弁当箱の友 / 一期一会(いちごいちえ)

 

 

 

中学2年に進級すると児童達が忌み嫌うクラス替えがある。顔見知りを見つければ助け舟気分、見知らなければ様子を伺い蒼ざめた面持ちで身構える。陽光や風に肌をこすられ、渓流の水底の石達が丸く姿を変えてゆく様に、ボクらもいつしかそれに習う。

彼だけは違った。彼だけが違った。だから皆も彼を遠ざけた。きっと1人が好きなんだろうと。或いは、得体の知れぬ者に近づいてはならない鉄壁の防衛本能でソレを退ける。

「え?誰?。アイツ?。知るか。放っとけ」。誰も彼と喋らない。真っ黒に日焼けし、目だけが大粒ドングリの様にクリッとしている、やせっぽちの彼。彼は誰からもイジメられず、彼もまた誰をも傷つけなかった。何故なら彼は教室のどの席にも居なかったのだ。実際は無遅刻無欠席の模範生徒であったのに、担任教師ですら、彼を時として見失うことがあった。

二学期登校初日、突然の席替え。夏休みが終わりスクールブルーな児童らは、力なく机の私物を取り出し、夢遊病者の様に各所を漂いながら新しいタコツボに次々と身を沈めてゆく。ボクの横は誰だ?…。遅れてやってきた者を見上げると彼だった。一瞬だけ、彼の真っ白な健康白身の眼と、ボクの睡眠不足で赤く充血したタラコ眼が交錯。すぐ2つの顔は磁石同極。強い向い風で目にゴミなど入らぬ様に。

二人用の机に座る者同士が、順繰りに日直ペアとなる掟。「ヤカン(昼食時の)、ボクが取ってくるからサー、△△は湯呑(を持ってくる)でいい?」と勇気を出して話しかけるボク。話しかけられた事実に一瞬面食らう彼。一拍あって伏目のまま頷く。

皆が持参の弁当を食べ始める。遅れてボク、そして彼。食べ始めて驚いた。彼の食べ方が余りにも奇異だったからだ。弁当箱乗せた机に覆いかぶさるように前屈姿勢、両腕で鈍い光を放つアルミ製弁当箱を、誰の目にも触れぬようにディフエンスし、かぶせたままのフタを僅か(わずか)にずらしながら、オカズが見えないよう全神経研ぎ澄ませて食べ物を口に突っ込む。眼にも止まらない速さだから真隣のボクにさえ、今のソレが何だったのか分からない。

3センチの隙間に箸を突っ込んでは食べ物をかき出し、なくなればフタの角度を変えながら食物の在りかを探る。ボクはポカンと口を開けたまま。見られている不快感に全身を硬直させている少年。どうにか気配に気づき、慌ててボクも弁当を食べ始める。

それから1週間ほど経った。自分でも驚いたのだが、ボクは唐突に彼の弁当箱上を這いまわっているフタ上に、ササッと自分の肉団子を乗せてしまった。彼の目が驚愕で一層見開かれたその刹那、口に食べ物頬張ったままのボクは、「旨い。ソレ。旨い」。何だこの言い方。外人がカタコトの日本語で日本人に話しかけているかのよう。以外にも、彼は僅かに頷きソレを食べた。そして昼休みが終わった。何事もなかったように立ち上がる2人。

ボクは翌昼休みも同じことをやった。やるつもりでいたし。実際にやった。目的などない。中学2年生の深層心理など複雑極まりないに決まっている。自分でさえも自分のしていることが分からない時がある。ともあれ、彼は迷惑な表情など微塵も見せず、少し照れたように、そしてぎこちなく、毎回それを食べた。チョコッとだけ会釈する仕草をしてから。

それから2週間ほどしての昼食時、ボクは自分の言葉に耳を疑う。

「ボクにも何かちょーだいよ」

彼の箸さばきがピタッと止まった。数秒して「美味しくないよ」

「美味しくなくてもいいからサー、何かちょーだい」

彼は冷や汗を流すかのように、おずおずと茶色い何かを箱から引きずり出すと、ボクの白米の上にそっと置いた。ボクは顔を近づけ、何だコレ、とパクリ。ああ、大根の煮付か。ボクの嫌いな食べ物ベスト5に入る奴じゃないか。「へええー、すっごい旨いジャン。お母さん料理上手なの?」「お父さん」「お父さん作った!。へええええー」。

