東京五輪開催期日決まる / 未知のウィルスより未知の大会 / ウィルス感染終焉は近いのか

Title : 運命の人

 

 

人にあやまり丸く収める。「私が悪かった」と頭を下げ、相手の態度が軟化した時、

「でもアナタにも悪いところはあった」と控えめに付け加える。

 

ぶちこわし。

火に油を注ぐとは正にこのこと。人を知らない、世間を知らないと、しくじる。

 

コロナウィルス緊急特別番組出演医療関係者「踏み止まれない可能性が高いですね。若い人達の中には事態を深刻に受け止めていない安易な見通しの人が多いんですよ」

同番組のTV局アナ司会者「ほう?。だとしますと…心は早や五輪の小池知事、森議員は若い人達に入るんでしょうか」

TV番組出演医療関係者「おっしゃる通りです。若い人達の大半は感染の終焉は間違いなく年内、と考えてますから…。未知のウィルスなわけですから今後どう変化するか分かりませんが、若さゆえに安直な都合のいい考えをするんでしょう」

同番組のTV局アナをサポートする局女子アナ「だとしますと、来年夏に五輪を決定したという事は、森さんバッハさんは間違いなく若い人達と見ていいのでしょうか」

TV番組出演医療関係者「可能性はありますね。心が若いんでしょう。

“ 意のままにかわす大会を知らず ”

というコトワザもありますし」

芸能人ではない一人の人間としての志村けん/ 明日になるといつものように / もうひとりのナイーブな自分

Title : アイ~ン

 

 

誰だってそうだ。アナタだって、ボクだって。

会社の上司や同僚が知っていると思っているアナタやボクの姿は、社会人としての姿。

志村けんの好きだった東村山音頭は芸人としての彼の部分が多い。

繊細でナイーブな彼の弱者に対する慈しみの眼差しは誰にでも伝わった。小動物を抱く孤独な少年は、吉田拓郎に傾倒していることをかつて語ったことがある。

世にフォークソングの大ブームを作るきっかけとなった吉田氏のアルバム『人間なんて』に収録された ♪ どうしてこんなに悲しいんだろう

志村氏はこのアルバムが好きだと言った。それを聞いて以降、志村氏の姿を番組で観る度、なぜか私はこの楽曲の歌詞を彼の淋し気な横顔に重ね合わせてしまう。

 

 

どうしてだろう このむなしさは

誰かに会えば 静まるかい

こうして空を 見上げていると

生きてることさえ むなしいよ

これが自由と いうものかしら

自由になると 淋しいのかい

やっと自由に なれたからって 涙が出たんじゃ困るのさ

やっぱりボクは人に揉まれて 皆の中で生きるのさ

 

人の心は温かいのサ 明日はもう一度触れたいな

独り言です 気に留めないで 時にはこんなに思うけど

明日になると いつものように

心を閉ざしているボクさ

 

 

ここまでの記事は昨夜書いた。ここからは今日書いたもの。彼が亡くなったと聞いた後だ。

 

どうしてこんなに悲しいんだろう。今の時代を映し出している歌詞だと多くの人が感じ取るかもしれない。

この楽曲が発表されたのは1971年。1970年代前半、日本のGNPは世界第二位。激しい高度成長の中、日本国民は大きな社会歯車に飲み込まれてゆき、方向転換さえ出来ない悪しき社会システムに次々屈服してゆくこととなる。

せめて自分の人生だけでもささやかに煌め(きら)かせよう。と思うようになってゆく。かたくなに個にしがみつき始める。

それさえ簡単ではない。つらく困難な長き道のりであることに誰しもが気づかずにはおれない。今日は希望の中に在っても、明日は立ち止まり遂にはうずくまってしまう。

 

今日の西暦、日付は何ですか。

昭和も令和も変わりはしない。

 

志村さん、あなたを思い出しながらこの曲を今から聴きますね。

無知はノーガード / 取り返しのつかない事態を想像出来ない若者 / 情報仕分け能力のなさ

Title : コロナに感染した人のMR画像

 

