不思議な拡散 / 美しき連鎖 / ディフェンスを破る者

 

 

 

どうしてかまうの 誰が頼んだの どういうつもりなの

どうしてくるの 私頼んでない どうして話しかけてくるの

何でなの 誰かと相談でもしたの 放っといてほしいけど

どうして分からないの 自分だけでいいと いっているのに

何様のつもりなの 私はひとりでいたいのに 一体何なの

ケイコク ユーザーカクニン デキマセン

トロイノモクバニ タイショチュウ

20%カンリョウ

どうしてあいさつするの おかしいでしょ どういうつもり

どういうこと 説明もいらないし どこか消えて

消えて消えて いなくなれ

35%カンリョウ

わたしが見えるなんて どうかしてる うそつきうそつき

気配消してる私 何で見えるとかいうの おかしいおかしい

愛とか夢とか うざいうざいうざい だまれ消えろなくなれ

どういうことかって聞いたんですけど 何なの一体

43%カンリョウ

サクジョデキマセン

トロイノモクバニ タイショチュウ

48パーセントカンリョウ

ひとりがいい ひとりがいい 孤独とか何 知ったかぶりやめて

誰かといけば よそ行けば ここにくるな 二度とくるな

諦めてなにがわるい 知ったクチきくな お前になにがわかる

泣いたことないと 思ってんのか

悲しまなかったと 想ってんのか

おまえになにが分かる そばにくるな 消えろ うざい

60%カンリョウ

ケイコク

データベースヲ ホゾンシテクダサイ

聞きたくない 聞きたくない くだらない何もかも 消えろ

笑えるオフザケやってみろ 面白かったら笑ってやるよ

しょうもない くだらない 何しにきたか 意味ふめい

えらそうにすんな えらそうに言うな ああうざいうざい

聞きたくない 聞きたくない 誰だおまえ いつからきてる

トロイの木馬にタイショチュウ

ケイコク

ケイコク

トロイノモクバニ 対処チュウ

70%カン

 

 

 

パスワードガヤブラレマシタ

 

 

 

アナタのことを誰も知らない街で降りて

アナタのことを誰も知らない店に入る

アナタはやさしい人で 親しみやすい

笑顔で店員とやりとりをする

それを終えたらカフェに入り 自分の街のカフェにいる自分とは別人を演じる

にこやかにオーダーし ありがとうと笑って答える

そしてゆったりとお茶を飲み この世はすばらしいといった顔つきで外を眺める

それを終えたら街に帰る

無表情でつまらない顔に戻ればいい

週末には再びアナタは アナタのことを誰も知らない街へ行き

とてもさわやかな顔を作る さわやかな声を作る

それを毎週繰り返す 毎月繰り返す 毎年繰り返す

ある日気が付くと アナタの横にはニコニコした友だちか恋人が座っていて

アナタのすてきな笑顔は

作り物ではなくなっている

 

 

 

ホゾンシマスカ

 

 

 

 

「一応…」

 

 

 

 

◆写真タイトル / もの言わぬ目

 

 

 

 

自律神経失調症とウツ病 / 海底のカサゴとアナゴ釣り / おひとり様の心の病

Title : 蒲田アーケード入口、篠田寿司の絶品アナゴ握り

 

 

この時期、夜7時半は日没だから、夜釣りといえば夜釣り。正味2時間でカサゴとアナゴが一緒くたに釣れまくりでした。毎度こういうわけにはいきません。前回と全く同じ仕掛けと餌では、完全学習されてしまっていてゼロ釣果となってしまいます。

魚にしてみれば種の存亡がかかっているわけですから、そんなに甘い話はありません。それでも毎回同じやり方で大量に釣れる魚種もいます。サッパだとか小アジだとかは。そりゃそうですよ、数で勝負する魚種はある意味無敵ですよネ。

 

ほんのわずかでもナマ臭みの残るアナゴ料理は不味い

総理のアトガマ誰っすか、で永田町は大騒ぎ。一応この国の民主政治は永田町限定となっておりますので。誰であろうと臭みのあるお方は敬遠されるべきなんでしょうネ。

毎度毎度、カサゴとアナゴが同じ仕掛けで上がって来るのは(都内堤防での釣り)どちらも海底にいらっしゃるから。特にこの時期、カサゴの産卵を狙ってアナゴが終結もしますしネ。

 

 

