立ち尽くす冬由季 / 私にとっての出会い系サイト / 寄せては返す人並みの中で

Title : 冷えた後にやってくる楽しみ。カスタードプリン。

 

 

★冬由季。ふゆき。このエピソードの主人公。

 

 

時代遅れだというのに、肩先まで伸びた冬由季のワンレングス・ヘアは

彼女の切れ長の目と誘いかけ合う様にお似合い。

出勤退社の路(みち)すがら、冬由季は

勇気ある男性から声をかけられることをたびたび経験するが、

それは、彼らに決して軽くはない失望感を与え続けるだけだ。

 

「急いでます。ごめんなさい」

 

を幾度となく繰り返すうち、いつしか彼女は

それを言い終え、足早に雑踏に消えながら

誰に向かってでもなく

 

「大根女優」と呟く癖がついた。

 

それはたった今、自身の身に起きたハプニングへの

ピリオドのつもりだったのかもしれない。いずれにせよ、

常に冬由季は相手の顔を決して見ようとはしなかった、というよりは、

うつむいて自分の顔を見せないように心掛けていた。

深夜にベッドで寝がえりをうつ拍子に、ふと目覚めた時、

自分の顔を見ようと思いつく者など居ない。

それほど、彼女には異性に自分の顔を見せることなど

必要のないことだった。

 

その日は母との不可欠な所用があり、珍しく午後出社となったOLは、

いつもと全く違う景色の展開する駅構内を歩きながら

 

“ あそこにベーカリーがある…。今初めて気が付いたな…。

目隠しされてたってわけね ”

 

と小さく呟く。常に私の周りで交錯する目隠し。

それは雑踏という名の雪崩 ( なだれ ) とも言える。

注意を怠らなければやり過ごせる流れ。

小さな時もあれば大きな時もある。

冬由季はパンプスでそれをかわす。巧みに。

 

いつものホームへの階段を降り始めようとした時、

電車の到着音が聞こえた気がして彼女は

慌てて両耳からイヤホンを外す。

突如、背後から押し寄せる人並み。それらは

スレスレに冬由季の身体をかわしながら、

せわしない靴音を立てて電車サイドへとイビツに傾いてゆく。

 

彼女も流れに乗ろうとして降り始めた時、

肩掛けの黒皮巾着バッグが傾き、拍子に財布が

五段ほど先目がけてスッ飛ぶのが見えた。

宙に跳ね上がって開いた財布の口から

複数の小銭が全て飛び出す。それはコンクリートの階段上で、

弾けたクラッカーの花紙吹雪のように

四方八方へとバラけ走ってゆく。

 

しまった!と思う間もなく

背後から殺気立つ第二波。

第一波より小さく、流れの速さは三倍。

全速で泳ぎ去る水泡の集合体は、発車音にあおられて

飛び散る小銭を気にも留めず、

次々車両の中に吸い込まれてゆく。

母のために小銭を引き受け両替えした後、

うっかり財布の口を閉め忘れたのだろうか…。

 

すっかり人が失せると広い階段の全貌が再び視界に広がる。

何気なく見下ろす階段下、

スーツ姿の1人の男性が目に留まった。

彼は突然跪き(ひざまずき)、鮮やかな身のこなしで

素早く散乱している小銭を拾い始めた。

アッ!

どうしてよいか一瞬ひるみはしたものの、

彼女も続いて目につく小銭を拾い始める。

スカートなので思うように拾えない。

瞬く間に彼は小銭を回収し、丹念に階段を探った後、

足早に彼女に向かって駆け上がってくる。

相対する状況に、冬由季は顔をそむけることが出来ない。

 

“ 誘ってくる!、きっと。断らなきゃ ”。全身に金縛りのような緊張が…。

 

「全部だと思います」

「ア、ありがとうございます」

 

一瞬視界に入った彼の顔に、好ましく美しい誠実さを見出し驚く冬由季。

次の瞬間、彼は

少しはにかんだ笑顔だけを残し、まるでアスリートのように

軽やかに階段を駆け上がり、たちまちのうちに

目で追う視界から消滅した。

 

 

揺れる。今日はいつもより車内が揺れる。

ドア脇に身を寄りかからせながら、冬由季は一つの考えに囚われ続けている。

 

あの時、あなたが誘ってくれたら断らなかったのに…。

 

その言葉は、幾度となく彼女の心の中の階段で弾け飛ぶ。

リフレインする。

冬由季は分かっていた。

あのヒトが自分にとっての運命だったのだと。

そのヒトだったのだと。

私はたった1度のチャンスを棒に振ってしまったのか。

 