 

若者は経験が少ないだけに未熟、と言われる。デジタル世代の若者は歴史上比べようもない程に無知と指摘される。(日本は商品売り上げに響くので、そんなことは口が裂けても言わない)。

想像力のなさは深刻。来たりくる不測の事態に全く備えられない。

今年年頭のパンデミックなど、一体誰が想像出来たか。

出来る訳はない。老いも若きも。

コロナ初期、流行し始めてなお、東京五輪が延期されるなど有り得ないと一笑に付す人の数は大多数というわけではなかった。疑う人が出始めた。中止か延期を信じられたのだ。

 

世界各地で医療崩壊が起き、死者の数が増え始める中、平気で外出する若者達は口を揃え笑う。

自分らは若さの特権を行使させてもらう、と。感染しても、ちょっと重いインフルエンザでしょ、その程度の事で楽しみごと止められないよ、と。

想像力の欠落。自己防衛能力の低さがもたらす悲劇。

 

持病持ちの高齢者は感染死亡の可能性が在るが、若者は症状が軽くて済む。

そうではなかった、と突如発表されたらどうするのか。潜伏期間が長く、ひとたび発病したら最後、若者であるだけに病状悪化の進行速度が高齢者の何倍ものスピードになる、と発表された時、どうするのか。

楽しんだから悔いなし、と笑えるのか。

まさかそんなことにはならないよー、ドラマのオチだよー。

 

今年、パンデミックが起きるとは誰も思わなかった。今も信じられない。

若者だけが情報を鵜呑みにし、マスコミ情報に揺るぎない信頼を寄せる。

未熟だからではない。無知だからだ。それが証拠に、情報LIVEへの信絶対信頼を寄せる人達に年代など関係はない。

マスコミを訴えても勝ち目は皆無。誰も相手にはしてくれない。だからこそ慎重な自己防衛なのに。だからこそ大人なのに。

自分らしくあるために人は集合する / 外出禁止で自己喪失 / 人に寄り添い孤独を維持する

Title : 心の風景

 

 

スルメイカの足を半分口から飛び出させ、クッチャラクッチャラ噛み味わっているネコのユーチューブ動画を見たとする。面白がると同時に、

こういうネコも居るもんなんだな

と思う。ただそれだけ。

ところが、それを実際に目の前で見た場合はリアクションが格段に違う。食い入るように猫のことを見ることだろう。

人々の想像力が著しく低下した現代、想像力なしに楽しめる画像や動画観賞は花盛り。それはいいのだが、自分も含めた生き物の実存が実感出来ない、という現代人の傾向は、外出半強制禁止に対して、今更ながら、激しいとまどいに。自宅待機不満爆発だ。

イタリア、NYのコロナ被害状況が危機的だと報じられても、ピンとこない、実感が分からない人は多いことだろう。

無観客試合放送。これも実感を伴わない。ライブ花盛りの流れにあって阻止は相当な困難を極める。

もちろん無観客はクラスター阻止のため極めて有効な手段であることは疑いようもない。

が、そのこととは別に

 

実感なし、リアル感なし、ソコにソレが確かに存在しているという実感のなさ。部屋にひとりで居ると自分自身の実存が感じられない。その空虚感、ヌケガラ感、むなしさ。

人をウザいと思いながら、部屋でPCや読書をせずにわざわざ店に出かけてゆき、狭い場所で人に挟まれPCにふけるという矛盾行動の要因がここにある。

人のフリ見て我がフリ直す

他人との比較対象で、客観的に自分の全てをあぶり出す。

何をどうしたいのか。あのようにか、そのようにか、と素知らぬ顔して周囲の会話や雰囲気、動作を探る。

【この法則を視聴体感したい方は  ♪  どうしてこんなに悲しいんだろう / 吉田拓郎  をお聴き下さい 】

 

Title : 孤人(こじん)独り独り

 