翌日も、その翌日もボクは要求した。当然の形としてオカズ交換(その都度1回)の慣習が出来上がる。その時々で、ボクは彼の投下物を旨いと言ったり、イマイチといったり。それに対し、ボクの投下物に彼は何もコメントしなかった。強く頷きながら食べている時、それは美味しかったのだろう。口元に笑みが浮かぶようになった。

ボクが転校する時、遠ざかるプラットホームの友人達数人の中に彼の姿があった。その時でさえ、友人達は彼を透明人間のように扱ったが、彼はさしてメゲる素振りも見せなかった。ボクと彼のつきあいは昼食の儀式だけ。それは数か月間の出来事だった。もはや互いの姿を完全に消失し終えた今、ボクは走り急ぐ列車の椅子にヘナヘナと座る。

目を閉じた刹那、弁当箱のフタを取り、並んで白米見せあって食べた彼との11日間がフラッシュバックした。

相変わらず2人の間にさしたる会話はなかったが、ボクは彼の笑顔の可愛さを認識するに至っていた。その横顔を思い出した時、ボクは上と下の歯が閉じ併せられない程、泣いた。

 

◆写真タイトル / せせらぎのうねりを聞きながら

 

 

 

ブログ・プロローグ / もう来ないの? / 長期入院小児科病棟

Title : 奇妙な種子でも やがて発芽する

 

 

 

はじめに

昨日まで、そのことを思い出すことは多々あった。突然の雨にチンチロマイして軒下に飛び込んだ時だとかに…。だけどそれは一瞬のこと。空腹のあまり、よく噛みもしないで食べ物かきこんで、喉がつまりそうになって、慌てて水とかラッパ飲みするでしょ。一瞬苦しいけど、治ればすぐにかきこみ始める。だから、思い出したそのこともすぐに消えた。いつも。大抵は…。

なのに今日は違った…。何故だか分からない。分からないけれど、思い出したそのことがボクの心にしがみついて離れない。

キミに分かるように話せば、そのことの正体は、園児達の眼差し。10人かそれ以上の…。皆一斉に、ワッとボクを取り囲み、四方八方からしがみつき、すがるような眼差しで小学4年のボクを見上げ、口々に言葉を投げつけてくる。

「もう来ない?、来ないの?!」「今度いつ来るの?」

どの子の言葉にも強い想いがある。だけど、弱弱しくてかよわい声。だって、皆入院中だったから。ボクは両親に連れられてこの病院に弟を見舞いに来ていて、その日は3度目の来院。退院する弟を迎えに行ったんだった…。

最初の見舞いで、ボクは自家中毒で入院した弟にせがまれて、いつものように漫画を描いた。

自分オリジナルの動物漫画。カットっていうのかなあ。簡単な吹き出しに適当なセリフを入れて。

そしたらいつの間にか大部屋の幼児達が集まって来て、漫画をのぞき込む顔、顔、顔。驚きかけたボクの耳真横で1人が甲高くケタケタと笑った。

一瞬ボクは鼓膜が破れるかと仰天したが、子供達の笑いはどよめきに変わり、それは即座に

「ボクにも書いてええええーッ!!」の連射にスイッチングした。驚く両親、戸惑う弟、離れたところにいた看護婦さんがニコニコ…。

ボクは自分の描く漫画に関心などない。なかった。たった3度、それも決して長くはない面会時間の中、ボクは出来る限り子供達に漫画を描いた。 “ブログ・プロローグ / もう来ないの? / 長期入院小児科病棟” の続きを読む

モッちゃんザ・グレート / 処世術は身を助く

 

 

ボクの海釣り相棒、ネコのモッちゃん。オスの野良猫で、釣り人に人気の堤防エリアが縄張り。ちょっと見、イタリアのダンディ・ブラザー思わせるダテヒゲ模様が鼻の下。眼の色は大好物アジのコガネ色。ボクが勝手に名付けたモッちゃんはモッサリした毛並みが由縁。釣りの最中、ボクとモッちゃんは頻繁にアイコンタクトを執る。向こうの眼力パワーが凄くって、思わず顔を向けるから目と目がいつも会ってしまう。その神秘的ではないコガネ色は、いつナンドキでもこう語る。

“本日はお日柄も良く、ネコが食べるにはちょうど良いサイズの魚各種が頻繁に釣れることが予想されております。にも拘わらず、万が一にも釣れそびれる様な事態を引き起こしますと周囲の方々、とりわけ小動物に大変ご迷惑をおかけするようなことにもなりかねませんので、心して緊張感と自覚、責任感を持って釣りに集中くださいますよう、重ねてお願い申し上げます。 敬具   平静△△年△月△日釣り座代表雑種猫モッ”。

