いじめ回避 / 空中分解システムを停止させよう / クラス変え

 

 

 

世の中には、肝心要(かんじんかなめ)な掟とも言える要素が幾つも、在る。例えば、

組織管理  放任主義  適材適所  スキル・アップ

一般常識では、組織管理スキルアップには経費がかかると言われ、さしてお金がかかりそうもないかに思える放任主義適材適所には、ひとはさほど注意を払わないものである。

ところが、時と場所によっては適材適所が莫大な金額を左右する命綱となる。

最も分かりやすい例としてはプロ野球チームが挙げられる。無論、スポーツチーム全般に言えることだが。

ピッチャーはそのチーム最高のピッチャー、三塁手はそのチーム最高の三塁手でなければならない。球団も選手もファンもそれを望む。望まないものは皆無。これこそが適材適所の極みであって、選出を間違えると莫大な金額に影響を与えることになる。

超有名な “ 時の人 ” を破格のギャラで自社CMに起用。ほどなく、その “ 時の人 ” は麻薬所持で逮捕。自社の打撃は計り知れず、違約金騒動が起こり、売り上げも大打撃となる。

こういった適材適所の失敗は組織管理の失敗例と見なされ、選抜担当者もしくは選抜部署は、時として放任主義体制が問題視され、近々のスキルアップが要求される。だが不始末は、大抵、人員配置換えで幕なのであって、スキルアップのチャンスなど、、ほとんど与えてはもらえない。そんな時間的余裕など組織にはないからだ。

 

組織管理  放任主義  適材適所  スキル・アップ

これらの集合体と大いに関係のある事象がいじめ問題だ。

イジメによる生徒の自殺が報じられるたび、学校側の組織管理が問題視されることとなる。担任教師や、子供に無頓着だったイジメた側の親やイジメられた側の親、双方の放任有無も取り沙汰されることになる。

繰り返されるいじめ問題、組織内汚職を根絶やしにするには一体どうしたら良いか。この難題解決のカギを握るのが適材適所スキル・アッということになるのだろうと思われる。

生徒の普段の様子に先生は常に注意を払うべきで、親なら尚更である、と常に社会は指摘するが、実際にはかなり無理が有る。

昔と大きく異なり、今時の子供達は無表情であることが一般的で、先生もまたそうであることが多い。個人主義という名の時代の産物であり、苦悩の様子が表情に現れない特徴がある。

心理学の実験でも、実験参加者のほとんどが、見せられた写真の人々の表情を読み間違えたと報告されている。

例えば、真剣な物思いにふけっている人を、実験参加者の大半が、この人は怒っている、と回答した。

ゆえに、生徒の日常的な様子を外見で判断できる教師などほとんど存在せず、また、それを教師に求めること自体に無理がある。

適材適所という観点で物事を考えるならば、案外、一定の効果を生む可能性が出てくる。つまり、

表面化しないで潜伏し、発病する前段階でいじめ問題をシャットアウトするのだ。汚職防止には、定期的な配置転換で風通しを良くする汚職抑止制度が適用されているではないか。

いじめられている生徒が、いついかなる時でも、クラス変え(替え)を希望出来る学校側の組織管理

クラス変えは学年進級ごと、などと古めかしい化石のようなことを言っている場合ではない。イジメ問題で自殺者が出れば、私立の学校側もその後の運営に支障が出るだろうし、いじめ問題に対する決定的なスキルが現状にない以上、この希望者クラス変え制度こそが有望な事件回避法であると思われる。

イジメを逃れた生徒が別のクラスに行けば、奇異な目で見られ、嘲笑されることが十二分に推測される。ゆえに、

クラス変えの行先は、心のシェルターともいえるイジメられる側の生徒達だけの受入れ専門クラスでなければならない。

いじめ問題に特効薬を提示出来ない関係各位に、この制度を批判出来る人はいないのではないかと思われる。

受験勉強うんぬん、特殊学級扱いうんぬん、という声を挙げる人もいるかもしれないが、そういった意見を振りかざす人は、子供のことに無頓着で親身になる気持ちのない人である。