事務方を呼びつけ報告を聞く大臣のほとんどが、事務方にマスクを外して報告するよう求めたということですってネ~。

隠し事ばっかの人って深層心理の不安性から相手に可視化出来ない部分があると激しい焦燥感にとらわれるって言うじゃないですか。クスクス…。

オレ様の前でマスクで顔隠しとは何事だ!、の意識のままじゃぁ今後もデジタル化なんて夢のまた夢ですよゥ~。夢見る大河ドラマのお山の大将バンザイってか。

 

翌日昼はキス釣り。サイト検索すると

キスは群れで動きますから、釣れた場所に速攻で仕掛けを再び投じると数が期待できます

などと書かれてますが、近年の東京湾堤防釣りだと、そうはいきません。キスは単発でしか上がってこないことの方が、はるかに多いです。

おひとり様が好きなんでしょうネ。あるいは3密を避けているのでしょうか。

 

 

 

美しい魚体です。真珠の輝きです。それでも内面の苦悩は如何なものか。

突然、前触れもなく強制的に自宅勤務となってしまった方々から心痛の叫びが次々挙がっているというではありませんか。

自律神経失調症

は正式な病名ではないそうですネ。病院も心療内科、精神科、婦人科、内科、整形外科、と自分の症状に合せて、適切な科に行くとか。

私も過去になりました。起床時の両手のこわばりと指の痛み。指を動かし始めると数分で治りますが、これが毎朝続きました。

整形外科でレントゲン撮ってもらったりしましたが原因不明。痛み止めとビタミン剤もらって帰宅。それらはほとんど効果なし。

自律神経が不調だというのは証明する術がないのだそうで、心理カウンセリングだとかやって、推定これは自律神経失調症ではないか、と判断されるのです。

自律神経失調症の症状は個人差ありまくり、五万とあり、千差万別。イライラが激しい、不安感が増幅する、理由もなく悲しくて仕方ない、ヌケガラ感。虚脱感がある、といった心的異常と、激しい便秘、下痢、手足の痛み、腰痛、頭痛などと言った身体的異常と多岐に渡るのだそうです。

気のせいだとか、何んともない、などと医者に言われ肩透かしを食う経験をする人が多いそうですよ。

で、放置していると、

自律神経失調症はウツ病に発展する

というわけです。強いストレスの放置はこういう結末を迎えることが多いわけですから、自分なりに原因を突き止めるべきです。

対人関係?。どの対人関係か?。誰のことか?。どんなイキサツだったのか。どんなストレスが生じたのか?。

それは、過去に起きた事柄を今なお引きずっていることが多いようです。その種子がテレワークなどの劇的環境の変化で発芽してしまい、急速な速さで成長してしまう、というホラーな体験。

 

安倍首相お疲れさまでした。鋼の意志も崇高な志も、病気には勝てない。シミジミと思いますヨ。

おひとり様は気楽。人と触れあえばストレス禍。

孤立したおひとり様はウツ禍。

 

第一波が自律神経の不調。第二波がウツ。自宅待機であるにもかかわらず、社会で密かに増殖を続ける心のパンデミック。

おひとり様戦争。今こそ孤立無援の戦いが始まる。

 

彼らは何故滑空するのか / 子供の押し殺した声は誰にも聴こえない

Title : YOU

 

 

歌う吟遊詩人、中島みゆきは自作の楽曲 この空を飛べたら の中でこう歌う。

 

空を飛ぼうなんて悲しい話を いつまで考えているのさ

 

確かにそうかもしれない。日本中の子供達は赤い鳥の楽曲 翼をください をよく歌うそうだ。悲しい気持ちで歌っているのかもしれない。

 

映画バットマン、スパイダーマンのエピソードには度々親のいない子供の苦しみが色濃く反映され、主人公が、ヒーローが、何故滑空するのか手に取るように理解出来る。滅多に笑うことのないヒーロー。悲しみと共に移動は続く。

鳥のように空を飛翔するのではない。

 

空間を渡り歩いてゆくのだ。

どこまでも自由自在に。闇に紛れ、ビルの谷間を縫うように。人の目に触れぬよう、空を横切らず、上下に落下するように、或いは急角度で斜線を引く。

 

蜘蛛 (クモ)、コウモリ。人に嫌われ決して脚光を浴びることのない生き物。

自身を重ね合わせ、うつむき、唇を噛み、そして息を殺して最後の砦に埋没してゆく。

 

夢。

いつからか慣れ親しみ、繰り返され、いつ尽きるとも知れなくなった、夢。

 