 

2年が経った。

今も雑踏に彼を探す。

切なく、やるせなく、すがるようなひたむきさで。

早い流れの時、緩い(ゆるい)時、大きな雪崩の時でさえ、

 

そうしている自分に気が付く時がある。

 

 

 

 

華夏とK / 十月の軽井沢 / 告白

Title : もうひとつの十月

 

 

 

★華夏とK。カナとケイ。このエピソードの主人公。

 

 

ジャコウの香りを階段に続けながら

華夏 ( かな ) が地下のスチームバスから戻って来た。

 

「出来たんだね」

 

アルデンテの立ち上る湯気を覗き込み、じゃ香の香りを飛ばす華夏。

その濡れたストレートヘア先の一滴が

パスタを皿に盛りつけているKの腕を狙って落ちた。

 

ブナ林の中に建つ三階建ての小奇麗なペンションは、

期せずして二人の貸し切り状態。

 

「オフシーズンでもラッキーだよ。それだけでもお祝いしなくちゃね」と華夏。

 

「そうだね」と言い口笛をヒュゥーン。これはKが嬉しい時に吹く風の音の癖。

 

2人はワイングラスを重ね儀式の様にひとくち飲み、グラスを置くと

ほぼ同時に窓のすぐ先を流れる渓流に目を流した。

 

「暗くても白く渦巻いてるところ見えるよ。華夏、見える?」

 

「うん。見える」

 

Kは白波、華夏が見ているのは窓ガラスに映っているKの顔だった。

 

三泊四日旧軽井沢。

閑散としたこの地を渡る十月の風は、人生の羅針盤を狂わせるのに案配がいい。

そう噛みしめながら車を降りた華夏だった。

噛みしめていたそれを伝えるタイミングが今宵…。

 

「K。ワタシのことどう思う?」

 

「ん。何が」

 

「恋人になれる?」

 

「……。ちょっと。…………好きな人いたの?」

 

「目の前にいる」

 

「ん?…………」

 

意味が分からないと言いかけ、たちまち解る。

華夏の眼を見て完全に理解する。

 

「ワタシ達、そう出来ない?」

親友の顔がまるで別人。誰このヒト、すごく綺麗…。

 

Kは最後のサラダを一気に口に入れ、

良く噛まないまま飲み込んでしまったせいで、

喉の奥に少しサラダが引っかかっている感覚があった。

それをワインで流しこもうとグラスに手を伸ばしかけたところで

華夏に衝撃発言をされたので、

サラダはまだKの喉奥に残ったままだった。

Kは少し蒼ざめながらグラスをゆっくり手に取り、

大人っぽい仕草で琥珀の液体を口へゆっくり流し込む。

ゴホッ!。

咳き込むKに

「ごめんK.……平気?」

と立ち上がりテーブルに両腕つく華夏。

 

顔を両手で覆い、テーブルに突っ伏し気味で頷くK。

それは、同性しかも親友に告白されたショックのせいではない。

華夏に比べ、自分があまりに子供っぽく感じられて恥ずかしかったのだ。

 

Kが顔を覆ったまま固まってしまったので、

華夏は少し困ったような悲しい顔をして突っ立っていたが、

やがて素足のまま部屋奥のサッシまで。

 

「話の続き出来るんだったら、外来てよ。ダメなら忘れるから」

Kの耳に、突如あふれかえる鈴虫達の鳴き声が飛び込んで来る。

窓が開けられたから。

丸くなるにはまだ早い月が出ている。

バスローブ一枚しか身にまとってはいない華夏には

肌寒いはずの時間帯。それを感じさせないのは

この噛みしめた想い。

 

5分が経ち10分が過ぎた。

 

振り返らない華夏。

テーブルにKが居るのかどうかさえ分からない。

Kは、気まずい時には気配を消す癖があるもんね。

小一時間ほど経過した頃、僅かに肌寒さを感じ始める。

 

ダメなんだ…。

 

その時、背後で小さく口笛が

鳴った。

 

 

 

 

 

 

自分に聴かせる恋歌 / 光莉の青春アーケード

Title : 観客

 

 

 

★ 光莉。ひかり。このエピソードの主人公。

 

 

色褪せたまぼろしが 夕暮れを染める部屋

私の指先が震えても くちづけは拒まないでね

あなたを抱きしめても 私を抱きしめても

同じだけの夜を重ね 同じだけの羽根をむしる

くちづけのまま だからこのまま

物語を閉じて

 

