嫌われた妖精 / チッチとサリーじゃないから / 今日だけは泣く

Title : つまびけば思い出す

 

 

★明日咲。あそう。このエピソードの主人公。

 

身長151センチ、23歳独身、ファミレス・アルバイト歴10ヶ月。

その彼女が注文を取りにテーブルへ姿を見せると、

年配客の8人に1人は必ず決まってこう尋ねる。

 

「あら可愛い。あなた年幾つ?」

 

無理もない。明日咲 ( あそう)  の姿は、誰の目にもせいぜい16歳。

高校生のウェイトレスが珍しいわけでもないのに。

明日咲は、その高校生にさえ見えないからなのだろう。

世俗離れした、浮世離れした純粋無垢な妖精の様な存在感。

妖精であれば普通なら近寄りがたい。

まして声をかける勇気など人間には無し。のはずだが、

オカッパ黒髪の明日咲のルックスは月並み。とっても地味顔。

だから気さくに話しかけやすい。気さくを超えるほどだ。

 

「白玉あずき上がりまーす」  「はああーい」

 

明日咲は精一杯に爪先立ち、両腕を拡げ

白玉あずきの乗ったトレー両端をハッシと掴み、

フラフラッと一瞬前後に揺れながら足裏をしっかと着底、

全身をガチガチにしながらテーブルへとスィーツを運ぶ。

 

「お待たせ致しました」

「アレ!。抹茶、白玉アイスなんだけど」

「え。…確か白玉あずきだったと…」

「何言ってんのオタク。抹茶白玉アイスって言ったよオレ、なあ」

 

30代男性の連れ2人も、仕方ねえなあ顔で面倒臭そうに頷く。

 

「大変失礼致しました。今お取替え…

「ああいいよもう、面倒臭ぇ。置いてきなよ。…オタクいくつ?」

「…24です」

「?……」

ちょっと間が空き、3人が明日咲に目視出来ない笑いを作った。

それを、その笑いを、彼女はよく知っている。

引き上げる明日咲の肩越しに「何だアレ」というかすかな声。

調理場メニュー出し口の脇に戻ると、すぐに呼び出しテーブル番号が点滅。

すぐに出港する小舟。テーブルに接岸しようとする直前、

こちらを背もたれ越しに振り返り待ちしていた40代のおば様、

 

「アンタじゃなくて他の人呼んで」

 

軽く会釈し小舟は港へスゴスゴ引き返す。

 

「どうしたの?」と、一部始終の様子を見ていた

ベテランの奥さんウェイトレス。

 

「他の人を呼んでくださいって…」

「え?、何?小さくて聞こえない、も一度」

「他の人を呼んでくださいって」

 

常連おば様連は、明日咲に3度連続して伝票金額を間違えられ、

辟易していた。セット価格のはずなのに単品扱いで多く請求されたのだ。

しょげかえり消え入りそうにトレーを抱いて突っ立っている小娘に、

本社人事部の男性が近づいて来た。彼に会うのは面談依頼二度目。

身長180センチ、34歳独身、津崎。

テニス焼けした浅黒い顔にやさしい眼差し、真っ白な美しい歯並び。

 

「よく間違えるんだって?」思いやりに満ちたソフトで低い声。

「あ……はい……。申し訳ありません」

「いい?。よく聞いて。……一生懸命やって間違えるんだったら仕方ない。

お客様に大変失礼致しましたってキチンと言って。言ってる?」

うつむいたまま頷く明日咲。顔は真っ赤。左睫毛が一瞬光ったよう。

 

「単品注文だと覚えられるからってメモ取らないんじゃない?」

あまりの優しい声に明日咲の顔が男性の顔を見上げる。そして頷く。

「間違えたのが礼を失したんじゃないんだよ。

メモを省いたことが失礼なんだよ(笑)」

「以後気をつけます」素直に頷く明日咲。

 

翌日。大学の授業を終え、バイト先へ向かう明日咲。

目的の駅で降り改札に向かう人ごみの中、

蛍光マーカー丸囲みで津崎の姿を見出す。

彼の腕に両腕を巻き付けた恋人の幸せそうな後ろ姿付き。

 

彼の姿を間近で見たいあまり、明日咲は店で6時間も彼を待ったが、

とうとう現れなかった。

 

夜。銭湯から帰って来た明日咲は、畳にペタンと座り

テーブルにリンゴジュースの缶を置く。しかし

念の為、軽く缶を振って残量を確かめる。ホッと溜息をつき、

カラー3段ボックスから “ チッチとサリー ” のコミック本を取り出すと、

いつもの様に見慣れた1ページ目を見始め……刹那、

溢れ出したコップの涙が、洪水の様に

彼女のアイラインを超えて押し寄せてきた。

 

泣き声を今夜は殺せなかった。

殺すつもりがなかったから。

 

どうしても。どうしても、どうしても。どうしても。