解き放たれ、心は無限大に空間移動する。行き、戻り、休み、再び飛び出す。

 

 

時を超え、子供達に勇気を与え続ける作品に感謝。

子守歌が聴けないのなら。

身体の痛みと心の痛み / 私は泣かない / 寄り添う人になる方法

Title : コダワリ

 

 

「私は誓う!。どんなに悲しくても二度と涙を流さないと!」

などというセリフ、おそらく聞いたことのない人がいないほど、ドラマや映画ではキーワード。しかしながら、

「私は誓う!どんなに恐ろしくても二度とオシッコをチビッたりしないと!」というのはほとんど聞いたことがない。

恐ろしいモノ体験といえば、キモダメシ(肝試し)にお化け屋敷。自分が恐怖を目の前にしても平気で居られるよう、心構えを強く抱いて(いだいて)屋敷にはいる人はまず居ない。

何故なら、怖がるのが楽しい、それがお化け屋敷だから。

にしても、恐怖というものは自分の意志で抑え込むことが出来る感情なのだろうか。

デビュー戦にのぞむボクサーは恐怖で全身が硬直するという。百戦錬磨になると恐怖もさほど感じなくなる、と聞く。つまりは慣れた。克服した。

 

人が肉体的に痛みを感じるのは、自分自身の身を守るために肉体が創り出したシステム。

激熱のヤカンに触った瞬間「アジャァーッ !!」と叫んで手を離す。痛みを感じて手を離したからこそ大ヤケドには至らない。

つまり、肉体が痛みを全く感じなくなったら大変なことになってしまう、ということ。

全身麻酔がこれに当たる。切り刻まれても気が付かない。痛みゼロの手術は正当だが、激痛バロメーターが機能しない戦士は間違いなく短命だろう。

肉体と違い、心の痛みには、かなりの個人差がある。

出産を経験する前提で作られている女性の身体は男性のソレより痛みに強い、などと肉体の痛み感度も性別差まであるが、

心の痛みは個人差が激しい。

失恋して自暴自棄になったり、果ては命を絶ったりする人もいれば、ケロッとしている人もいる。

平気な顔してるのは本気で好きじゃなかったからだろう。と言われたりするが、本人は本気だったと力説したりする。誰も信じないが。

初めて犯罪を犯そうと決め実行する直前、強烈な恐怖を感じる。それが普通。回数を重ねると感じなくなる。人間は慣れる様に出来ているからだ。経験、学習で脳がその行為に慣れる。慣れてしまう。

こんなことに慣れてしまっていいのだろうか?。

と私達は首をかしげる。

肉体的、精神的、に痛みを感じなくなる。苦痛を感じなくなる。

想像すると素晴らしく楽だろうと思える。

苦しくない、怖くない、痛くない、恐ろしくない。のだから。

 

例えば、悪質なウィルス系の風邪をひく。身体が異常な熱を体外に発散して、体を冷やそうと汗をかく。大汗かいて熱を冷ます。猛暑日、犬は舌を出しっ放しにして熱を体外に発散する。

悲しみの涙、嬉しさの涙、感動の涙。このシズクは一体何を発散しているというのだろうか。

暖かい心の人。という言葉が在る。冷たい心の人。という言葉もある。

心にも平常温度という規定があるのだろうか。

であるならば、感情を揺さぶられて流す涙は、

心の熱を発散しているのか。

体温計は在るが、心温計はない。

物理的な心温計はないが、人の心のヌクモリは、それに触れた人が感じるものだ。

 

私は泣かないと誓う。

一見、正しいように聞こえるが果たしてそうだろうか。

すぐ泣かない。恐がらない。傷つかない。落ち込まない。メゲない。それは、確かに強い人と言える。いい意味でも悪い意味でもリーダーになれる人だろう。

多くの野球の監督が口を揃えて言う。

「一番許せないのは、バットを一度も振らずに見逃し三振すること」

 

社会が、世間が、それが怖いから外出せずに引きこもる。恐い思いをしたくないからストーリーのラストをあらかじめ聞いておく。

自分をおびやかす自分の感情から徹底的に逃れ、それを極力出さないように努める。心の逃避と言えるし、心の否定とも言えるし、それが最善の対処法である場合もある。

泣いたことのない人は、泣く人の気持ちが分からない。頭では理解出来ても、痛みを切々と感じることが出来ない。

大したことない、とその人に告げるのか、寄り添おうとするのか。

 

寄り添う。

 