クラス変えを果たした生徒達が集まるクラスの担任となるべき人は児童心理学を学びスキル・アップを果たした人が望ましい。

今の時代、そのことに専任した教師の育成があってしかるべきだろうし、それに反対する人の存在を許していい時代だとも思わない。結局、

自己責任とは放任主義という意味ではなく、きちんと整備された組織管理のガイドラインの中で個々に要求される意識のことなのである。

有効な適材適所とは、常にポジションが流動的であるということだ。先発ピッチャーの調子が悪ければ、即刻、監督はピッチャーを替える。替えなければ選手や観客は監督に不信を抱くだろう。

それほど、ゲームの勝敗結果は重い。金銭的にも重い。ゆえに適材適所ほどチームワークに欠かせないものはない。当然のことながら、

ゲームの勝敗結果より、金銭問題より、人の命の方が重い。

いじめられて救済を求める子にとって、その親にとって、クラス変え制度のある学校はまさに命綱のある学校と言えるだろう。いじめられている事実を先生はおろか親にさえ言えない子供も多くいることだろう。

救済制度、シェルター制度があれば、そこなら苦しさから逃れられる、という意識が子供に持てれば、か細い救済の要請が吐露される可能性が出てくるのではないだろうか。

人々は保険をかけ安心を買う。

大人よりはるかに弱い子供を、子供達を、安心させてあげて下さい。お願いします。

 

 

 

 

適材適所 / 敗者復活 / ガラパゴスの軌跡

Title : 「ニノミヤじゃないもん」うるっとカラパゴス

 

 

◆ ネコセイペディア

二宮金次郎(尊徳)

昭和の時代、日本全国の小学校の校庭に飾られていた銅像その人。幼少の頃より仕事と勉強を両立させた姿を児童らの模範とし多くの学校に飾られたが、近年はすっかり撤去されてしまった。

 

「こんばんは。『おそうざいステキでしょ』の時間ですぅぅ~。暑さ寒さも悲願まで、という言葉がありますけど、今日もそんな感じでしたねぇ~真腹さん(笑)」

「いやいや、全くです。甲子園大会優勝悲願、全米テニス、何もかもが悲願まででしたから。夢散った選手達、涙で鼻も真っ赤、悲願鼻は、すがすがしく美しいものです(一瞬、目が潤みくちびるを噛む)」

「さて!、ですねぇ。今日のテーマは “ 適材適所 ” !ということなんですけーれーどもッ、…真腹さん、どういう理由でこのテーマを…」

「おそうざいステキでしょ、と発音的に類似点が多いからです。腹田さん気づきました?」

「いやいやいや、まさかとは思いましたけどもー、やはりですかー(怒)」

 

「例えば、ガラパゴス諸島に生息しているゾウガメを日本の小学校に連れてきたとしますよね。小学校校庭の片隅によくある池にですよ」

「えーえーえー、よく金魚だとか亀とかいましたよねー(笑)」

「そこに池より大きなゾウガメを放つんですよ。コレ、適材適所といえますかね」

「言えませんよー。そんなことしてる小学校なんてあるんですか?」

「あるんです。番組スタッフが小学生達に取材してきました。ご覧ください」

 

「あそこでホウレンソウゆがいたのクチクチやってる亀、何だか知ってる人」

ハーイ!! と群がった小学生数十名が元気よく挙手。

「何ていう亀かな?」

「ニノミヤキンジロー !!」 全員声を揃える。ゴスペラーズを上回る息の合い様。

「ニノミヤキンジロー?。どうして?」

「教室から窓越しに校庭見ると、銅像みたいに動かないからー !! (爆)」

 

「なるほどぅ…銅像なだけに像亀ですか…。しかし真腹さん…。あのカメが校門横のニノミヤキンジローだとしたら……これ…は…適材適所といえませんか?」

「私も驚きました。本来なら完全に不適材不適所となるケースなんですが、小学生達がそれを適材適所にしてしまった。まさに敗者復活、つまり子供には大人に真似できない可能性があると言わざるを得ませんねぇ」

「真腹さん。私、今ふと思ったんですけど、アナタがこの番組のゲストコメンテーターというのは、適材…適所と言えるのでしょうか」

「このスタジオに子供はいませんか。誰かッ!」