新型コロナウィルスに感染すると、症状の一つとして匂いが感じられなくなるというものがある。

好物のカレーも匂いが嗅げないとカレーを食べる悦び実感は半減してしまう。自分の存在を自分自身が感じ取れない状態はこれに似ている。

カフェにおける多くの無言集団は自分喪失症候群である。ものごとをイチイチ突き詰めて考えない、ウザイから考えない、の手法がこの症候群を生む。

 

感染封じ込めの為に外出制限をする。

従わない人々の多くは自分喪失感を味わうことを怖れての行動であると推察される。

 

拡散ではなく爆発? / 自宅待機でストレス爆発 / 未知のウィルスと知らず

Title : 勘違い続出

 

 

東京五輪の延期が決定した途端に

感染爆発

なんだと。これから次々帰国する者達が媒介する可能性が非常に高いんだと。

そんなこと、五輪予定通り開催!、を声高に叫ぶ時点で容易に予測出来た事なんスけどネ。

地獄の沙汰もカネ次第ってのが日本国のご都合主義なんで。五輪開催に影響出たらマズイと、あたかも国内は感染封じ込めホボ成功してるなんてマスコミぐるみで報道しちゃって。五輪にまつわる話題は各チャンネル、バラ色一色だったのに…。

都民は慌てたネ。けっこう封じ込めてんじゃん、などと思って安心してたら突如の手の平返し。

オマエラ、気が緩んでるぞ。大変なことになってるんだぞ、と。

 

感染爆発?。花粉症で、花粉爆発なんて言いますかネ。

花粉飛散と呼ぶなら、コッチもウィルス大飛散て呼ぶとこじゃないの?。何か物体が爆発してパーツが細かく砕けてふっとぶわけじゃないざんしょ、感染てなものは。

 

五輪延期で経済的打撃は計り知れず。それはそうだよネ。でも全ての国民が経済的大打撃を受ける訳じゃないんだけどネ。一億総打撃みたいな一枚岩報道やめてくれない?、いつものことではあるけどネ。

例えば、バブル未曾有の好景気の時、高知県は全く好景気の恩恵受けなかったって地元の人達言ってたもんネ。貧しい県は貧しいままだったって。

五輪開催しても多くの各業種は経済的恩恵なんて受けないって試算は周知の事実だし、延期で多大な損害を被るのも限られた人や組織なわけで、それをムリムリ

日本人全てが経済的に大打撃を受けているみたいな一蓮托生(いちれんたくしょう)報道、やめてくんないかしらチョット。

『 景気ひとり減速 』はおろか、とっくの昔から『 景気ひとり失速 』の人なんて山の様に居るわけだし。

 

延期について、開催時期だの何だの仕切り直しで決めるっていうけどアスリート経験ない人達、つまり現場経験ない人達が決めることって不安。何度でも “ 過ち決め ” にならなきゃいいけどネ。

次回こそ春か秋でしょーよ。猛暑でマスクなんか出来ないし。え?、もう終息してるからマスクいらない?。終息宣言して半年後にウィルスの反撃開始のシナリオ、どうして全否定出来るのかネ。

未知のウィルスに無知で対抗してどーすんですか。

一度延期されたから、二度目の延期はない。そりゃそーでしょー。IOCだってそこまで日本国をコケに出来ないもんネ、なんてメンツの問題で未知のウィルスに応対していいもんだろーかネ。

 

Title : 明暗クッキリの二店舗

 

昨日は必要急用で外出。穴子めしのお店はランチタイム満席。

アメリカ人の客が多いバーガーショップは、ランチタイムに客は私独り。

何故、二店舗をランチ・ハシゴしたかというと、私が食い意地のはっている人間だということではなく、

ウィルスの猛威にさらされているアメリカへの感染終焉祈願をするためのクラシックバーガー注文だったわけだし、

アナゴ飯はタレの甘ったるさを味わう事で、いいかげんな行政対応に振り回される我が身の甘さを痛感するための注文だったのだ。

 

どちらにせよ、アナゴ飯の繁盛ぶりは、長い物には巻かれろ、の日本人気質によるものとみた。反駁(はんばく)することを好まない日本人気質もバーガー敬遠の理由。

 

とにかく、どちらも美味しかった。土日には行けないわけだし。食べに行って本当に良かった。

追伸:トイレットペーパーは3枚重ね8ロールがひとつだけ買えた。3枚重ねは詰まりやすいので残っていたのだった。

始まったジェネレーションギャップ・クラスター / 無意識の確信犯

Title : アムール、アモーレ、アムロなきパエリアにハレルヤ!