お金儲けのことだけで頭は一杯、会場変えると言われ大慌て、時間変更しますと今頃言い出す。他人の痛みや苦しさを我が身のように感じられない政治家は一体どんな舵取りをするのだろう。

そして一方、

 

日本の太陽は粛々と繰り返す。

 

寄り添う。

エキスパートのママ / 無いものねだりのボクに捧ぐホロ苦いラード

Title : それでも明日になれば

 

 

ボクが、無い物ねだりとと知らず、まるでピエロのように自分探しに駆け回ったのは、

ママが、“ ボクのボク ” を、ボクのヨダレ時分に根こそぎ引っこ抜いていたことを知らなかったからなんだけど、

自分に何一つ発言権のないボクでさえ大人には成るんだから、社会に出る機会のある大人なら否が応でも気づいてしまう好都合な真実ってものがあるんだね。

ボクの就職面接日、ボクはママの付き添いで会社にノコノコ出かけて行った。試験管は頭が悪いらしくてボクの面接にどうしてママが受け答えするのか理解出来ないって怒ってた。

バカだな。ママがボクなのに。

ママがボクの代理だって思い込んでるんだ、あの試験管。世間知らずの典型だな。

ママがボクの年頃だった頃、世の中は好景気で未来はバラ色だったんだ。オイシートコドリがいくらでも出来たんだって。そのヤリクチはママが全部知ってるんだから、ボクよりエキスパートのママが面接受けるの当たり前でしょ?。

モンスター親のママがブラックとホワイト変幻自在な企業と渡り合ったらドーなると思う?。

で、ボクは晴れて入社した。入社式翌日から自宅勤務。ママは非公式な課長に任命されボクの代わりにPCで仕事の指示を受けてるみたい。ボクにはチョットむずかしいって判断した業務内容は全部断ってくれるからボクは楽チン。

至れり尽くせり、介護度数100%のママ。

 

ボクにはとってもそんのこと出来ないよ。ボクがいくつになってもね。

そ、これがぼくのラード。違うって、バラードじゃないよ。ラード。こびりついて厄介なラードなんだってば。

暗がりのブースに座る人 / 平たい顔族の憂鬱

Title : 「んッ?!、今なんか言った?!」

 

 

令和のコンニチ今日も、相変わらず我が国の人々は

イケメン美顔を神信奉し、ブスフケ顔劣化顔を全否定する。

 

♬ ブスにもブスの生き方がある

〈作詞・歌 / まりちゃんズ 作曲 / 尾崎純也〉1974年発売

 

この世は美しいものと 醜いものとで 出来ている

醜い女を人々は ブスと名付けたのだ

ブスよ あなたは いるだけで 皆に迷惑かけている

明るい所は歩かずに 人目を避けなさい

ハッキリ言ってしまえば 男はブスが嫌い

君らの顔は見ただけで 吐き気をもよおす

ブスよ みじめだろうが 自分の顔を認めよう

あなたにゃ幸せこないけど

望みだけは持とう

 

要するに、日本人の幼稚なイジメ思考は今と何ら変わらず昔からあった。この歌、作詞者は名前出してないんだね。へえ。

男は自分の事を棚に上げ女に言いたい放題、は男尊女卑時代劇による洗脳。だがこんな歌もある。

 

♫ ケメ子の歌〈作詞作曲 / 馬場祥弘 歌 / ザ・ダーツ〉

1968年2月1日発売

 

私の名前はミス・ケメ子 あなたは鏡を持ってるの

吐き気をもよおす その顔で 私を好きになるなんて

キライ キライ 私はあなたが嫌いです

〈一部抜粋〉

 

 

一般庶民に全国向け発言権アイテムがなかった時代に於いては、この場合、レコード会社が社会への供給役を買って出た。

放送禁止も話題性、少しでも売れりゃ儲けもの。社会的バッシングなどたかが知れていた。

まりちゃんズは、2008年には名前を変えて藤岡藤巻とし、大橋のぞみとのユニットで崖の上のポニョ(宮崎駿監督)主題歌をヒットさせている。

さすがは女性に人気のある宮崎作品、まりちゃんズ時代の女性蔑視を評価したのだろう。反社会的勢力ってわけじゃなし。

そして30年後、

 

♫ ブスの唄(ブルース)〈桃井かおり / 歌 佐藤博 / 作詞作曲〉

2004年2月25日発売

 