ネコは大きな魚を噛み分けて食べることが出来ません。人間にとっての食べ頃サイズのアジ、ネコにあげても食べてくれません。新鮮釣りたての美味しい匂いがするアジをもらっても、悲しいかな食べられないのです。

モッちゃんとてノラのツワモノ、威信にかけて少しカジってはみるものの、全く歯が立たずウロコが数枚はがれ落ちただけ、という光景を最初の頃は何度か見ました。不思議とそんな時、こちらを見ようとしません。

せっかく貰ったのに申し訳ないと思っているのか、食べられない自分の能力を恥じているのか分かりませんが。とにかく、ネコが食事を楽しむことが出来る魚のサイズは10~15センチまで。

モッちゃんは小さい頃に人にイジメられた経験があるのか非常に警戒心が強く、さりとてオサカナは食べたいわけで、当初、人が侵入出来ないフェンスの向こうから顔だけチョイ出しして、「ミャン」(何かある?)でした。

ボクがやたらとモッちゃん、モッちゃんと気安く声をかけるようになり、小雨で釣り座に誰もいない時、シーズンオフでボクらだけの時、やっと釣れた小魚をフェンス越しに貰う、といった経験を重ねるうち、モッちゃんの、ボクという人間に対する警戒心、不信感も少しづつユルくなっていったようでした。

ある時、最近釣り座で姿を見かけるようになったオジサンが声をかけてきました。

「そのネコ、アンタが飼ってんの?」

「いいえ。何で?」

「いや、いつも一緒に釣りしてるみたいだからサ(笑)。でも置き去りにして帰ってるから不思議だったんだよー」

なるほど。しかし、“ やはり野に置けレンゲ草 ” でしょう。

最近、モッちゃんに変化が出始めました。いつもはボクの傍でゴロンゴロンしたり、竿の傍でイワシやアジ、サッパが釣れるのを辛抱強く待っているのですが、近頃はボクに釣果がないと、いつの間にかいなくなるのです。

アレッ?、アイツどこ行った?。食事を摂らずに帰るはずもなし、第一、夕暮れにはまだ早すぎる…。

アッ!。遠くにいました!。何やら若い女性釣り師3人に食べ物をもらっている様子。明らかにコビを売っているのがアリアリ。ボクが置き竿にしてソッチまで歩いて行っても、彼の非常に近くを横切っても、知らん顔。珍味の小アジを旨そうにカリカリやっています。

チェッ!。ネコのくせに処世術ってか!。

 

◆写真 / 釣れた大きなメジナ、大き過ぎて食べられもしないくせに、未練がましく指くわえて(くわえられませんが)見ている滑稽ネコの図。

 

 

ともだち(2) / お別れ前の再会

 

 

 

ボクは菓子パン3個が入ったビニール袋を時折太陽にかざしてパンの影を眺め楽しんでいたが、さすがにそれも飽きた。興奮冷めやらぬ逆上がりの奇跡から1日、ボクは名も知らぬ彼を校庭鉄棒前で待つ。

もしかしたら再び彼が現れるかもしれない、と昨日より1時間程早めに此処へ来た。来てすぐに見事な逆上がりを連続3回決め、周囲の山々眺め回して余裕の高笑い。

パンは2個を彼に、1個をボクに。昨日言い忘れたお礼を言った後に2人で並んで食べる。

クリームパン2個にアンドーナツ1個。ボクはアンドーナツが狂おしい程食べたかったものの、それは彼に進呈することに決めていた。

それはクリームパンより40円も高い。これこそが彼への誠意というものだ。手持ちのお小遣いさえあればボクにもアンドーナツが………、アッ!

向こうからやって来る彼が手を振っている。ボクも慌てて手を振り返す。立ち上がりざま妙な気恥ずかしさでベロを強く噛んでしまった。

いでぃぇぇ…。

嬉しそうに微笑みながら「どうしたの。逆上がりの練習?」

「うん。……ああ、これ昨日のお礼」

反射的に袋ごと手渡してしまい顔面からサッと血の気が引く。彼は覗き込むと、ちょっと驚いた顔で「いいの?」「うん。少ないけど」

彼は誰も居ない校庭が好きで、休みの日はよく山道散歩の途中で校庭に立ち寄ることが多いと言った。「一緒に散歩する?」「うん」

誘われるままボクは彼と山道に入った。昼間の山道はボクも良く知っている。

最初は緊張で頬がひきつっていたボクも、コレがカブトムシがよくいるクヌギの木だとか、この倒木によくタマムシがいるだとか、自分の秘密を洗いざらいゲロするうち、激しく饒舌になっていった。

