ポテチな少年 / 油断禁物の事例

 

 

 

小学6年のある時、突如としてボクはチョコバーにはまってしまった。何故だか分からないが、下校時途中の道にぼんやりと佇む小さなお菓子屋さんで、必ずチョコバーを買い求めずにはおれなくなった。常にお気に入りの銘柄、ソレしか買わないのに、何故かメーカー名はサッパリ認識していないのだが。

ピーナツチョコバーをせわしなくボリボリかじりながらノロノロ歩き、前方に人の姿が見えると片手のチョコバーを背中に回し隠し、すれ違う数秒間は口を閉じ何も食べていない通常の歩行者顔を装う。そういったことを数日繰り返すうち、次第にボクは、非常に遠回りとなってしまうであろう大きくカーブを続ける人気のない裏道を歩くようになっていった。生きる知恵だろうか。

所変われば品変わる。道変われば人変わる。向こうから違うクラスの顔見知り男子が歩いて来るのが見える。同学年の彼の名前は知らない。だが、彼のひっそりと存在を消さんとする立ち振る舞いは、いつもボクの目に留まったものだ。廊下でも、校庭でも…。いつも、常に、伏目がちだった。いつもわずかなことで驚愕し大きく目を見開くボクの対極にあると言っていい彼だった。

ボクは、とりあえず「今帰り~?」とやや明るめに声をかけることに決め、残り僅かなチョコバーを半ズボンのポケットに押し込んだ。あと数メートルですれ違うというところで、ボクの背後から飛び出た自転車の小学生が、笑いながら彼に

「イモッ、何してんのッ?」

言い残し自転車は滑らかに、そして素早く姿を消した。彼はその言葉にあいまいな頷きを見せボクとすれ違おうとする。とっさにボクは「何でイモなの?」と。彼は足を止め「前、焼き芋食べながら歩いてるのを同級生に見られて……それから皆がイモって呼ぶようになった」と相変わらずの伏目で答える。「ええッ?!」

自分のすっとんきょうな声に彼と共に驚く。一瞬彼の口元に笑みが浮上しかけ、それはオタマジャクシの空気取り込み時によく見られる水泡のようにたちまち消えた。「たった一度焼き芋食べてるのを見られただけなのにアダ名になった?」「そう……」。彼は一層うつむき、そのままゆらゆらと離れていった。

ボクはクラスの女子達にチョコバーを食べているところを目撃されてしまい、以来アダ名がチョコバーになってしまった様子を想像した。結構悪くないアダ名で聞こえが良い、などとニヤニヤしながらチョコバーの残りひとくちを食べようとポケットに手を入れた。「アッ!」。ポケットの中が溶けたチョコでベトベト。

くだらない想像をしたから神様が怒ったのだな…。そうに違いない…。

 

●写真タイトル / 帯に短し襷に長し

 

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利き梅 / コミュニケーション不足

小学5年の夏休み。例年通り、母は熊本の実家へボクと弟を連れ疾風のごとく舞い戻った。ボクにとってオバアチャンちへ遊びに行くというのは “ 楽しみ番外編 “ といったところ。地元とは違う友達が何人もいる。言葉使いも話題も、当然遊び場も、何もかも違う新鮮さ!。生まれ変わったような、何かこう…、地上に這い出たセミの幼虫が初めて目にする陽光や地上の空気に触れてワナワナ身震いするような、そんな戸惑いと胸騒ぎ…。

ある日の夕暮れ刻。神社の境内を駆け回り半狂乱の川遊びから帰宅したボクに、夕飯の食卓を整えていたオバサンが「おいしい物あげようか」と笑って台所に姿を消し、小皿に梅干しを1粒乗せて舞い戻ってきた。梅干しなど食べたくもない。などという顔はみじんも見せず、ボクは作り笑いしながら一気にそれを口に放り込み、口中で種と果肉を引き離す作業に移った。イヤなことはただちに済ます、がボクのモットーではないか!。だがこれは………?。