2 ブス 喜んではいないけど

ぶす 怒ってなんかいません ただ

女に向かって ブスという様な あなたのブスさが許せないの

いつかある日 あなたの顔に

消えない汚点が 浮かぶでしょう

母親達は あなたを指して 子供達にそっと耳打ちします

ホラ、あれがブスだよ

 

残念ながら、世の母親達はそんな風には耳打ちしなかったようだ。

小国列島、本日も晴天なり。モラルに一点の曇りなく進化進展なし。

テルマエのアベちゃんが言う、平たい顔族(日本人を指して)の我々は世界各国の人々の前で、やはり今回も、ルックス批判を止めないのだろう。自分達のことは棚に上げて平気な人達だから。

いやぁ、映画ってホントに素晴らしいものですね / FRYDAY・NIGHT・FANTASY / 金曜ロードショー

Title : つらいDAY泣いと不安だじぇい

 

 

心おもむくまま、暇に任せ、自在にユーチューブ(音楽)サーフィンを楽しみつつ、知らなかった名曲発掘の戦利品に視聴泥酔いする。

昔のものは全て古臭い、昔のものは全て昔の人のもの、今の時代の人は今の時代の物しか関心を持たない。

という考え方にはまってしまう不運な人、

ではない人達は、

自由に伸び伸びと、少しでも見知らぬ良いものに触れようと選択肢を狭めず人生を豊かに自分を飾ろうとする。

 

♪ FRYDAY NIGHT FANTASY〈フライデー・ナイト・ファンタジー〉

1972年にTV放映開始、金曜ロードショー(日本テレビ、水野春郎解説)のオープニング・テーマ。リアルタイムでTV視聴することは出来なかったが、この曲を数年前に知り激しい衝撃を覚えた。

何と言う名曲。名曲とは、作った人、歌う人、演奏する人が誰なのか、それを全く考慮に入れず、どんな人でも心が打たれるもの、をいう。

 

ユーチューブに寄せられたリスナーのメッセージのほとんどは、

涙が止まらない、あの頃(昭和)がこんなに素晴らしかったなんて、あの頃は幸せだった、みんなありがとう、といったもの。

そんな感覚は平成だろうが令和だろうが同じだ、と言われるかもしれない。それはそうだが、

金曜ロードショーは、オープニング楽曲をピエール・ポルト(フランスの指揮者、作曲編曲家)に依頼した。フライデー・ナイト・ファンタジーは、既に発表済みの名曲で金曜ロードショーがそれを使った、と思い込んでいる人が大半であった。それほど唸る名曲だったのだ。

番組サイドは、安直で付け焼刃な気持ちで番組への取り組みをしていなかったことになる。流行りの人に右へ習えで作曲を依頼したわけでもなく、人生の重みを紡ぐ旋律、それを誰に依頼すれば実現出来るのか、結論へは遠かったはずだ。恐らく会議は難航しただろう。

高い依頼料が支払えるのは、高い視聴率によるスポンサーの満足度。

映画作品が今以上にステイタスだった時代、名作のイメージを会社のイメージに重ね合わせたいスポンサーは、依頼にGOサインを送り、賭けに勝った。素晴らしい名曲を新たに手に入れたのである。

 

いつからか、真逆の時代が開幕した。

いい加減な番組を安直に作り、結果、騙されない視聴者によって視聴率は地を這い続ける。遂には番組自体も消滅する。

 

ブラック企業はブラックを売りにし、消費者は不買運動すらしない。

CDも売れなくなればクリエイターの名曲を生み出す意欲は極めて説得力を失くす。

作曲家編曲家は、アドリブ一発で量産出来る、使い古されたコード進行メロディーを新曲と称して歌い手とファンに提示する。

それが問題なく受け入れられ、挙句、名曲だと騒がれる。

作曲家は、制作意欲も湧かず、面白おかしくもないものに溜息しつつも、楽して依頼をこなせる旨味には笑いをこらえきれない。

 

安直さの連鎖は、社会全体の底抜けを生む。

もう、誰にも止められない。

自分に聴かせる恋歌 / 光莉の青春アーケード

 

 

 

色褪せたまぼろしが 夕暮れを染める部屋

私の指先が震えても くちづけは拒まないでね

あなたを抱きしめても 私を抱きしめても

同じだけの夜を重ね 同じだけの羽根をむしる

くちづけのまま だからこのまま 物語を閉じて

 

指先をからめれば 秘密には遠すぎる

この腕を重ねても 恋人は裏切るけれど

哀しみが舞い降りて かたわらに巣を作る

冬枯れた嘘をなぞり 同じだけの憂いあげる

くちづけのまま だからこのまま 物語を閉じて

 

