天ぷら貴婦人キス / 川崎市の浮島釣り園、チョイ投げで美味しいキス釣り

 

日本人が愛してやまない魚、キス(正式名称はシロギス)。マグロを上回る不動の地位に君臨してます。ただ名前がちょっと…。喫茶店で前日キス釣り同伴した友人と待ち合わせ、遅れて入店の彼が座すや開口一番、「キスの味どうだった?」。隣のおば様2人にサッと緊張が走る。その波動が繊細なボクを射抜いた。しかし鈍感な彼は尚も屈託ない笑みで、「興奮した?。……アレ?……。何でシリアスな顔してんだよ。オレが上手くなかったから怒ってんの?」。おば様とボク3人に戦慄が走る。ボクは努めて平静を装い誤解を解く。

「いやァー、昨日釣った魚のキスは新鮮で旨かったよ。それに自分達が苦労して釣った魚のキスほど旨いものないよねー。確かにお前は竿を遠くへ投げるのが上手くなかったけどサー、全然気にしてない。沢山釣れると、いつもは興奮して眠れないんだけど昨日はよく眠れた」「マジか(笑)。想像以上に柔らかい感触なんだなキスって」「そーそー、テンプラは魚であるところのキスが一番旨いよ」。

ボクは自分がキスを釣るまで、キスの体色は光沢のない薄い黄土色だとばかり思っていた。それに小さな魚だとも。天ぷら定食で食べるキス天がそんな感じだったからだ。だから初めてキスを釣り上げた時はビックリ仰天!。鼻先にかざしたキスは全身ピンクがかった真珠色のキラメキ!。ピチピチ跳ねるたび、糸下でメリーゴーランドの様に右へ左へ回転する。回りながら、陽光スペクトルの中、その体色は青真珠、金真珠、緑真珠、ピンク真珠などなど、ゆるりゆるり七変化。イシモチの光沢がメタリックであるのに対し、キスはシルクの純白花嫁衣裳、といった風情。なるほど、海の貴婦人と呼ばれるにふさわしい気品と美を湛えている。

ある時、隣で遠投釣りをしている大学生に話しかけられた。

「オレ、キス狙いで来たんスよ。これ見て下さい、5万したんスよ」と新品の投げ竿を軽く掲げる。なるほど、確かに高そうだ。「すごく飛びそーだね」とボク。「かなり投げないと釣れないって店のヒトに聞いたんで。オレ、やりますよ」。そう言って彼はやり投げオリンピック選手のように歯を食いしばり、全身で竿を振りぬく。すごい!。相当飛んでいる。「飛距離100近く?」とボク。

「いってますね。確実に」。真剣な顔で頷く彼。その後、彼は投げて投げて投げまくり、海中に横たわる仕掛けをズルズルと引き、時々ピタリと止めて反応を待つ。手前5mほどまで仕掛けが戻るとサッと巻き上げ、再びトウッ!!。

延々1時間。彼は17センチほどのハゼを4尾上げた。「キス、いないっス」。彼は9回まで味方の得点なしのまま1人果敢に投げぬいたピッチャーの様にグッと唇を噛んだ。「オレ、もっと遠くまで投げてみます」。

その時、足元(岸から20センチ先)に落としていたボクの仕掛けに何かが食らいついた。「オット」。

小気味よくしなる竿を取りリールを巻く。「何スか?」と彼。「強く引いているけど重さはないね。何だろ?」。巻き上げると見事なサイズのレディーキス!。

一拍あって彼。「何スか。コレ…絶対おかしいッス!」と真顔で憮然。

灯台もと暮らし。釣りではよくある話です。

 

◆写真上、シロギス23センチ、下21センチ。キス天秤、ナス錘15号、仕掛け50センチ、ハリス2号、チヌ鍼(ハリ)2号。

 

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