何というおいしさであろうか!!。こんなおいしい梅干しは、生まれてこのかた1度たりとも食べたことがない!!。いつものボクなら大騒ぎしてお代わりを激しくねだっていたことだろう。
しかしそれは出来ない。オバサンは非常にクールな雰囲気を持っていて、ボクのようなフザケきったガキンチョには非常にとっつきにくいのだ。よって、軽口をきくなどもってのほか。おそれ多い。

せめてボクは、満面の満足笑みを作ることによってオバサンがお代わりを持ってきてくれる可能性に賭けたのだが、オバサンは「1個だけよ」と笑い、梅干しをもらったことを母にも弟にも内緒にしなさいと言う。ボクはたちまち理解した。非常に貴重な、価値のある梅だったのだ!。だとすれば、たった1粒かあ、チェツ!、などという低次元の話ではない!。ボクは選ばれた人間なのだ!。小学生ほど自分の優劣性に敏感な者はない。ボクは紛れもなく勝者だ!。

夏休み明けの初日。下校途中、ボクはいつものパン屋でアンドーナツを買い、傍らの電信柱に身を隠してソレを頬張っている時、視界に入った漬物屋の看板文字に目が釘付けになった!。

梅干し各種あります

ボクは軽いめまいを覚えながら、酔いどれイカのもつれ足でハアハアアと帰宅。TVの前に寝そべり、主婦の束の間、黄金のうたた寝むさぼる母に膝がしらで詰め寄り、ねえ、ねえ、ねえーッと弾む息で母のヒジ枕を激しく揺さぶりながら、

「買い物行こうよ買い物ーッ!」「何なんですかアナタはァ、もうッ!」

母の後頭部ヘアが、寝ぐせで一部ドリルのように鋭く突起しているのも指摘せずボクは母をせっつかせ漬物屋へといざなう。「何?漬物?梅干し?」。降って湧いた子供のオネダリに解せぬ様子の母とボクは薄暗い店内へ。

異様に背の高い、年期の入った電信柱のようなヒトが「あっはは。どうもね」と奥から出てくる。「何差し上げましょ」「何かコレが梅干しって」と母。

今までかつて食べたこともない程の至福をもたらす謎の梅干し。それは熊本独自のものかもしれないが、もしやして此処にあるのではなかろうかと…。生きており、且つ言葉を話す電信柱にひるみながら、果敢にも説明続ける小学生。

「そーゆーことならね~」と電信柱は妙に機嫌良さそうに二段重ねのズラリと並んだ各種梅干しに満たされたガラス鉢の背後へ。笠電球の光が届かぬ暗がりで見る彼は、電信柱ではなく巨大な黒ゴボウの様にも見える。端っこの鉢フタを開け

「片っ端から味見してみるしかァ~ないんだよぉ~、と、ホレ!」

ボクは手渡された楊枝刺し梅干しをパクリ。すすすすすすすすすぅぅぅッぱい!!

「で、どう?」と真顔の電信柱。ボクは小首傾げ、「違うぅ」。

何故、漬物のプロも、母も気づかなかったのだろう。ボクが魅せられのは梅干しなどではなく、梅酒に漬かった梅だったのだということに。ボクは、赤くなくて緑色っぽかったと告げたはずだ。オバサンだってそうだ。あの時、ひとこと梅酒の梅だよと教えてくれてさえいれば、こんな…。

子供心にも、ボクにはタダで試食させてくれる電信柱のやさしさを踏みにじることなど出来やしない、との思いから、出された梅は種を除いて全て丸飲みした。ひとくちかじってポイなんて出来るわけがないのだ。ボクは少なくとも16個の梅干しを、ゴハンや飲料水の援護もなく、孤立無援の状態で続けざまに食べた。

その間ずっと、電信柱も母も、ある種の疑いを抱いているようだった。ホントに梅干しの味の微妙な違いが分かるのか?、これは利き酒ならぬ利き梅ではないか、と…。それはボクにもヒシヒシと伝わってくる。どれも違っていたら一体どうなるのか。電信柱はからかわれたと思いやしないだろうか。母はどうするのだろうか。なかったわね、さよなら。ってわけにはいかないのではないか。そう思うと全身に冷水を浴びせかけられたような面持ちとなる。自分は梅干しを主食とするウワバミ(ヘビ)なのか。次々と梅干を丸飲みしてゆくのだから。

利き梅も終盤にさしかかる頃には、もはやボクの両目は酸っぱさのあまり真一文字に閉ざされ、決して自分の意志をもってしても開けることが出来ない状態となっていた。首筋、両手のヒラはビッショリ汗をかき、喉が水を欲して、のたうち回っているではないか!