 

 

とにもかくにも、東京五輪延期が正式に表明された。歴然としたパンデミック現象をLIVEで目撃しながら、これほど延期決定を先延ばしにした意図は何だったのか。

関係各位様方、経済的影響は決断遅延で救われましたか。五輪開催への影響を怖れ、日本は大した被害ではないと演じた体制は、延期決定が決まるや唐突に感染爆発の非常事態を発令。

え、そうなの?。ユル対応の者達がドッと感染。

 

いずれにせよ、五輪延期が決定した以上、もう誰も遠慮などしないだろう。堂々と感染危機を訴え合うことが出来るのだ。解禁だ。

若者の致死率は異様に低い。ゆえに新型コロナなど怖くない。観戦すれば重篤化する高齢者に気を使ってなんで自分が自宅に引きこもらなければならないのか。

会社組織では働かない中高年が蔓延している。先がつかえ下は迷惑をこうむるばかり。

気持ちは分からなくもない。

意識下の願望は 無意識の確信に変わる。

 

うつす気などない たまたま うつってしまった のなら しょうがない

 

これは私の幼稚な推測。だが、賛同する人は少なくないだろう。

 

 

花見宴会禁止の看板、見えなかった気づかなかったと素知らぬ顔する人々。強制力なき任意のお願いなど誰が聞くものか。

高齢者がトイレットペーパー買いだめレースは独走。子供の世話、仕事に追われず朝早くから開店と同時に入店出来る。

カジノ構想、今だ実現せず、は不幸中の幸いだった。ギャンブル依存症はアルコール中毒に転化しやすい。依存症になれば内臓疾患でコロナに対しひとたまりもなかったことだろう。

 

私は昨日、スペインの感染拡大終焉を祈る為、パエリアを食べにスペイン料理店へ。本当はタコ焼きを食べたかったのだが、私のタコを渇望する内なる絶叫は、崇高な祈りの犠牲にした。

ところが、出て来たパエリアにはムール貝の姿がなかった。メニュー写真には写っているのに!。

ムールで誰もが連想するものは、

アムール アモーレ

すなわち、愛している。

愛している、という象徴が抜き取られてしまったという事実に私は開いた口が塞がらなかった。問い詰める眼差しでウェイトレスを見たが、私の憤慨を予想してか、こちらに背を向けたままだった。

それでも私はパエリアを食べながら、祈りの言葉を噛み音に合わせ、つぶやき続けた。その代償がカニやエビのカラをいくつか飲み込んでしまったこと。口の中でベロを巧みに操るワザが祈りの言葉でおろそかになったからだ。

パエリヤの米は大変に少なく、私は牛肉のワイン煮込みを追加注文してしまい、改めてスペインの感染拡大終焉を祈った。ワインの甘味が強く、塩がモーレツに欲しかったが、あえてオーダーしなかった。スペインの苦痛を思い、私も自らを罰した形だ。

 

 

昼時にもかかわらず店内は空いていた。やはり不要不急の影響だろう。

 

外圧でなければ決断できない / 硬直化する国体 / 五輪延期と消費減税

Title : 一寸防止

 

 

ヒョンなことから本音がバレバレになることが、ある。

語るに落ちた、と言われる。

 

今回の、東京五輪開催延期にまつわる一連の騒動でハッキリ見えてきた事、それは

総理大臣、都知事、五輪関係者各位、おしなべて

国内外の選手ならびに関係者、国民、の生命の安全確保

の観点から五輪延期あるいは中止を論じず、

ひたすら開催側の大特権であるMONEY、これのみに終始して開催に固執し続けた情けない事実だ。

であるならば、

 