指先をからめれば 秘密には遠すぎる

この腕を重ねても 恋人は裏切るけれど

哀しみが舞い降りて かたわらに巣を作る

冬枯れた嘘をなぞり 同じだけの憂いあげる

くちづけのまま だからこのまま

物語を閉じて

 

 

歌い終え、エンディングかき鳴らす

ハミングバード ( アコースティックギター銘柄 )

のスリーフィンガー ( ギター奏法のひとつ )

が、凍える指先、ぎこちない旋律を醸し出す。

 

“ いいや、どうせ誰も居ない。…なんて考えちゃだめ、

そんな考えじゃプロになんか成れっこないんだからネ ”

 

演奏が終わると同時、遠いところで引きずり下ろされる商店シャッター音

が光莉 ( ひかり ) の吐く真っ白な息を僅かにブレさせた。

 

“ 歌の終わりと同時なんてさ、アタシの歌を聴いててくれたのかな ”

 

そうでないこと、自分で一番よく分かっているくせに。

いつもの自分向け速報 が光莉の耳元で意地悪に呟く。

16歳の少女は鼻をひかえめにすすると、

足元のギターケースの中に転がる50円玉を拾い上げようとした。

2月の寒さで冷え切った指は、それを不可能にしたようだ。

無理に小銭をむしり取ろうと

枝に舞い降りたフクロウの様に指を曲げた時、

人差し指関節に軽い痛みが走った。

 

「もう、や!…」

 

言いかけ言葉を力づくで飲み込む。

彼女の茶色いセミロングが一瞬左右に翼をひろげたかと思うと、

それはたちまちストンと落ちた。

光莉はしゃがみ込み、二度の夏休みバイトで買った宝物

のハミングバードをそっとケースにぎこちなく収納する。

バチン、バチンと留め金を二つかけたところで

スッと商店街アーケードの明かり半分が消えた。

 

“ 残り半分が消えるまで2~3分。急がなきゃ ”

 

光莉は自作の曲が書かれた楽譜と楽譜立てを

大きなバッグに慌ただしくしまい込み、

たまらず両手に息を3回吹きかけると

大きなバッグを肩に掛け、ギターケースを注意深く持ち上げた。

どんなに寒くてもファンが数人待っててくれるかも。

凛とした寒気の中で、自分の声がどんな具合に響くのかも確かめたい。

二月になってから全然歌いに来てないし…。

 

全ては当て外れ。誰1人として立ち止まりはしなかったし、

彼女の声はいともたやすく夜のとばりに負けた。

響きもせず伸びもしなかった。

 

“ 何だよもう~。

あそこの角のオデン屋は一本100円なんだよぉ~ ”

 

さっきジーンズのポケットにねじ込んだ50円玉は

光莉が演奏前に置いたサクラだった。

光莉は歩き出し口笛で自作の歌を拭こうとしたが、

吹けなかった。

音が出ない程身体が冷え込んでいる。

たった1時間でその有様。薄着すぎるのだ。

それも秋服。

 

“今夜は何処に泊まろう…。またカズちゃんち…。

一番言いやすいけど

こないだ止めてもらったばっかだし…どうしよう…”

 

夢は手なずけられない。

スキを見せれば噛みつかれる。

光莉はそれに気づき始めていた。

まるで大人になろうとしている様に、

見える。

 

 

8匹の黒猫 / 近くて遠い庭先で

Title : 顔を覆う黒猫

 

 

★ 映美。えみ。このエピソードの主人公。

 

 

その女子大学生は、今日の午後もカメラ片手に見知らぬ街に出かける。

日常のとりとめなき一瞬をフィルムに収め、それを自室で鑑賞する。

上京して半年、それが最良の慰めになる

という事実に気づいて二ヶ月が経っていた。

 

快晴風速1m。郊外のひなびた住宅地、その四つ角。

身長159センチの映美より高い緑樹塀の根元、

丁度、黒紫色のネコが庭に侵入するところが見えた。

 

撮影出来ないかな。

 

近づいて見れば緑樹塀はすっかり痛んでいて、あちらこちら穴だらけ。

庭の全様は、塀に開いた穴の二つも歩き覗きするだけで

誰にでもすっかり把握出来てしまう程。

1、2、3、4、5、…。  8尾のネコが

縁側に腰かけた初老の女性から8皿分の餌をもらっている。

しかも全てが黒猫だという壮観さ。

 

