あるカウンセラーのカルテ / 会話がない世界で / 人をすくい上げる話

Title : 待合室に置き忘れられていた仮面

 

 

 

「最近は、昔に比べて話をしてる人が少なくなりましたね先生。

街でも電車の中でも…。華やいだ声なんて滅多に聞きません。

コロナになる前から…。一体どうしてしまったのでしょう」

 

「それがアナタの、当面の悩みですか」

 

「そういう訳ではありません……。ありませんが、気になる事だけは確かですね。

“ 人のふり見て我がふり直せ ” という有名なコトワザから推察しますに、

皆さん、周りが全員喋れないふりをしているので

真似て喋らないのでしょうか。

それが次第に連鎖拡大しているという様にも感じられてしまうのですが…」

 

「アナタも職場などで、皆さんに倣って ( ならって ) いるのですか」

 

「いいえ。私は “ 無い袖はふれない ” タイプですから、

ふりは出来ません。従えない性分です。

振るのもふりをするのも私にとっては同じこと。

揺れていて自分が安定出来ないのですから。

ゆえに浮いてしまい行き詰ってしまうのです。

ですから、今ここで先生とお話をする状況になってしまったのです」

 

「人間がすくうのは、祭りの金魚すくいやドジョウすくいだけではありません。

人間を救うことも出来ます。私はそれを信じてカウンセリングを行っています。

一見違うように思えるかもしれませんが、

すくい上げるのと救うことは、大して変わらないのですよ。

火事現場から人を救出する消防隊員だって、人を抱き上げて戻ってきたりするでしょう。

すくい上げる形に似ています。

ハンモックでくつろいでいる人も、

抱きかかえられているような体形をしているでしょう。

救出というのは結局、すくい上げるということなのです。

極めてシンプルな行為なのですね」

 

「そうでしょうか。その状況次第でで変わるように思えますが。

常に人をすくい上げて救出するというのはチョット…。

無理があるような気がします」

 

「お母さんが赤ちゃんを抱っこするでしょう。

あの行為、実は赤ちゃんをすくい上げているんですよ。

赤ちゃんを救出している最中の行為なんですよ」

 

「初耳です。全く理解が出来ません」

 

「金魚すくいでは、乱暴に金魚をすくい上げることは、絶対に出来ません。

薄紙がいともたやすく破れてしまいます。

何匹も次々にすくい上げるチャンピオンは

金魚すくいアミの丸縁に金魚の体重を乗せて、

ほとんど紙を水で濡らさないのです」

 

「それが、一体何だというのでしょうか」

 

「水が周囲の人。薄く弱い紙がアナタ。

紙が張られた〇骨がアナタの愛です」

 

「私の愛?」

 

「そうです。赤ちゃんを抱いているお母さんの両腕です。

それさえシッカリしていればアナタは水に破れず、

また、アナタも金魚という大切なものをすくい上げることが出来るのです。

アナタが毎回ここへ来る目的は、

しっかりとした〇枠を、お母さんの両腕を、

作るためです。鍛えるためです。

愛を育てる枠を鍛えるためなのですよ」

 

「なるほど、分かりました。先生、私に是非それをご伝授願います」

 

「もうしています」

 

「え。いつですか。そういう認識はありませんが」

 

「アナタは毎回ここへ来ています。一生懸命話してくれますね。それが鍛えているということです」

 

「その程度で愛が鍛えられたりするのでしょうか」

「話してゆくうちに、やがて分かります。

相手が自分より強いか弱いか。アナタには2つの選択肢が出来ます」

 

「強いと思えば無用な戦いをせず逃げる、で1つ。弱ければ倒す、で1つ?、でしょうか」

 

「違います。弱いと思えば相手を守る気構え。

強いと思えば相手を守る気構え。この2つです。守り方は違いますが」

 

「自分より強い人を、何故、弱い私が守れるのですか」

 

「同じ人間だからです。相手はアナタより強いですが、

アナタより弱いのです」

 

「意味が分かりません。プロレス・ファンなので断言出来ます。

強いか弱いかです。でなければ勝負がつきません」

 

「プロレスの試合のテーマは愛ですか」

 

「いいえ。誰が一番強いかです」

 

「人間社会もそうですか。アナタは女性や子供を相手に、

誰が一番強いか戦うのですか」

 

「そんな、まさか。常識はわきまえています」

 

「常識は愛を主体に作られます」

 

「ですが現実的に、この世の中、常識は愛を主体に置いていないと思います。

それに都合でコロコロ目まぐるしく変化しているような気さえします」

 

「そうですか。それは常に意識する、という常識ではありませんね」

 

「非常識です」

 

「愛を信じない世界を見たことがありますか」

 

「はい。そこに住んでます。愛を信じる世界なんて、

どこかにあるんですか ( 笑 ) 」

「アナタが作り始める気になるようにと、今ここで話をしています」