歌い終え、エンディングかき鳴らすハミングバード(アコースティックギター銘柄)のスリーフィンガー(ギター奏法のひとつ)が凍える指先、ぎこちない旋律を醸し出す。

“ いいや、どうせ誰も居ない。…なんて考えちゃだめ、そんな考えじゃプロになんか成れっこないんだからネ ”

演奏が終わると同時、遠いところで引きずり下ろされる商店シャッター音が光莉(ひかり)の吐く真っ白な息を僅かにブレさせた。

“ 歌の終わりと同時なんてさ、アタシの歌を聴いててくれたのかな ”

そうでないこと、自分で一番よく分かっているくせに。いつもの自分向け速報が光莉(ひかり)の耳元で意地悪に呟く。18歳の少女は鼻をひかえめにすすると、足元のギターケースの中に転がる50円玉を拾い上げようとした。2月の寒さで冷え切った指はそれを不可能にしたようだ。無理に小銭をむしり取ろうと枝に舞い降りたフクロウの様に指を曲げた時、人差し指関節に軽い痛みが走った。

「もう、や!…」

言いかけ言葉を力づくで飲み込む。彼女の茶色いセミロングが一瞬左右に翼をひろげたかと思うと、それはたちまちストンと落ちた。光莉はしゃがみ込み、二度の夏休みバイトで買った宝物のハミングバードをそっとケースにぎこちなく収納する。バチン、バチンと留め金を二つかけたところでスッと商店街アーケードの明かり半分が消えた。

“ 残り半分が消えるまで2~3分。急がなきゃ ”

光莉は自作の曲が書かれた楽譜と楽譜立てを大きなバッグに慌ただしくしまい込み、たまらず両手に息を3回吹きかけると大きなバッグを肩に掛け、ギターケースを注意深く持ち上げた。どんなに寒くてもファンが数人待っててくれるかも。凛とした寒気の中で自分の声がどんな具合に響くのかも確かめたい。二月になってから全然歌いに来てないし…。

全ては当て外れ。誰1人として立ち止まりはしなかったし、彼女の声はいともたやすく夜のとばりに負けた。響きもせず伸びもしなかった。

“ 何だよもう~。あそこの角のオデン屋は一本100円なんだよぉ~ ”

さっきジーンズのポケットにねじ込んだ50円玉は光莉が演奏前に置いたサクラだった。光莉は歩き出し口笛で自作の歌を拭こうとしたが、吹けなかった。音が出ない程身体が冷え込んでいる。たった1時間でその有様。薄着過ぎるのだ。それも秋服。

“今夜は何処に泊まろう…。またカズちゃんち…。一番言いやすいけどこないだ止めてもらったばっかだし…どうしよう…”

夢は手なずけられない。スキを見せれば噛みつかれる。光莉はそれに気づき始めていた。まるで大人になろうとしている様に、見える。

 

 

◆写真タイトル / 観客

 

 

 

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増殖する過剰防衛 / ひとつだけの物の見方 / 損する生き方

Title : ゴメンねダーリン

 

 

深刻な便秘で死ぬ可能性のある赤ン坊。我が子のおしりに鼻先を突っ込んで便を吸い出そうとする母親。医師のいない山村の片隅で住人達は危機を乗り越えた赤ん坊に歓喜の涙を流す。

男手一つで自分を育てた父親の収入源が便所掃除だという理由で、すれちがいざまに偶然触れてしまった父親の衣服のおぞましさに、触れた自身のヒジの肉をナイフで削いでしまう息子。

新築マンションに越してきた当日、台所でゴキブリの姿を見て翌日賃貸契約を解約した独身女性。

雨あがり、片手に持った傘の先を後ろに大きく振りながら後方の通行者を威嚇し続ける人。

自分はどうなってもいいからと身を投げ出す人と、他人などどうでもいいから、とにかく自分と考える人。

いついかなる場合でも、いついかなる場面でも、とにかく自分、とにかく自分だけ。という考えの人は、必ず自分自身に復讐されるという、誠に損な役回りを選んだ人だ。

彼女が帰宅して台所に入る数秒前に、タッチの差でゴキブリが排気口の中に消えていた場合、彼女にとっての真実は、ここは清潔な新築マンションであって、ゴキブリなど存在しえない、というもの。 “増殖する過剰防衛 / ひとつだけの物の見方 / 損する生き方” の続きを読む