凄いショットだ、これって!。

 

慌てふためき夢中でシャッターを切り続ける映美。

夢中で近づく余り、気を付けてはいても、たびたび緑樹が揺れる。

 

「何してるの?」

 

案の定だヨ。こっちに来ちゃうかなと思った通り、

彼女は不審者の居る道路に出てきた。

 

「すいません、ネコが…、黒猫が8匹もいて珍しかったんで、写真を…」

 

おばあちゃんは一人暮らしで1匹の黒猫を飼っている。たった1度だけ、

庭先に来た見知らぬ黒猫にエサを分け与えた。その翌日から

2尾の黒猫がエサをもらいに縁側に現れ、1週間もしないうちに

黒猫は総勢8尾になってしまったという。

 

おばあちゃんの推測では、ここいらに住み付いている黒猫は

これで全てではないかと。

新たに黒猫が誕生すれば、それも此処に来るに違いない。

どうして黒いのばかりなのだろう。他のは入り込む余地のない、

何か理由でもあるのだろうか。映美は首を傾げ、間があってから

 

「黒猫はクロネコヤマトみたく、相互連絡網を持ってたりしてッ」

 

不審者ではなくなった女子大生は声を上げておばあちゃんと共に笑った。

彼女が東京で見知らぬ人と立ち話をしたのは、この時が初めてだった。

 

エサは朝夕2回。用意はキツイが、毎日8匹がキチンと定時に来るので仕方がないのだとか。

 

「ほら、あのちっちゃい左端の子、後ろ足、片方引きずってる子。

あの子なんか日に3回来るときがあるのよぉー。

せめて2回で勘弁してくださいって、アタシそのたんびに

言い聞かせてるんだけどねぇー(笑)」

 

彼女には未婚の一人娘がいて、すぐそばのアパートに住んでいるという。

大きなケンカして以来2年、1度たりとも会ってもいない。

電話の1本もかかってこない。すぐ先なんだから

会いたいと思う時もあるけど、どうしても行けない。

 

その翌年、おばあちゃんが他界。

数日姿を見せない彼女のことを不審に思った隣人が通報し、

おばあちゃんの死が発覚した。

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丘の上の子供たち / 遅れて来た羽音

 

Title : あのひのふたり

 

 

★結子。ゆうこ。このエピソードの主人公。

 

 

小高い丘の上、雑木林のその奥には

ダンボールで囲った2人の隠れ家があって

2人はいつもそこで遊んでいました。

青い青い麦畑や金色の銀杏並木が、

そこからは一目で見下ろせたのです。

 

浩が村を出たのは16歳のある日。

夕立が始まりそうな真夏の暗い午後。

 

村のはずれの貯水湖岸には19歳の結子。

涙を溜めていた。

涙を溜めていた。

 

時は巡る。ずんずん過ぎる。

もう後戻りは出来ない。

結子は浩の夢に、もうついてはゆけない。

便りは止まり約束も消えた。

丘の上の子供達は、もうそこには居ない。

 

 

帰宅した深夜、浩は靴も脱げず、ネクタイさえ外せぬまま、

夕べも同じように玄関で眠った。

目覚めて目を通す新聞の片隅、

目を疑う浩。そこには懐かしい結子の顔。

 

“ 女性野鳥学者の卵、お手柄! 新種の鳥発見 ”

 

「この鳥が新種だなんて思ってもみませんでした。

小さいころ時々見かけることがあったので…。

ただのモズか何かなのかなって…。

命名の由来ですか、世の中広しといえども

私達の知らないことは

身近にも沢山あるんだなあって意味で、

 

ひろし。

 

 

 

 

似ても焼いても瓜二つ / 双子の受付嬢 / どっちがどっち

Title : 甘くツイスト、あと後悔

 

 

★渚と岬。なぎさとみさき。一卵性双生児。

このエピソードの主人公。

 

 

「聞いたわよ。アナタさーダイエット始めたって言うじゃないの。

一体何を考えてるわけ?、あり得ないし有ってはならないことだわ」

 

「えええ?。一体何を言ってるわけ?。このお腹見てさー、

分からないとは言わせないわ、双子なのよ私達。それで

同じプロダクションの受付やってんのよ。

片方だけお腹出てたら、それこそ私がいい笑い者じゃないの。

即刻やるのよ今夜から、なわけで今夜の買い出しアナタお願い、

私そんな誘惑の食い園には一歩も近づけないわ。断れないわよ、

いいわね?。こないだアナタ腹痛で買い出しワタシに頼んだわよね

覚えてるわよね、貸しを……          カチャッ〈 電話を持ち上げる岬 〉

 

