筋肉痛の小猿 (後編) / 社会ぐるみで子供保護

わずか十数分がこれ程までに長く感じられようとは!。5階建て専門図書販売店入口、妙に人目を引くキテレツ極まりない動作の児童。その者が今、意を決したように入館するサマが監視カメラに映し出される。その者は奥の階段前で棒立ちとなり、しばし熟考の末、エレベーター前へと移動。極端なスローモーション動画で上へ参りますボタンを押す。

いや違う。そっと触れる。やがてエレベーターの扉が開き、乗り込もうとする真横の大人に怯えたのか僅かに身をかわす気配を見せた直後、ピイイイイーン!と弓なりになり、それは倒れ込むかの様にエレベーターの中へと失せた。

監視カメラを観ていた警備員は身を乗り出す。今のは一体何だったのかと。まるでスローモーション・パントマイムのようなあの動き!。何台あるかは知らないが、彼の眼は2、3、4、5階、各監視カメラのモニター映像を行きつ戻りつ泳ぎ回ったに違いない。

居た!。児童は書物売り場ではなく、化石標本だの昆虫標本だのが飾られた壁面前に棒立ち。後ろ姿だけでも如何に真剣に眺めているかが窺い(うかがい)知れる。児童は壁上面を決して見上げようとはせず、不自然なほどのナメクジ移動で標本販売ショーケースを目指しているようだ。何というジレったさであろう!。座している警備員はモニター前で激しく苛立ちの貧乏ユスリ。

そうだった。この時のショーケースの展示光景は未だにボクの心奥、ひときわダイヤモンドのカケラの様に、眩しき輝きを放つのだ。宝石のカーテンが頭上の風にたなびく真夏の正午、雑木林の木漏れ日を全身に施したボクが汗まみれの震える手で、今まさに梢のクワガタムシを捕獲しようとしているところ!。

アア!ボクが生まれてきた意味はこれなんだ!。感極まって一歩踏み出すその刹那、またも首筋襲う10万ボルト電流に小猿の夢想は粉みじんに打ち砕かれ、モニター画面には再びエビ反る児童の悲惨なひきつけが!。

だがその姿を彼は見逃した。警備員の目は確かに大きく見開かれてはいるのだが、その視線の延長線はヘンテコリンな虫児童の右5メートル、背広の男が書物を素早く手下げ袋に入れる瞬間を目撃したのだ。

度重なる責め苦にもめげず、ボクは標本キットを夢見るように眺め続けていた。これを用いて採集した昆虫の標本をジックリと製作している自身の姿を想像し、桃源郷に酔う!、酔う!、酔う!。

「万引きッ!、現行犯だッ!!」

突如背後で聞こえた緊迫音にたちまち10万ボルトのスイッチが入る!!。しかも不意をつかれての仰天だけに、激痛は本日最大の18~20万ボルトにも達している!! (本人推定)。あまりの耐えがたき激痛に満面シワクチャ、歯を食いしばり悶絶寸前の修羅姿に驚いた女子店員、

「ボクッ!!、どうかしたのッ!!」

ショーケースに突っ伏す様にすがりつき、はあはあはあ!!、と断末魔にも似た熱い吐息でガラス曇らせる小猿!。その様子に店員はただならぬ危険を察知したのであろう、万引き犯を事務所に連行する警備員に

「上の階のお医者さん、呼んできて下さいッ」

大丈夫ッ?、ボクどうしたのッ?!。そんな声を肩越しに何度も何度も聞きながらグッタリとショーケースにかじりつき、首筋への刺激を必死にディフェンスしているボクの脳裏に浮かんだセリフ。

誰かが万引き虫を……採集したぁぁぁぁ…………

 

◆写真タイトル / 曇り日下り坂

 

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