維新の夢 / 極楽とんぼの夕暮れ / 坂本龍馬

Title : その夜

 

 

オニヤンマの坂本は

潮風避けた樹幹葉陰から桂浜見下ろし、

かすかに風になびく葉先にて同志を待つ。

浜へ降りる階段下では、

アイスクリン屋台のオヤジが店じまいをしている様子。

八月に入ってからは大抵そこに居るが…。

ほどなく空の青を取り込んだ銀ヤンマがやって来た。

 

「すまんすまん!、チイッとばかし遅れてしもうたぜよ!(苦笑)。

ちっくと時間あったキ、浜辺流しちょったら

何やら訳あり気なカップルがおってのぅ。

何気に話を聞いとったら遅れてしもうた、すまん!(汗拭き拭き笑)」

 

坂本は葉片を口にくわえクチクチやりながら、

湿度にけぶる薄桃色がかった水平線を遠い眼差しで眺め、

 

「それはエエけんどよ、オマンは何しに浜辺行きよったが?」

 

「それよ。五色砂の色合いが急に懐かしゅうなってのう。

かかさま、ととさまにも永らくおうとらんチャ(会ってない)。

ゴシキ見たら面影何でか思い出すわけやキ。

…マッコト ( 誠 ) 思い出せるのやキ」

 

坂本は真横に留まった中岡の顔を見ず、水平線を尚も見やりながら、

 

「おうか ( そうか )。……ほいで、そのカップルの話ゆうは何ぞね」

 

「オレもハッキリしたことは分からんけんど、若い2人は

お遍路周りで知りおうたらしいで。

そんうち男が女を好いた、マッコト好いた。ほいで今、

結婚したいゆうたんやけんど、女が言うには、

この世の全ての煩悩を断ち切るため、

不生不滅願うて遍路道に立った私が、

結婚なんち、どげぇして出来るんね、やと。怒っとったわ」

 

一瞬、強い風が吹き抜け、小枝に並び留まる2匹のトンボは

仲良く上下に、寸分たがわぬ同じリズムで揺れた。

 

「おうか。キッツい話やぜ…。ほいで男はなんちゅう物言いやった」

 

「男も、それは分かっとる、分かっとるけんど、女に出おうて

前向きに生きていけそうな気がしたんやと。連れ添うて

助け合いながら生きてゆきたいんやと。ほしたら女が、

ウチのお父さんがお酒に飲まれて

壊れてしもうたんをアンタ知っとるやないの、

結婚してアンタ一緒に介護してくれるんか、

出来んゆうとったやないの前に。

自分の世話もようせんドクレモンが

人の世話ち、出来んてゆうとったやないの。違う?」

 

「中岡。オマン、どこでそん話聞いちょったが?」

 

「はぐれ岩の上よ。ちょうど風がエエ具合やったキ、

留まっておれたぜ。ちっくと羽根が湿ったけんど、

ここで乾かせばええ思うてよ」

 

「おうか。オマンにもそげいな酔狂な性があったんか(笑)。

京都の近藤が聞いたら、歯ぁ見せて笑いよろうがのう(笑)」

 

「新鮮グミは好かん。クワの実がええよ。…ほいでな、

突然男がチウしよったぜよ。オイはマッコトたまげたキね」

 

「チウ?。それは何ぜよ」

 

「接吻よ。坂本オマン、諸外国の言葉、まだオレよりだいぶ低い」

 

「おうか。中岡には勝てんか(笑)。まあエエけんどよ、

結局2人はどげぇなった。こっから樹木に隠れて、

はぐれ岩んとこは見えんかった。別れたんか」

 

「いや。面倒は見れんけんど、自分も断酒するゆうて

男が誓うとったキね。そんで女もゆるうなって、

丸一年ほんまに酒飲まなんだら考えるちゅうことやった。

そんでオイも一応ケジメがついてな、ここいらでエエやろ思うて

此処に来たゆうことよ。坂本はヤブ蚊でも食うとったんか」

 

「いや、なんか夏風邪みたいで調子が悪い」

 

「そらいかん。オイがなんか精つくもん買うてきちゃるキ、

ここでちょっと待っとき。シシャモ鍋でも食わんかよ」

 

「すまんのう」

 

風が世にも悲し気な泣き声を坂本に運んで来た。

それは桂浜水族館に飼育されているオットセイ。

波を想って振り絞る、

悲しい悲しい

望郷の叫び声だった…。

 

 

 

親子問答 / ナイーブな子供をどう扱えばよいのか / 何でも悟クン

Title : 駄菓子屋の親子酢ダコ

 

 

二月雪の昼、今春小2の悟は父親浩二に連れられ洋食屋に入店。

 

「パパはカツカレーにする。お前は何にする。もう決めた?。オムライスか」

「ボク、まだ味覚がないから、ビーフストロガノフっていうのにする」

「味覚がない?。どういうことだ、一体どうした、舌がシビレてるのか!」

 

「違うよ、“ 味を覚える ” のが味覚なんでしょ?。まだ食べたことないもん。

パパはカツカレーの味を覚えてるから、確信をもってカツカレーに味覚があるって言えるんだよね…。

いいなァパパ……ボクなんてストロガノフの味覚も未だにないんだもんなあ…」

 

半ベソかく息子に多少驚きを覚えながらも、やさしく語りかける父。

 

「子供が食べるにはちょっと贅沢な料理だなあ。ママが知ったらパパ怒られちゃうよ。そんな覚悟出来てないなあ。エビフライとかじゃダメ?」

 

 

「パパはママがどんな時に怒るのか “ 覚えて悟った ” んだね、覚悟だなんてサ。悟るほどのことでもないような気がしちゃうのは、ボクが小学校低学年で甘いからなの?、パパ。

でもねえ…。お子様であるだけに、ボクはこれから色んな経験をしてかなくちゃならないんだ。だって友達は知ってるのにボクだけ知らない、なんてことになったら笑われちゃうよ。

“ 視覚的 ” って見て覚えること、覚えたことでしょ。ストロガノフはボク、視覚的にオッケー。今、メニュー写真見て、懸命に細部に至るまで覚えようとしてるから」

 

「パパはお前の言ってることが、あまり良く分からない。クリームコロッケはどうだ?。食べた事あるから味覚あるんだろ」

「うん、何回も食べたから味覚は知ってる。おや?、これおかしいよパパ!」

「何が」「だって知って覚えると書いて “ 知覚 ” なんでしょ?。英単語なかなか暗記出来ないボクって、知覚が弱いってことなの?!、ひどいよパパ!」

「涙を拭け、ホラ、このナプキンで早く。…いいか。知覚と暗記は別物なんだ」

 

「同じだよ、全く同じなんだよパパ、ボクにとってはね。だってサ、

暗記って暗く記すって意味でしょ?。何回も同じ英単語をノートに記してゆく時、ボクすごく暗い気持ちだよ確かに。あんまり覚えられないし…。知って覚えないボクは知覚が弱いってことなんでしょ。ひどいよパパ…(涙目)」

 

「知らなかった。お前がそんなに、このことでナーバスになっていたなんてな」

「ボク、知覚過敏なんだって。ママに言われた。そういうことに敏感すぎるって言われた。気の持ちようだから、英単語は暗記じゃなくって明記しなさいって。明るくほがらかにノートに記せば気分も晴れやかでスラスラ覚えられるって」

「そうか…やはりな…。お前はママ似なんだ」

「うん。それは自覚してる」