彼はニコニコしながらボクの話を興味深く聞き、時折指摘される木々を覗き込んでは軽く頷いてみせる。

「ここ(坂道)を降りたらすぐオレんち、ちょっと来る?」「うん」

これまで山の反対側には言ったことがなかったので、彼の家がここいらに在るというのにはヒドく納得。

林の奥まった目立たない場所に彼の家はあった。隠されている様な印象もあったが、一階建ての非常にオンボロ木造の前、庭と呼ぶにはふさわしくなく、つまらない空き地と呼ぶが似つかわしい、漠然とした広場があった。

敷地らしきこの場所に柵はなく、代わりにグルリと雑木林が一帯を取り囲んでいる。コンビニ一店舗分の広場の真ん中には使いこまれた真っ黒なドラム缶が置いてあり、傍らには石鹸の入った金タライと擦り切れたタオルが無造作に置かれていた。

「これがウチの風呂なんだ」と言って彼は笑い、家から飛び出してきたちっちゃな女の子を見るや、スタスタ近寄ってパンの入った袋を手渡し「1つ好きなの食べていいよ」。やさしい声がかすかに聞こえボクを動揺させる。アンドーナツを選ぶのだろうか…。

彼はドラム缶から1メートルほど離れた焚火跡の黒焦げ枝を手で軽く押しのけ、あったあった、と嬉しそうに笑うと、真っ黒な塊を取り上げ両手でゴシゴシ黒焦げを削り落とし、ハイ、と言ってボクにそれを手渡した。

よくよく見ると細っこい焼き芋!。オオ!。ボクの驚きで焼き芋が激しく上下するさまを見て彼はさも可笑しそうに、あっはっはっは!と笑った。黄金色に光輝く芋の身を少しずつほぐし食べるボク。芳醇な甘く冷たい味覚がボクをたちまち虜にする。何て幸せな…そこへ彼の父が帰宅。

まっすぐこっちへ向かって歩いて来る。真っ黒に日焼けした顔からボクに向かって真っ白な歯がご挨拶。なるほど親子、ソックリだ。

「今からヘビ取り行くから手伝ってくれ」「ああ、いいよ」

父は家へと戻って行った。「ヘビ?」「うん。一緒に行く?」

訳が分からぬまま同行する。日は傾き始めている。夕暮れから日没直前に捕獲するという。「うちのトウチャン、ヘビ獲って売るのが商売だから」

嗚呼。あの日の事ことは、どうにもこうにも忘れられない。何故かすぐに見つかるヘビ。毒のないシマヘビの首にシャッ!と目にも留まらぬ早業で棒先の首絞め紐がヘビの首を絞める!。

父親が棒で弧を描くと、のたうつヘビは息子が待ちかまえている麻の大袋大口へと鮮やかに落下!。ヘビの首から紐輪が素早く抜かれると同時、息子が麻袋の口を閉めて直ちに麻紐がけ!。

呆然自失のボクの目の前、のたうつヘビの姿が何度も行き来、ヘビのウロコがなまめかしく光るさまを見せつけてはシッポピラピラ、また明日。それは妖しい黒紫の夕闇が迫りくるまで続いた。

「10匹獲れたねトウチャン!。ほら触ってみて、ヘビ動いてるよ」

輝く笑顔でボクに向き直る彼。言われたビビリは、彼が掲げ持つ年期の入った麻袋を両手の平でポンポンと触ってみる。何ともいえぬヘビの這いまわる感触に髪の毛は逆立ち、ショックのあまり失神寸前。

不思議に名乗りあわず、その日以降、ボクと彼は一度も顔を合わせていない。嫌いになったわけではない。彼への親しみと懐かしさは今なお色褪せる事はない。ボクらは知っていた。お互いの住む世界が違うのだということを…。学校で顔を合わせなかったのか?。

どの小学校にも、彼に在籍の記録はなかった。

 

 

◆写真タイトル / 君知るや草のささやき

 

 

★当ブログのエッセイ文、写真、イラストの無断掲載、転用を固く禁じます。

ともだち(1) / ボクの心を揺さぶるキミは誰だ

 

 

 

小学4年進級前の春休み、誰もいない校庭片隅、物悲し気な薄暮の中、非常にブザマに鉄棒逆上がりに興じる1人のエテ公の姿が…。

息上げ、渇き切った喉に唾液を送り込めない苦しさにも負けず、歯を食いしばり唸り声上げ、とりつかれた様に繰り返し逆上がりに挑戦し続けるサル。よくよく解像度を上げ覗き込めば、それはボク。少年の頃のボクではないか。しかし、腕まくりした両腕は既に限界に近付いていた。力がスッポリ何処かに落っこちた感がある。

