降り方、降雨量の違いで受け止め方が違うような気はしなくもない。要するに、風土的な違いかなと。湿度が高くジメジメした日本の雨とカラッとした海外の雨とでは、そこに住む人々の気持ちに働きかける雨の作用が違うのは至極当然なのかもしれない。

梅雨時になるたび思うこと。普段は気にかけずに通り過ぎるアッレヤラコレヤラも、こんな風に細々と考え込んでしまう。雨には人の心を閉じ込める力も、あるのかな?、と。

 

◆写真タイトル / 雨が蓮葉を離れない

 

 

崩壊続ける日本語 / グローバル化の洗礼

Title : アンバランス状態でのみバランスするのです

 

 

愛妻という言葉はあるが愛夫と言う言葉はない。

何故だろう。恐らく日本語制作チームは愛妻の存在を確認出来たものの、愛夫の存在を確認出来なかった、のだと思われる。では、現実的に、実際に愛夫は存在していないのだろうか。答えがイエスなら、近年の結婚したがらない女性達を到底批判出来るものではない。

恋人、をコイビトと呼び、愛人をアイビトと呼ばず、アイジンと呼ばせる。コイジンなんて呼ばせない。何故なんだろう。どうして統一した呼び名にせず、わざわざ別読みに決めたのか。事を複雑にしたのか。

足手まとい。同行で邪魔になる、という意味。何故、まとう、という表現にしたのだろう。単純に足手からみ、だとか分かり易い表現にした方が分かり易かったはずなのに、オーバーコートをまとう、といったニュアンスをわざわざ用いなければならなかった真意は何だろう。

頭数が揃う、手数をおかけします、なのに足数という言葉はない。何故ですか。何故、統一した言葉使いにせず、暗唱暗記のかく乱を狙うのでしょうか。 “崩壊続ける日本語 / グローバル化の洗礼” の続きを読む