Title : 減量中につき入店不可
自己嫌悪な独演会、悲恋ものを見事に演じきった虚脱感からか、
寝ては覚めての繰り返し。
ボウッとするがロクな運動もしないボク、エエイ起きてしまえッ。
立ち上がりかけ足首に絡みつく布団に引っ張られ、
バランス崩し机の角にヒジをぶつける。結構痛いッ。
絶食で体力が相当低下しているのだろうか。
やや不安になるが、そうだそうだ、
荒行のお坊さん達だって経験しているんだし大丈夫。いや待てよ、
あの方々は日々体を鍛えているから大丈夫なのでは?。まあそうなのかも…。
そんなことより今日はボクにとって特別な日。
誕生日でもイヴでも元旦でもない。
絶食3日間ごとに体重を計測する!。ハナからそう決めていた。
今日は4日目の朝だから。異様な程の昂ぶりみせるボクのハート。
神聖なる計量儀式を執り行う前に、まずはカレンダーに
◎を記入。
ああそうか…と赤マジックを極細黒ペンに持ち替え、
1文字が縦横5ミリ×5ミリの大きさで
SB と書き込む。
自分的には S (失恋) B (ブティック) なる暗号のつもり。
SB (ショッキング・ボーイ)、さよならばっかし、でもなんでも良い。
自虐の戒めコードということだ。
とにもかくにも物置コーナーから体重計をズルズルと引っ張り出す。
「オフオフッ」舞い上がるチリに軽く咳き込む。誰も使ってないもんなァ。
コレ防水だっけ?。水洗いして壊れちゃ敵わないから雑巾で水拭き?。
バカな。尊い儀式に汚れた台座などあり得ない。
母は外出中みたいだからと真新しい純白のタオルをかすめ取り、
水に浸して我が友に磨きをかける。その間5分くらいか。
両手に不快なだるさを感じる。え?、これしきのことで?。
やはり体力が異様に低下しているのかもしれない。
ドライヤーで足乗せ台を丹念に乾かし、準備は整った。
安定性から当然フローリング上に体重計を設置。
全裸計測を余儀なくされるので、玄関ドア真正面延長線上ではなく、
ドアから見て左に折れるキッチン角が良いだろう。
万が一、測定中に母が帰宅してもボクの姿は見えず、
マッハでキッチンテーブルに置いたパンツを穿く時間は十分にある。
スッポンポンで、おごそかに判決台に上がるケナゲな青年。
針が小刻みに左右揺れを続ける。
安定するまで少し待つ。もういーかいッ?。
もうーいいーよッ!。
全身の緊張を解き、大きくユックリと深呼吸。これでOK。
全体重が正確に台座に乗っている感じだ。閉じた目のまま自問。
何キロ減ってるって予想してた?。
ええっとねェ~…。思い出すのに数10秒かかってしまった。
これもあり得ない。やはり脳の動きも鈍っているらしい。
それはさておき。ああ、そうだ、3キロと予想したのだ。
控えめに見積もってねー。さあ!、いざ測定結果!。
ゆっくりと両目を開き視線を落とす。
70キログラム。
計り窓に目を落としたまま固まってしまう。
全裸で完全静止しているボクの姿は、ミケランジェロか誰かのブロンズ像、
“ 体重計に乗る人”。これだろう。
しかし一体全体これは何だ?。ナニゴトだ?。ボクの身長は172センチ。
絶食成功1日目前日の体重が70Kgジャストだった。
あの時は汚れた台座にタオルを敷いたが、
そんなもん大した誤差にはならない。であるからにして、つまり体重は全く
減ってない?。
ああ、減ってないよぉ~、それが何か?と体重計。
おかしい!。こんなことは全くもっておかしい!!。
足し算引き算に反している!!。壊れているのか?!。
即座に降りて針の静止を待つ…。静止した。
キッチリと目盛り0を指している。そうだ!、机に片手用バーベルが在るゾ!。アレが2キロだ!。
走れメロス(太宰治 / 小説タイトル)で持参、体重計に乗せる。
1.95キログラム。
「壊れてない?」とボク。
「ええ」と笑い噛み殺して体重計。
その後2回確認するも結果は同じ。
了解。了解した。ガッカリ。ドッチラケだ。
夕方、気晴らしの散歩から戻る。飲食店避けての30分だが
食の誘惑は30度数といったところ。全く問題なく誘惑を寄せ付けず。
部屋に入ると何故か弟が壁張りカレンダーの前。けげんな顔するボクに
「兄貴、我慢出来なくなって食った?」
「ああ?。何それ」
「だってココに小さくSBって書いてんジャン」。
何だコイツは。いつの間にカレンダーチェックしてんだ。
ボクの絶食には全く関心ない風だったのに。
「SBの意味分かんの?」と挑戦的なボク。
「カレーでしょ」
ばぁぁぁ~か!。思わず笑ってしまうゾ、貧相な発想!。
「じゃあ、ショーロンボーの略かもしれないだろーが」
「兄貴。ショーロンボーじゃなくて、ショーロンポーなんだよ。
ポー。ポー、ね」
コイツは山鳩(ハト)か何かなのか。
「アッ、そうだ。ちょっと来いよ」
ボクは弟を体重計に乗せた。64キログラム。
「お前、体重何キロ?」
「見れば分かるジャン」
「そーじゃなくて普段だよ。いつも。いつもは何キロなの?」
「知らない」
「知らないハズないだろ保健室とかで計るだろ?」
「1年も前だからなあー」
ありえない計測結果にプンプン。おかげで気が紛れたのか、
絶食4日目成功。