「そんなふうにケツを放り投げてちゃダメだよ」

突然の声にド肝抜かれ振り返ると、見知らぬ小学生が穏やかな微笑浮かべ佇んでいる。ボクより背が高く、ボクよりかなり痩せていて、髪は短いながらもハリネズミのように放射線状スタンダップ。

「自分の全部の体重を前に放り投げてるだけだよ、それじゃ。オレだって回れないよ。腕をしっかり曲げて…」

彼は隣並びの鉄棒を両手で掴み、澄んだ目で正面を見つめながら

「こうやって両腕を胸にピッタリ張り付けてサ、ケツは前に放り投げないで、ケツは鉄棒の真上に放り上げるつもりで、回るッ」

くるっ。 すとんッ。

何という鮮やかさ、軽やかさ。こんな見事で美しい逆上がり、恐らくオリンピックでもなければ見る事が出来ない代物だ。

「もう1度。…………よく見てて」

土を蹴り上げる音、着地する音、ほとんど聞こえぬ軽やかさ。

「やってみて」

ハッと唇を噛むボク。誰だか知らないけど、いきなり恥を晒さなければならないなんて。何だよもうッ。でも、もう見られてるんだし…。

エイヤッ!。

クルッ。 スタンッ!。

「あっはっはっはっは」さも嬉しそう、真っ黒に日焼けした彼の顔から並びい出る真っ白な歯。それは速度を上げゆく夕暮れの中、スマホの明かりそのままに…。

いともたやすく逆上がりが出来たことに一瞬キョトンとするボクのドングリマナコを見て、流石に温和な彼もこみあげてくる笑いをしばし止める事が出来ない様子だったが、やがてゆっくり腕組みをして

「もう1度やってみたら?。念のため」

「うん。…やってみる…」

クリッ。  ストムッ。

「やったやった」彼は穏やかに小さな拍手をするとニコニコしながら

「オレ帰る。キミは?。もうだいぶ暗いよ」

「ボクも帰る。逆上がり出来たから」

二人は並んで小学校の門を出、長い直線の坂道を下る。ジャリッ、ジャリッと互いのジャリ踏み鳴らす音が妙に大きく耳に響く。沈黙に耐え切れず意を決して口をきるボク。

「30分くらいやってもダメだったのに、教えてもらったらすぐ出来た…。学校の授業でボクだけ出来なかったから…………良かった」

彼は頷いていたのだと思う。その顔をチラと見やったが、まったりとした夕闇がほとんどそれを妨げていた。

坂を下り終わると、道はそのまま続く直線と山へ入る左坂道とに分かれている。当然真っすぐに並びゆくかと思いきや、彼は唐突に

「オレ、こっちだから」と真っ暗な街灯なしの道を指さす。

「えっ」だって山だよ!、と言いかけ言葉を飲み込む。

「オレんち、山を突っ切って向こう側に出た方が早いから」

そう言って微笑む彼に曖昧に頷くボク。じゃあ、と彼は軽く片手を上げると漆黒の闇坂に向かってゆく。それは空恐ろしい光景に見えた。闇が子供を見下ろすや、待ちかねたかのように覆いかぶさり包み込み、やがて満足げにゆっくりと飲み込む。白い上着と黒い半ズボンが消失した途端、ボクは向こうにチラチラまたたく人家の明かり目指し一目散に走り出していた。恐いよぅ。

何をバカなッ。舌打ちをして一匹の虫が草むらで鳴き始めた。虫の音色は、こう聞こえた。

ありがとう、言ったのか?

 

 

◆写真タイトル / 夕飯は焼きナスだったっけ

 

 

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エンピツが一本 / 坂本九 / 新聞配達少年の頃

Title : 中学生はみんなドラネコ

 

 

ボクの机の横の彼は、いつも鉛筆が1本だけだった。筆箱もなく、授業が始まると、芯先が折れないようにハンカチでくるみ輪ゴムで留めたそれを、ボロボロな手提げ紙袋から大切そうに取り出し使っていた。

その鉛筆はいつも、常に見事な出来栄えで削り上げられていて、鋭い芯先で刺されたら間違いなく出血するであろうと思われた。

「すごいね。カッターで削ったの?」

「お母ちゃんが削ってくれる」

彼はとても無口だった。幸いボクの教室には弱い者イジメをする者などいなかったので、友達のいない彼が標的にされることもなかった。

彼は昼食時になると決まって姿を消した。体育館裏の工具室の裏で弁当をかきこんでいる姿を1度見たことがあった。尾行して知ったのだ。

彼とボクは友達になってはいけなかった。

そんなはずもないのだろう。だが、授業中常にボクの右横にある彼の左肩は、ボクにそう切々と訴えている気がしてならなかった。思い込みだろうと思う。しかし翌朝目覚めた瞬間、不思議なことにそれは思い込みではないと確信するのである。