東北復興資金確保をも匂わせの」つつ経済効果を試算しての五輪招致、それは単なる建前だったのだとメッキが剥げてしまったということにならないか。

一例として、未だに宮城県は政府から何の復興支援金も給付されてはいない。

 

国民ファーストではないMONEYファーストの政治。それが日本の現状。その情けなさ、その間違いを正せるのは国外の第三者のみ。

昨日今日あたりから政府要人らが「五輪延期の可能性濃厚」を口にし始めているが、これもひとえに

外圧

世界から総スカンを食い、笛吹けど踊らぬ世界に屈しての最終選択肢に過ぎない。

 

そんな情けない我が国でも、コロナに対して唯一の救いが在った。それは、

おひとり様社会

が突出していたことによるクラスター被害拡大の小規模化。コロナ流行が発覚してからは

健康オタク

を自負する日本人が一層の オヒトリサマ に徹した事だった。

禁止と言われても、知人らとハグし合いキスの挨拶を止めることが出来ないイタリアの感染拡大は悲劇だが、日本のNOスキンシップの殺伐さが国民を救おうとは何とも言いようがない。

 

消費減税は日本単独でいかようにも決定出来ること。何故まだなのか。何故グズグズしているのか。

濃厚商談破棄の小規模クラスターがソコココで広がりを見せているというのに。

特効薬は明白。ドミノ倒しを止めるのは大規模減税。ただそれだけなのに。

決断実行のスピード。それがその国の政治実力。そのことで語れば、

日本政府は政治オリンピックで間違いなく予選落ちだろう。

 

Title : 政治の空白、政策の空白

 

インターネットの普及で加速したペーパーレス。新聞や雑誌が生き残れない時代の流れ。その流れを止めようと必死であがく必要など徒労。さっさと、別の生き残りを賭けた道を行くが得策。

龍馬が行く

はそういうことだった。

 

 

東京五輪開催 / メダルの重さが軽くなる / 来日は個々の選手の自己責任で

Title : 日本人ピーマン親善大使

 

 

湾岸の海岸通りをチャリッパシリしていたら、強風に乗ってウンコ臭が、トレンディーな高層マンシオーネの谷間からプレゼンテッド・バイ・東京都下水道局だった。

細菌ようや…、もとい、最近ようやく五輪開催延期について各マスコミが取りざたするようになってきたのは幸いだ。各国首相らの相次ぐ延期提言が出て、やっと自分らも口にできるなとオズオズ、の魔法使いと取り上げたのだ。日本のマスコミは自社が言い出しっぺでないことが保身上重要であるからにして。逆読みプークスなのネ。

とにかく、祖国の美しい湖畔で練習を重ねたトライアスロン選手達を大腸菌まみれの東京湾に引きずり込もうとする東京都の汚さに怒り心頭の私。

都民らは東京湾から流入する黒鯛なんかを大腸菌京浜運河で嬉々として釣ってるけど、海外の人に都民のようなノーテンキな振る舞いは到底出来ないだろうし。

当初、五輪開催反対を表明した都民は、その後、手の平返しで開催に湧き、必死に手に入れた観戦チケットが無効になることを怖れ、延期を叫ぶ世界に舌打する。

海外では、アジア人が憎しみの対象として血祭りに挙げられている。来日選手はそんなことしっこないから安心だよね、だから延期なしなし、は流石に政府。洞察力がスゴッ。

日本は毎年何万人も自殺者が出る国なんだぞ。殺人猛暑でも未成年者に野球大会させる国なんだぞ、コロナごときで過剰反応する海外の気が知れないよ、と。

「ん?。パンでミルクって何?、オニギリ食ってるくせに」の感覚が大事。

 

♪ 翼をください    悲しみのない自由な空へ飛んでいきたい って歌詞、自殺をいざなう歌詞だと誰も思わない。考え過ぎだオマエ。で、学校の音楽授業で歌わせる。校舎の上から生徒が身を投げても、この歌とは何の因果関係もない。

