絶食ダイエット(11) / 体重70kgが翌日65kgに / 体力がなくなり減量開始

Title : 気分は真空管の中で大口開け涙ァ~

 

 

 

絶食6日目。

何てこったい!。明日1日を前にして、

よりによって何故今日なんだ、ローストビーフなんだ!。

玉ねぎすりおろしたタレに浸された、香ばしい牛肉を口に含む幻覚が脳裏をかすめる。

瞬間口内一面に広がる奇異なシビレ。何これ。変なの…。

 

ボクの部屋は和室。だから入口はフスマ。立て付けが悪くなってきているので、

ピッチリ閉めた状態でフスマ上部と壁との間に

2~3ミリの隙間があると見てとれる。

イカン。ここから、決して抗いきれぬ魅惑の香りが流入してしまう。

玉ねぎソース制作完成まで約1時間といったところか。

ボクは台所の音から夕食支度の進行状況を割り出し、さあこれから食べますよの10分前にトイレ。

話しかけようとする母の言葉も聞き取れぬ速さで自室撤退。

 

ガムテープを手にフスマと壁との隙間に素早く目張り。

注意深く見事にやってのける。

PCにヘッドホンを装着、スイッチオン。同時に消灯、

布団に寝そべりボリュームアップ。

 

ハロー暗闇さん、また君と話しに来ちゃったんだねえ~。

とサイモン&ガーファンクルのサウンド・オブ・サイレンスが流れている。

映画【卒業】では、主役のダスティ・ホフマンが

タブーと純愛のハザマで揺れる多感な青春期の情緒と感情を見事に演じてみせた。

それに引き換えボクは、タブー( 絶食ダイエット ) とローストビーフのハザマで

揺れる多感な青春期の食欲とひもじさを、見事に演じているとは言えまいか。

3曲目あたりでフスマをたたく音。ヘッドホンを外す。

 

「兄貴。食べないの?」

 

「だっからサー、食べないって言っておいただろーッ!」

プンプン!。再び世界最高峰デュオの世界へ。

 

仰向けで聴いていると段々と腹の肉が沈んでゆき、

内臓が布団に接触してゆく様な感覚に襲われた。

寝返りうち体勢を横向きに…。

今度はいいようだ。しかし一刻も早く明日になってほ…し……

 

ハッ。何だ。うんッ?。………。寝てたのか。寝ちゃったのか!。

今何時ぃ?と卓上の時計を見やると11時!。

おお、明日に近づいているではないか、とガムテープ引っぺがし独房を脱出。

 

暗い台所の玉ねぎソースの残り香。食欲をそそるものではない。

散った桜の花びらが水溜りに浮いていても誰も風情を感じないのだ。

 

家族は居間でテレビを見ている。

ボクはけだるそうに、インスタントコーヒーでも飲もうかなと

ヤカンに水入れ火にかける。

イスにドッサリと身を落とせば、空っぽの胃袋が体内でバウンド。

アーア…。一体何やってんだかねえ~。

お湯が沸くまで暇だからサー、体重でも計んない~?。

それでサー、それでサー、自虐気分でコーヒーすするんだよぉぉぉぉ~う。

 

「い~ジャンね~」とフラッと立ち、自室から体重計持ってカムバック。

あまりの重さに「腕もげそうでないの」

ガシャ。

体重計をぞんざいに置き直ちに計測。

も~いいの。いいのです。テキトーで…。

 

65キログラム。

 

は?………。全身に戦慄が走る。

ムシズが走ると言った方が的確かもしれない。

65キログラム。6565656565656565656565656565655665656565656565656565656565……

思考停止思考停止、自室から例のハンドダンベルを手に

きびすを返し体重計に乗せる。

壊れてない壊れてない壊れてないッ、と再び体重計に飛び乗る。

震える針。

止まれ止まれ止まれ早くッ!!

 

65キログラム。

 

昨日の測定で体重は約70キロ。

今日は65キロ!!。

何だ、どういうことだ、あり得ない、こんな夢のよ……

 

ピィィィィィーッ!!。

耳をつんざくケトルの悲鳴。