「うぇぇぇ~い……。全部違ったかァ~!」と電信柱は温かく微笑んだ。このオジサンはやさしい。いい人だ。ゴボウの妖精だ。しかし、彼は梅酒の存在を知らなかったのだろうか。漬物屋ゆえの盲点だったのか。

母は彼に詫び、梅干しを一袋買い求めた。高菜漬も。店を出て歩きだすと、母は

「アンタの顔、しわくちゃジイサン。あはははははーッ!」

 

●写真タイトル / 綿菓子雲

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初恋とギターとインコ / 騒音問題の是非 / ヒッチコックの鳥

 

 

 

中学2年の夏休み初日。

四方を緑に囲まれた坂道をプランコプランコ下りるボクの頭上、唐突に鳴き始めようとしたアブラゼミが

「ウォージッ?」

と唸ったまま疑問形で鳴くのを止めた。

ボクは足止めず聞こえた辺りを振り返りながら

「セミ採りは卒業したッ。心配しないで思い切り鳴くんだ。いいな?」と諭す。

やはり夏休み初日はいい。この世の全てを許せる気がする。

 

小高い丘公園散歩道を下り終え、入口から道路へ出たところで同級生のガールと出くわす。

「ウォージッ?」と鳴く代わりに「アッ!。どうしたッ?」

とっさに出た愚かなる言葉に戦慄が走る。これが初恋の相手にかける言葉かッ?!。

「どうもしない」と冷ややかな声。

切羽詰まったボクは激しく動揺、右手に持っている天気予報図コピーをガールに差し出す。

「これ、いるッ?」

「なあに?」

ガールは受け取った予報図に目を落とした瞬間、ピンボールが跳ね返る如く視線をぶつけてきた。

いぶかしそうな眼差しが、滑稽きわまりないボクを一層道化師へと追い込んでゆく。

「今、気象台で今日の天気図もらってきたとこなのね」

「そうなの?」「そうなの」

あまりの断崖絶壁に失神寸前!、ボクという名の道化師。しかもソレは第1級クラス。どんなボリショイサーカスも引く手アマタだろう。

「天気予報、好きなの?」「ううん、どうなんだろう?、特に…」

背後に極めてすこやかなセミの鳴き声を背負いながら

「終わった…。終わったんだよ」

とつぶやき歩くボク。これがボクの初恋談、全記録である。

 

中学3年の夏。去年と状況は一変している。

丘公園を散歩するのは変わらないが、高台の気象台で無意味に天気図などもらったりしない。

大人へと成長しようとする者は決してそんなジャレゴトをしてはいけないのだよ。

初恋の相手も変わった。

初恋も3度目ともなれば、かなり形が出来上がってくるものだ。

中学生活の3年間、進級するごとに1度の初恋が許されているわけ( 本人の不文律 )で、

いよいよ3度目の正直、なんとしても相手の心を引き付けたいと雨乞いも確か。

 

ボクは安物のフォークギターをぶら下げ緑道公園に入り、散歩道の中腹傍らにあるベンチを目指した。

ギターはまだ独学で始めたばかり。

卒業前のお別れ会で歌いながらコレをかき鳴らす。

3人目のガールは、ボクのカッコよさにハートを射抜かれるに違いないのだ!。そう考えただけで卒倒しそうな程気持ちは昂る。

鼻の穴を膨らませたボクは、コソコソと緑が目隠しするベンチに腰を下ろし、

いかにも安物っちいペナペナの樹脂ケースからギターを引き抜く。

恋の歌…。恋の歌を、おずおずと自分でさえよく聞き取れぬ程の小さな声で歌い始める。

聞き取れないので音が外れていないか分からず、時々首をかしげ必死に声を聞き取ろうとしている自分に気づき、ひどく驚く。

も少し大きな声で歌えばいいだけでは?。

「ピーッ!!」

突如、殺気立った鳥の鳴き声!!。

ギターの弦から顔上げたボクの鼻先、マッハで駆け抜ける黄色い稲妻!!。

ド気も抜かれ前方の宙を見やる。

1羽の黄色いセキセイインコが樹木群の中に消え去るところ!。

 