だってさ。マ、証明なんてムリだワ。

 

赤信号、みんなで渡れば怖くない

それは日本人がまだ他人に配慮気遣いをしていた時代の話。今は容赦なくひき逃げる。だって悪いのソッチじゃんケー。

 

とにもかくにも、イノチよりカネ。本音は全世界に発信された。年齢にかかわらないイジメの現状の謎も解けた。

平和の祭典にパンデミック吹き荒れる各国をオモテナシしようとする日本。メダルの重さが軽くなる?、ソレって鑑定してもらったらプレミアでイイじゃん。参加拒否選手?、ソレって自己責任じゃん、オトナなんだから自分の決定には責任持ちなよ。

これが未だに開催中止を自己決定出来ない国の言い分デス。

「美しきニッポン!」

聖火リレーの笑顔 / 黙祷関係なし / 名ばかりの平和祈願

Title : 噂の偽善ランキング

 

 

かつて、ラジオ深夜放送が華やかなりし頃、あるリスナーが主張した、

ワニの腕立て伏せ

これなら解る。面白エッセイのように誰しもが容易に絵柄を連想出来る。

 

売り言葉に買い言葉 も、ウニ言葉にカニ言葉 と教えてくれたリスナーも居た。

皆、熱かった時代。それを小麦色した大麦と呼ぶリスナーさえいた程だ。

 

今は理屈が通らない社会をセッセと形作る日本。理由は、理屈を通さないし通したくない手前勝手な人達がワンサカ横行しているからだ。

世界中が大変なパンデミック局面を迎えているさ中、聖火が到着したと笑顔を作るオリンピック知らずの元オリンピック出場者達。

平和の象徴が聖火だとイケシャアシャアと言う。死者が出る細菌来襲の中、死亡した人に配慮を払えば笑顔造りなど憚か(はばから)れるはず。

海外事情など関係ない、海外は海外、日本は日本。と通常発言したいなら、平和の象徴がどうのこうの、とタテマエを言ってはならない。

聖火リレーは特別な意味などないタダのパフォーマンス。そういうことなら笑顔撮影もアリだ。聖火ではなくタダのタイマツだと。

オリンピックに無知な橋本聖子議員は五輪中止などない、とキッパリ。パンデミックがいつ終息するかWHOが宣言などしていないのに何故そんな無責任なことが言えるのか。あたかもコロナを知り尽くしている細菌学者の言い草だ。

一個人ではなく政治家であり、五輪関係者の立場である人間が、どうして予定通りに開催出来るのか根拠も示さず、ただ、間違いなく開催すると発言するのは独裁者と何ら変わらない。森議員と同じく、これが民主国家の議員レベルなのかと、今更ながら、改めてガックリする。

営利最優先の者は政治家ではない。政治屋と呼ばれる。日本人の大好きな『その時、歴史が動いた』的に考えれば、営利追及の独善五輪開催は歴史の汚点にならないのか。考えも思いつきもしないのか。

 

涙は心の汗

と言われる。ならば、サウナから出てきた人は全身涙まみれだった、という言い方もアリなのか?。

ナシだ。

物事の真意を本当に理解出来ていないと、失笑を買う。

 

TATOOに顔をしかめる日本人は多い。それと全く同じく、五輪開催ご意見無用と涼しい顔の日本人は世界中から嫌悪感をもって天空のラピタ的な上から目線を浴びている。

死者への黙祷は、楽しい五輪聖火リレーに水をさす。

そうなのか。

空中分解システム (10) / 熟知した上での完璧なプラン / 軽んじられる私の存在感

Title : コンダクターはしくじらない

 

 