彼は午後の授業になると度々激しく体調を崩した。吐き気を必死でこらえ、我慢出来なければトイレから持ってきたトイレットペーパーを丸めたクシャクシャ玉に吐いた。先生に言って保健室に行こうよ、とボクは何度も彼のこめかみにささやくが、そのつど彼は必至で首を横に振った。

ボクはいつもおろおろする。

彼にとってボクは裏切らないクラスメイトだった。先生は彼の額の脂汗を知ることなく彼は卒業出来たからだ。

小学校を卒業しもう彼と会うことはなかった。彼と机を並べた1年をボクは忘れた。ボクは剣道部に入部し日々頭に竹刀を食らった。

 

中学3年の夏休み、ボクは早朝マラソンを始めるようになった。何日か経ったある朝、ボクは新聞配達をする彼と曲り角で出くわす。

彼の顔から嬉しさがこみ上げ、満面の笑顔と共に彼はボクを牛乳屋に誘った。それは言ったこともない近所の入り組んだ路地裏にあって、牛乳瓶を店先で飲ませるという。

「いくら?」「いいいい、ボクが誘ったからボクが出す」

冷たい牛乳を彼は美味しそうに一口飲み、

「いつも配達のあとに1本飲むんだ」

「新聞配達なんて偉いね。中学3年で雇ってもらえるんだ」

「うん…。知り合いのおじさんだから…」

彼は一瞬ためらう素振りを見せ、唐突に言う。

母と二人きりの生活、彼の母親は腐りかけた食物を何処かの店で貰い、それを煮てひとり息子の弁当箱に詰めていた。だから彼はしょっちゅう具合が悪くなったのだ。今は自分が働いてるからもう大丈夫、と彼は遠い目をする。

ショックで何も答えられないでいるボクに、彼は続けた。

「あの鉛筆が折れた時、くれたよね?、覚えてる?」

「え。……ああ……」

「あれ、使わないでしまってあるよ。机の中に」

ボクは彼と別れた。二度と出会うことはなかった。あまりの気恥ずかしさに偶然会うことすら怖れたのかもしれない。子供には、そんな訳の分からぬところがある。

そんな思い出があるせいか、この聴いたことのない楽曲がTVから流れてきた時、夕食を頬ばっていたボクは口にゴハンを満杯に詰め込んだまま、不覚にも突っ伏して号泣した。その姿を家族が驚愕の眼差しと笑い声で絶賛したことを今でも覚えている。

 

 

♪  鉛筆が1本〈浜口庫之助作詞作曲 / 坂本九 歌〉

 

鉛筆が1本 鉛筆が1本 ボクのポケットに

鉛筆が1本 鉛筆が1本 僕の心に

青い空を書くときも まっかな夕焼け 書くときも

黒い頭の とんがった鉛筆が 1本だけ

サルサル合戦 (前編) / 幼稚園児とチンパンジーの戦い

 

 

 

ボクが、人騒がせな第1級イカレポンチ園児であることは周知と思うが、ボクが園児の籍を手に入れるに至るには、長く苦難の道があった(そのフィーリングを味わいたく思える人は、ビートルズの ♪ ザ・ロング&ワインディング・ロード、イェイェイェーイェー、を改めて聴いてみてください)。

早い話、どの幼稚園でも入園を拒絶されてしまったのだ。当時は現在の様な幼稚園不足、保育園不足、人手不足でも何でもなく、ただ単にボクが常軌を逸したモンキーで他の子達の迷惑になる、という真っ当な理由に他ならなかった。

しかしながら、ボクは他の園児をイジメたり手を挙げたりした事など1度もない。大層ご立派に聞こえるが、全く、はなはだ、そうではない。人間に全く関心がなく、同世代ですら眼中になく、ボクの頭の中で圧倒的存在感を示す者といえば、大人の親指大の頭を有するオタマジャクシ(ウシガエルの)、アメリカザリガニ、カナブン、セミ、ヘビなどであった。カブトムシやクワガタムシの列挙がないのを訝しく(いぶかしく)思う人が居るかもしれないが、園児にそれらの発見は極めて困難、ダーウィンとかなりの距離を置く。