何だったんだ今のは…。

カゴから逃げ出したインコだな?。

ボクの歌かギターが気に入らなかったってか?。

気を取り直し再びポロロロ、ポロロロと奏で始める。

ほぼ同時、再びインコが木陰から踊り出る。放たれた矢の様にボクめがけて突っ込んでくる!!。

ボクの頭に迫りくる真っ黄色!!。

ボクはインコに当たらぬ様、手加減しながらギターを振り回す。

インコは樹木群手前まで一旦撤退するも、大きくカーブを描いて再度突っ込んでくるではないか!!

ヒッチコックの “ 鳥 ”なる映画が脳裏をかすめる。

ギター振り回し追い払う。追い払えない。何度も攻撃してくる。

これは何かの罰なのか。

ピーピー鳴きながら襲ってくるピーコちゃんは神の忠実なるシモベなのか!!。

 

ギターをケースにしまうイトマもなく撤退を余儀なくされる第1級道化師。

憤慨しつつ慌ただしく坂道下る彼の心に、カーペンターズの “ クロス・トゥー・ユー” の訳詩が突き刺さってくる。

アナタが来ると鳥達が舞い降りる 私と同じ 皆アナタと一緒にいたいのね

 

 

 

●写真タイトル / 木漏れ日トンネル

 

 

海面を見てワクワク / 釣りの楽しみ / 魚と知恵比べ

Title:エメラルドのうねり

 

 

 

堤防の足元見下ろせば、釣り人が胸躍らせずにはいられない美しきエメラルドのウネリ(写真上)!。さぞかし釣れるだろう!とは早計かも。潮が澄み、しかも日中となれば魚さん達にはよく見えてしまう。

何が?。釣り人の影が!。海中に投じられた仕掛けが!。とりわけ鍼(ハリ)が!。そんなことには全く無頓着な魚種もいますが、ただ単に明るいというだけで暗いスポットに身を潜めてしまい、なかなか出てきてはくれません。

そんなわけで、魚がよく釣れるのは濁り潮だとか小雨、曇天、夕方、夜、日の出前。必ず釣れるわけではありませんが、明らかにチャンスは多いです。下の写真は波止ブロック(テトラ)を撮影したもので、満潮干潮時を問わず、ほぼ海中に没しているブロックと水上に出っ放しのブロックとに分かれています。

この様にランダムに積み上げられたブロック群こそ魚マンション!。複雑な潮の動き、豊富に取り込まれる酸素、太陽光を適度に遮断した癒しの環境、と、まさに最優良物件です。

この写真で最も注目すべきは “ 海の色 ”。汚く淀んだ印象はなく、それでいて澄み渡った感じでもない。透明度はそこそこある様な、ない様な…。

それに加えての曇天模様、こんな感じに見える海水状態が釣れる好条件です。勿論、いつでも、必ずというわけではありません。人影が見えなくても、仕掛けが見えなくても、しょっちゅう仲間が釣られて姿を消していれば、魚の方も気づいて釣り餌を食べなくなってしまいます。

これはあくまでボクの経験推察、違っているかもしれません。ですが、ボクに関してのみ言えば、絶対そうである、と。

調子よく毎回数種の仕掛けで必ず釣れていた特定の魚種が、ある日を境にパタッっと釣れなくなる。その魚が釣れるシーズンたけなわだというのに、です。

ボクは、きっと魚が学習したのだと思っています。当然であるとも考えています。魚にしてみれば、子孫を残せるかどうかの瀬戸際に立たされたのですから。

たかが魚と語るなかれ、DNAは決して侮れません。