自分で市販品と同等、完璧な爪楊枝を1本手作りしようと試みる。

膨大な時間を要する。非常な手間暇をかけ、しかも満足のいく作品になる保証もない。恐らく制作前から既に自信さえ無いだろう。

この徒労。膨大な時間とお金をかけ、手塩にかけ育てた我が子が爪楊枝。よくある話。誤算と呼ぶには馬鹿げ過ぎている。

我が子が立派な社会的地位に付ける様な道筋を作る。立派なコースのお膳立て。その甲斐あって幅のある人間に育ってくれた。確かに分厚い。幅は十分。

ただし紙ナプキンの束だった。一枚一枚離して使う。この薄っぺらさがいい。捨てる時にかさばらない。便利。

必死の頼み事を誰かが誰かにしている。土下座して両の手を併せ、仏にすがるが如く、拝むが如くに頼み事。これは、私の手を縛って罪人として扱ってください、その代わりに私の頼みを聞き届けて下さい、という意味なのだと一度も考えたことがない人など居ない。はず。

手作りの爪楊枝は軽すぎる。軽んじられ過ぎだ。

紙ナプキンなど誰も評価しない。非常に役立ってさえもだ。何故かって?。大量生産品じゃないか所詮。ええええ何だって!、軽んじちゃ失礼!、抗議しろ!。

でも、今自分が使ったことさえ、次の瞬間には誰も覚えていない。

 

私をしょっぴいて下さい?。語るに落ちた。価値無き人間をそこまで相手にしてる程コッチは暇人なのかね。随分と見くびられたものだ。

 

立派な肩書をつけてあげるからね。だから頑張るんだよ。子供に価値ある努力を要求しよう。そして休みの日には肩並べ、親子仲良くアニメ・ビデオでも観ようじゃないか。

ルパン三世に社会的な肩書はない。その一派も以下同文。ア、そうか銭形警部のファンか。立派な肩書あるもんね。コナン君も肩書ないなァ。肩書社会の裏返しで、肩書のない主人公の大活躍観て息抜き。子供にもそういうことだとキチンと説明してる。実際はね、勉強していい大学に入らないとルパンみたいに泥棒するしかなくなるんだぞ、と。でなければ子供は混乱するからね。ああ、確かに。

無駄。駄目。駄。駄は太った馬と書く。納得。競走馬でなければ馬に価値なし。農耕馬じゃ大金稼げない。駄々こねる子、最低。競走馬とはほど遠い。コラ、大人しくしろ、出ないと掛け金つかない馬に将来なるぞ。困るだろ。脅しは効果あるね。

 

ダルマさんが転んだ。かくれんぼ。缶蹴り。

 

ダルマさんが転んだ、のホントの遊び目的は何だ。

はい。相手をじっくり見る、観察力を子供達に知らず知らずのうちに身に付けさせる試みです。

正解。では、かくれんぼのホントの目的は?。

はい。居ると思い覗く。居ない。

居ないと思うが念のために覗く。

居た。

わあ、何で此処なんだよう!。だって今日寒いから、ここ温かいんだもん。ああ、そっか、わお!、ホントだ、ボクも入れて!。居て当たり前の仲間が居なくなることがある、という個々の存在の重さ、それを無意識に子供心にインプットするための知恵です。

探して見つけた!、見つけられた!のハプニングで、毎回意外なコメントが飛び出し、コミュニケーションの楽しさを子供達に無意識に教えるための試みです。

正解。では缶蹴りは?。

不測の事態に備える心構えの訓練です。相手の奇襲を読むこと。正確に読むためには相手の思考や行動パターンを常日頃から頭に仕入れておかなければならない。そのためには相手のことを常に気にかけておかねばならない。

観察は同時に理解する、されるで相互信頼を生み出します。絆は大げさですか?。とにかく人間同士の楽しくてスリリングな知恵比べです。

正解。では、何故このように有意義な遊びを学校は推奨しない?。親達が薦めないのはどうしてだ。

はい。遊びに隠された先人たちの知恵を知らないからです。

人は一人では生きられないのだから、と教えつつ、弱い人間、もろい人間を量産する試みは面白いね。真意は一体何だろう。この難問、分かる人は?。

 

セキトシテ コエナシ (返答なく恐ろしい沈黙が…)