ある日、突如として、モンキーであるところのボクは、正真正銘、本物の猿の卑怯極まりない襲撃を受けるに至る。しかもその猿は全くもって見たことも聞いたこともない猿。全身に生えた毛は真っ黒、ちょうどボクの背格好に酷似。その愚か者は飼い主達からチィーちゃんと親しみ込めて呼ばれ、ちやほやされ、挙句おごり高ぶってしまった、全くもって鼻持ちならないスノッブなチンパンズィなる名称の猿であった!。

ウチのすぐそば、同じ並び、家並み端角に座す家が、そのチンパンの飼い主宅であった。我が親いわく、飼い始めてまだ1~2日。つまりボクはチンパン赴任早々、即刻ダーティーな奇襲攻撃を受けたことになる。猿の襲撃とは?。

ヤツは大きな庭の塀傍に生えている見事なイチヂクの木のてっぺんに登り、大きな葉の影、下園するボクが近づいて来るのを息殺し待ち構えていたのだ。コヤツの手の平には小ぶりなイチジクの実。全く熟れておらず、それがデコチンに炸裂すれば、その実の固さから当てられた者は己が(おのが)火花を目撃するであろうこと必須。

チンパンの眼が怪しく光る。コイツをあのチビにぶつけたとしたら?…。想像したたけでも愉快極まりない、と真顔で笑いを押し殺す木の上の猿。いたいけなる極児童の眼前通過を息殺し待ち構えるヤツの手の中、クルクルッ、クルクルッとイチジクが回転する…。

 

◆写真タイトル / 小径

 

 

サルサル合戦 (後編) / 幼稚園児とチンパンジーの戦い

 

 

 

あの日の数分間に見た光景は、今なお脳裏浅く鮮やかに蘇える。黄色いバッグを斜め掛けした園児目がけ、樹上のピッチャーは大きく振りかぶるや、剛腕にモノいわせ全力でイチジクを投げつけた。ビチッ!!。青臭く固いイチジクは鋭い音を放つと、ボクから1メートル手前のジャリ石に叩きつけられた。何だコレは…と足を止めるより早く、頭上から「ホホホホホホ!!、ウッギャーッ!、ホホホホホホホ!!」の雄叫び。

激しく木のオツムを左右前後に揺さぶって、黒い何かが怒り狂って吠えている。あ…あれは一体なん…ビジャッ!!、パチッ!!。鋭い第2球、第3球が続けざま、立ち尽くすボクの正面手前のジャリ石を弾き飛ばす。

攻撃されている!!。ボクを狙ってアイツは…「ハヒャヒャヒャヒャ、ホヒーッ!!」とカンシャク玉破裂させてジダンダ踏むソレは猿のように見えるが?、と顔ひきつらせ目を凝らすボクに「ハハハハハヒャヒャヒャヒャ、キイイイイーッ!!」と今にも悶絶せんばかりの激しさで、イチジクの葉っぱをボク目がけチギっては投げチギっては投げるノーコン(ノーコントロール)投手。サルだけに投球は不得手なのか、葉っぱは空しく投手の足元にハラハラ落ちるのみ。

しばしアッケに取られ気づかなかったが、チャリチャリと音がし続けている。よくよく見ると猿には赤い首輪が装着されており、そこから下に向かって長い長い鎖が垂れ下がっているではないか。

尚も独り耳障り極まりない叫び声上げ続ける猿の、むき出し上下の歯に入れ歯妖怪への想いはせるボクではあったものの、ふと我に返り、一目散に自宅目がけて駆け出した。「ハハハホホホホホホーッ!!」(逃げるのかチビ!!) の追い声にボクのハラワタが煮えくり返る!。クソウ!!。許さんッ!。待ってろ!!。

家に飛び込んだボクはカバン打ち捨て水をガブ飲み、捕虫網ワシ掴むと脱兎のごとく引き返す。呼吸は烈情のあまり、ボクの肺にボクサー縄跳び50000回でも命じたか、今にも卒倒しそうな園児、たちまち猿の木前で下車!!。

「ホホホホ。?、……ホホホホホ-ッ!!」気づいた猿が再び激しく木を揺さぶり始める。待ってろ!!、この網で捕まえてやるからな!!。ボクは塀手前、幅80センチ、深さ30センチほどの用水路に飛び込み、細竹組まれた塀下の隙間から、たちまち庭内へと侵入!!。眼下に迫る敵を察知した猿は、一層激しく狂乱カンツォーネを高らかに歌い上げる。激怒したノミの様にピーン!!と飛び上がり立つボク。その眼に飛び込んできたのは邸宅作業倉庫壁に立てかけられたノコギリ!!。見たことはある!!。これだ!!。これで木を切り倒し猿を地面に引きずり下ろすのだ!!。