ご足労様です。は、鏡原ディレクターでございますか少々お待ち下さいませ。

お名前頂戴して宜しいでしょ…ハイ桜井様、お待ち下さいませ………あ、

今受付に桜井様がおいでになっておられますが……はい承知いたしました。

……お待たせいたしました鏡原はすぐ参りますので、

アチラの席にお掛けになってお待ちくださいませ………

 

イヤとは言わせないわよ分かってるわね。あの時の貸し返しなさいよ今日。

ワタシにはトコロテン買ってきてよね、知ってるわよね、

あの大きめのパックの………   カチャッ〈 再び、電話を取る岬 〉

 

 

あちらでお待ちになっておられます。はい、宜しくどうぞ………

 

大きめのパックを2個。分かった?」

 

 

「だからダイエットなんてあり得ないわよ。

アナタ昨日からスイミングスクールなのよね泳げないからねー。

まだプールに棒立ちなはずよ。カバ見てごらんなさいよ

象見てごらんなさいよ、サイもワニも見たわよね

こないだ一緒にTVの野生の何たら。

みんな共通してるでしょうが、お腹ポッコリ。

みんな泳がないでしょ水に浸かってるだけなのよアナタみたいに。

みんなスタイル気にしてないでしょ、あれは生きてく上で

成るべくしてなっている身体なのよポッコリ。

アナタ、泳げなくていいのよ、水に浸かってればいいの。

神崎さんが時々ワタシ達の名前間違えてるでしょ、

今後はアナタのポッコリが目印になるのよ皆の。分かるでしょ。

姉と精霊の聖名に於いて汝、妹のポッコリを…… カチャッ〈 電話を取る渚 〉

 

 

ご足労様です。…皆川ですか。部署はお分かりになられ…

衣装部でございますね。お名前を…」

 

姉の電話応対を後目に、突然妹の岬が受付を離れて早足で入口まで動き、

入って来たイケメンスーツと一瞬並びアイコンタクト、

あれよあれよという間に岬がまず外に出て右へ折れ、姿を消す。

続いて長身スラリのイケメン、Uターンして自動ドア。

岬を追って右へ消失。

 

何じゃこりゃ!。

 

一部始終を傍観していた渚の驚愕一声。

 

「一体何を考えてるわけッ、いつから…何なのヒトをコケに…

カチャッ

ご足労様でございます。灯台下暗し ( もとくらし ) 部のワタシでございます

か?、今……、あの、少々取り乱しておりまして、しょッ、

 

 

少々…お待ち下さいませッ」

 

 

 

 

 

 

シャワーと溜め息 / 二人の女との会話

Title : 夜のリボン

 

 

★径人。けいと。このエピソードの主人公。

 

ずぶ濡れの径人(けいと)は、ドアを閉め、鍵をかけ、

傘を無造作に靴箱脇に立てかけると、深呼吸のような

蒼ざめた溜息を肺から抜いて投げ捨てる。

常にそうしなければ

 

「自分を維持出来ないワ」

 

これが径人の口癖。ショーパブのママにも、いつもこう言い放つ。

 

「随分とオンナの口利きじゃないのよアンタ (笑)」と男声のママ。

日増しに速度を速め、オンナになってゆく径人。

その小気味よさは、ママのお気に入りでもある。

 

ザザザザザザッ!。台風がかなり接近している。今のは

突発的な大雨配送強風だ。

 

玄関に突っ立ったまま、真夏の汗が浸み込んでいる

冷え切ったサテンのシャツを脱ぎ捨てる男。

それはビジャッと無粋な音を立てて、彼の革靴の上に落ちた。

タイミングよく傘がその上に倒れ込み、

 

アタシは帰って来ても突発的被害者ってわけ?。やあねえ。

 

径人は雨の足跡をバスルームにまで残しながら

 

「ついておいでヘンゼル」

と歌うように言い、シャワーの蛇口をひねる。

この世は所詮 (しょせん) ウタカタ、

と、立ちのぼる熱い湯気が彼にささやく。いつものように。

 

「そうね」

 

独り言で答える径人。彼は

唇に塗られたバイオレット・ルージュの上を

太い熱湯の筋が幾重にも流れ重なる感覚が好きだ。

毎夜シャワーを浴びながら、

無作法に口紅とマスカラ、アイラインをザッと落とす。

 

シャワーを止め、履いているジーンズに

薄めた洗剤をこすりつけてゆく。面倒くさそうに。

それを終えると、ジーンズを脚だけ使って脱ぎ落し、

足指で拾い上げ洗面器へ。トランクスも脱ぎ捨てそれも洗面器。

 

「これ以上もう無理。明日までおやすみなさいだわ」

 

バスルームに入って行ったオンナは

オトコに戻って出てきた。

全裸に淡いブルーのガウンを羽織ると、着メロ音。

レディーガガ、バッド・ロマンスのメロディに合わせ

サイレント・ハミングで近づく。

 

「はぁ~い。………何だオフクロかよ。何?………

大丈夫かって何だよソレ。24の息子に向かって

普通言うかよそんなこと(笑)。オレ、

今、残業から帰って来たばっかで疲れてんだよ、…

……いいよ、そんなの送らなくたって、

そっちで食えばいいだ……ごめん、今キャッチ、

ちょい待って。……はい。………アラ、麗奈。

何か留守電もらってたみたいだけど

接客切れなくってゴメンしちゃったァ、何?」

 

「今から行っていい?。逢いたいの」

 

「今!。ごめんアタシすんごく疲れちゃってるの。

これ以上は体力無理め。

今、話し中だったからかけ直しイイかしら」

 

「ほらまた。アタシを避けてるでしょこの頃。話し中とか嘘ウソ」

 

「マジ言うのそうゆーこと。アナタそんなことネチネチ言ってると

女子臭くなって誰もお近づきになってくんなくなるわよ」

 

「今から行く行く。新しい歯ブラシ買った、お揃いよ可愛いの、

ネネネ、見て見て、40分後に見てください、お願いします」

 

「やあねえこの娘。ちょっと待っててよ、じゃぁ……

…もしもしオフクロ。………分かった分かった送れよ、

ホントに今トモダチと話してるから。切るから。……はい、

お休み……もしもし」

 

再び、麗奈。「雷が鳴ってるわ。恐い。守って。すぐ行きたいの。ネネネ?」

 

「アナタ、守ってもらうために嵐の夜、車飛ばしてここまで来る。

台風の中。マジ」 腕組みをほどき、タバコをくわえるケイト。

 

「何よぉ~、訳わかんないこと言っちゃヤ!。40分後に行きます」

 

 

深呼吸の様な、蒼ざめた溜息をまたひとつ。今度は熱い。

別に。

シャワーのせいでしょうが。

 

「今からフルメイク……アー、キビシイ1日だわ最後まで」

 

径人は玄関に置いたバッグから月間NO1記念の

ドンペリを引き抜き化粧台に置く。すっごい。

たちまち2本だわ、来月分キープおめでとう。

径人は三面鏡の前に座り、崩れ化粧に薄汚れた顔のお清めを始める。

すると、いつものように蒼ざめた溜息…。

心が径人の胸を軽くコンコン。

言って言って、いつもの言葉。

聞かせて聞かせて。お願い。

 

「いつまで、銀紙に包まれたままのチューインガムでいられるかって話よ。

満足した?。そッ、

ハイもう終わり」

 

 

 

 

 

 

 

お気に入り美容室 / リフレッシュのち曇り

Title : 美味しく食べられるうちに…

 

 

★染弥。そめや。このエピソードの主人公。

 

ヒールの足がチョット気になるほど足早のOL染弥。

腕時計は19:20を表示。地下から地上に出るや

染弥は走り始めた。秋の風が首元に心地良い。

不快感と爽快感が混然一体と化した人並みを、

鮎のようにすり抜けてゆく彼女の黒髪は

渓流の流れさながら。

 

「間に合ってるじゃない。楽勝」

 

目指す美容室のマーマレイド・ライトが見えた途端、

バッテリー切れの失速。ふくらはぎ安堵。呼吸整え、染弥入店。

ソファーでスマ堀り中の音美 ( ねみ)、

やや疲れ気味の笑みを奮い立たせて

 

「こんにちは」 「こんにちわ」

バッグ預け、白衣をまとい直ちに客は着席。

 

亜麻色の髪をクロス編みした音美 ( ねみ ) の

細く白い腕 ( 羨ましいわ、いつもそう思う ) が

染弥のすそ髪を柔らかく手櫛。

 

「いつもと同じでお願いします」

 