歯を食いしばり怒涛のノコギリ引きを展開する園児。しかしコレは重い!!。重すぎる!!。太いイチジクの根本あたりに歯を引いてはみるものの、かすり傷さえほど遠い!!。クッ!!、何だこりゃッ!!。頭上で暴れ狂う愚か者を見上げる余裕さえボクにはあらじ!!。その時、突如、ヌッと現れた園長先生の顔に心臓が止まる程のショックを覚える!!。「ダメですッ、貸しなさいッ!!」。

園長婦人は母の友人でボクの恩人。幼稚園をタライ回しにされたボクが幼稚園に入れたのは一重に彼女の尽力。

高校1年の夏休み、ボクは単独で新幹線飛ばし、再び、遥か離れたその地へ立った。園長先生宅は当時のまま。玄関ブザーを押す。廊下を歩く足音。ほどなくドアが開いた。見知らぬオバサンだ。

「どちら様?」「あのぅ…。覚えてますでしょうか…。ボクは▽▽▽▽といって…「えええええええええええええーッ?!。あの▽▽ちゃん?!」「ええ。そうで…「たった今もアナタの話を皆でしてたとこだったのよ!!。あのチィーちゃんとやったオオゲンカの話をネ!!」。

庭隅の小さな石碑に手を合わせるボク。“ 友よ、安らかに眠れ ”。

 

◆写真タイトル / 水は歌う

 

 

厳寒期の大物スズキ / 大物シーバス

Title やり取り約20分

 

 

先日、東京に初雪で交通機関に遅れ。その前日愚かなる私は海辺の堤防で性懲りもなく釣りをすること2時間半。上の写真は日没18:20過ぎ、浮き仕掛けに猛然と食らいついた大物78㎝のスズキ。

 

 

 

この大口を見て下さい。私の手首までスッポリ入り、口の中で開いて閉じて運動が出来る程のフライ料理最高美味なる海の幸。

日没直前に釣れたのはスズキの幼魚。セイゴと呼ばれるサイズで約18㎝。海底に沈めた仕掛けには約20㎝のマコガレイ。

 

 

 

21㎝のメバルはもう少し大きくしてから煮付けようと持ち帰り水槽飼育。4月~5月辺りにいただきます。これは黒メバルで最高に美味。店で売られているものは赤メバルで数段味は落ちます。

真冬のスズキ釣り / 堤防釣り

Title : 玉網とスズキ

 

 

先月5回の釣行で上げたスズキです。こうして写真を並べてみると同じ1尾を何枚も撮影したように見えますが全て別個体です。私にはルアーマンのようにシーバスと呼ばれるスズキとゲームを楽しんでいる感覚はありません。彼らルアーマン(擬似エサ使用の釣りをする人)は大物が釣れても優しくリリース。私の様に食い意地が張っている者は漁感覚。新鮮な焼き魚やフライが食べたいばかりに12月の真夜中、寒さで卒倒しそうになりながら釣りをしているのです。

7月はカタクチイワシ(イリコになるもの。写真D)をサビキ釣りで釣りまくり、刺身で頂きました。100尾ほどを捌くのは大変ではありましたが、小口ネギと生姜醤油で食べる映像が私を励まし続けてくれました。カタクチイワシも私に劣らぬ食いしん坊、コマセを詰めた網の中に入り込んで食べていたりします。

11月はセイゴ釣り(写真B、18~50㎝。キスも混じってますが)。スズキの幼魚で、下から斜め上へ上昇するエサに食いついてきますから、そういう誘い掛けを竿先で。1時間50尾ほど釣れ、針を飲み込んでいないものはリリース。

たまに嬉しい外道もかかります。コショウダイは高級料亭に出る希少価値のネタ。写真Aは28㎝と小ぶりですが、旨さ抜群、甘味があり焼き魚にして絶品。

写真Cはマアジ26㎝。日没直後のサビキ釣りで8尾を6分間で上げました。こここ、これは凄い!とやる気満々になりましたが、回遊してきたのはその1回のみ。あとは待てど暮らせど音沙汰無し。釣りたてのアジは全身虹色に光り輝いています。刺身と焼き魚でペロリと完食。

写真Eは、逃がして欲しさに、アジ待つ私の背中に向かって声を枯らさんばかりにフレー、フレェーッ!! と応援し続ける石蟹(甲羅コブシ大)。哀れさを誘い蟹汁諦めリリース。