に微笑を鏡で見せながら頷く美容師。それを確認した染弥、

これでアタシの役目は終わりネ、と両目を閉じれば

忽ち ( たちまち ) ワープで夢のほとり。そうなの、

鮎は岩場の影でリラックス・タイム。

起こさないでネ、それじゃまた。

裏道袋小路でここは静か。

( 今、祇園あたりの裏路地に居るかもアタシ )。

OLの眠りが重さを増す。軽やかにハサミ操る音美 ( ねみ ) は

九の一 (くのいち )。まるで忍び。

染弥は髪を切られている自覚すらない。

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もう一つの決勝戦敗退 / 広海の負けるが勝ち

Title : そのうち出てくけん

 

 

 

★広海。ひろみ。このエピソードの主人公。

 

監督が所用外出の為、今日のノックはキャプテンの芹沢。

サードを守る富樫は既に泥王、赤銅色の肌は泥と混然一体。

既に壮絶ノックは終盤、もう引き上げ時だと言わんばかりに

夕闇が、辺り一面に風呂敷を広げ始めている。

富樫の見開いた両目の中で、背後の山入端だけが

居残りのように明るく浮き立っている…。

 

キーン!。ザザザザザザッ!。バスッ!、ズザザーッ!!。

 

 

「ヨーシィ!。本日の練習これまでッ!」

 

 

真っ黒け海原の如きダイヤモンド。その最後の退出者

富樫がふらつく腰で一礼、部室に向かいかけるや

親友のファースト花田が立ち待ちしていて横並び。

 

「芹沢、許したれぇや、のう(笑)。広海(ひろみ)をお前に取られたんじゃけぇ、アイツ妬いとるんじゃ。

男のやきもちはゴッパ(非常に)つまらんのぅ~(笑)」

 

消防団設備倉庫前で花田と別れた富樫は、

これまでのチンタラ自転車漕ぎから一転、もうダッシュで

彼の恋人である広海が待つ

資材置き場裏に立つ

牛乳販売所裏に設置されている

大きな給水タンク裏にある

砂山の裏、

秘密の待ち合わせ場所へと向かった。

 

気配がして顔を上げる。

蛾が数匹飛び交う誘蛾灯が

彼女の泣き濡れた頬を映し出す。

闇を移動する富樫の真っ白な目玉に気づき、

広海の目がそれを追う。

 

キキィィィ!。ズザザッ。ガッ、シャン。ザッザッザッザッ…。

 

「何やどうしたんや。泣いとろうが。何や。どうしたんや」

 

「ごめんネ。大したことないわいね。お父さんとケンカしただけじゃけぇ、

そがいに (そんなに ) 気にせんといて」

 

「ケンカ?。また甲子園行かせん言われたんか」

 

「うちらが付き合(お)うとるんを、お姉ちゃんが知っとって、

お父さんにアレコレ言いつけよったんよ。

…お姉ちゃんをアタシが問い詰めたらな、そげん白状したんや。

やきもち妬いてチャーラン ( つまらん ) 女や。

女の風上にもおけんチャーラン女じゃ」

 

「げに(現に)ホンマか……。ゆうことは、お父さん、ワシとお前が

付き合うんも反対するゆうんか。何で反対するんや」

 

「うちも聞いたんよ。高校生やからに決まっとるじゃろうが、

知ったげな ( 生意気な ) ことゆうとるとブチまわすぞ、言うて

手がつけられんかったんよ」

 

「酒飲んどったんじゃないんか」

 

頷く広海。富樫はバットとグローブの入ったバッグを落とすと、

彼女の両肩を抱き、頬の涙を舐めるように数回口づけた。

 

「そんうちワシがお父さんとこ行って、頼んでみるけぇ安心せぇや」

 

「いかん、やめんさい。ケンカになったらウチ困るけぇ、

会わんでええよ。来たらいけん。な?、来たらいけんよ」

 

「なら甲子園来られんゆうことか。それでええんか」

 

「ようないよ(良くない)…。ようないけど、ええ ( いい ) わいね。

TV観て応援するけぇ。友達んちで観とるけぇ、頑張ってぇや」

 

「お父さんに会うたらダメなんか。お前がまた怒鳴られるんかのぅ」

 

「うちよりお父さんじゃ。ケンカしたらお酒飲む量が

バチ ( 凄く ) 増えるじゃろ。手ぇつけれんようなるから

会わん方がええんやて。ネ、分かってぇや」

 

 

広海は父が居座っている居間には立ち寄らず、

真っすぐ二階の寝たきりの母の元へ。

 

「お母さん、ただいまァ」

 

「お帰り。どしたん?、ニコニコしてえ。何かええことあったん?」

 

広海は横たわる母の枕元に座し、ググッと顔を母の眼に近づける。

自分の睫毛 ( まつげ ) を指差しながら

 

「お母さん、これな、睫毛見て。

ウチの涙と男のヒトのツバ、

混じり合うとるんやで。すごいやろ」

 

「へえ、そうなんか!。好きな人がおるんやねえ!」

 

「そうなんや。目は口ほどに

物を言うもんやろうがね ( 笑 ) 」

 

生きている信菜 / 命短し恋せよ乙女 / 骨のある女

Title : 千客万来の看板娘

 

 

 

★信菜。のな。このエピソードの主人公。

 

大学病院の屋上、クリームぱん最後のひと口をゆっくり噛みながら、

信菜は、遥か先にかろうじて見えている

湾岸沿いのキリン ( ガントリークレーン ) を数えていたが、

ゆっくり過ぎるかのように見せかけるくせ、

たちまちキリン群を覆い隠してしまう朱色とライトグレー塗りの

大型タンカーにたちまち顔を曇らせ、

昼休み終了間際の日課であるキリンの数かぞえを止めてしまった。

その時、追い打ちをかけるかの様に、若い男性インターンが

中堅看護師2名を従えるようにして談笑しながらご登場。

 

“ 踏み込まれたか。やれやれ ”

 

涼風タイムはお終い、退散退散ッ。すれ違いざま

大してイケメン君でもない自惚れ男の、

 

“ キミも取り巻きに加わっても、ボクは構わないんだけど ” 的な

眼差しメールを黒髪かき上げオデコ辺りから真下へ払い落とし、

信菜は、午後の生ぬるさが始まっている外の白色初夏ページから、

境界線を越えて、直ちに冷たい灰色病棟飛び込み台へ。

それは所謂 ( いわゆる ) 踊り場。

糊 ( のり ) の効いた白衣の裾ひるがえし、勇ましいヒール音で

狭く長い階段を一気に駆け下りる信菜は、望まぬ未婚者。

 

部屋に戻ると、医学部長が待ちかねたように振り返る。

彼がその仕草を見せる時は、決まって誰かに何かを告げたい時だ。

その何かは、大抵告げたい直前の思いつき。

 

「この骨格標本だけどさ」

 

私がそう呼びかけたんだからキミはたちまちこっちに来て、

この骨格標本をすぐさま見るべきなんだよ当然ながら、

と彼の眼差しが大学院生に注がれる。

信菜は気に入らない視線を、一瞬閉じたマブタで真下へ叩き(はたき) 落とし、

軽く唇を噛むと、ぶら下げた両の指を手前でユルく組み、

大きく2歩歩み出て、先生様の横にしぶしぶ並ぶ。まるで、

呼び出しくらったマヌケな2人が、

これからガイコツ様に説教される図。

頭に浮かんだ映像を見た途端、うかつな信菜 ( のな ) は肩をビクン、

こみあげる笑いを必死で何とか押し戻す。

 

「何。 何が可笑しいのかね」

 

ウプッ!

“ クソ真面目なシタリ顔しちゃって何よ、

これからガイコツ様に大目玉食らうくせにッ ”

 

 

医学部長が、目の前の骨にどやされキョトンとしている顔

がたちまち脳裏をかすめ、

信菜の口元は、二度と引き返すことの出来ない笑いを

ピン留めしてしまう。

 

「何が可笑しいんだね。さっきから。まあボクには

何ら窺い知ることは出来ないわけなんだが…………。それはそれとして…

…キミどう思う。コレ ( ガイコツ ) 、

自分もコレを身体の中に1つ持ってる

って意識すること、年に何回かある?。ない?」

 

「はいッ?(笑)」

 

直後、何故か突然、信菜の顔から笑いが痕跡も残さず消えた。

それを見た医学部長、不自然に驚くが

それは信菜の単なる癖で何の他意もなかった。

 

「さっき学生達がコレを操ってふざけてたから

ボク聞いてみたんだな。自分のガイコツもこんなだと思うかねって。

そしたらキョトンとしてんだよ。意味不明って感じでね…。

ちょっとしてから、そう言えばそうだ、

なんてボクの真意に気付いたみたいだったけど。

……ま、他の部の学生だったみたいだから

ピンとこないのかもしれないね。…キミ、インターン?」

 

「いえ、まだです」

 

「そう。……で、どう?。自分の中にガイコツを感じる?」

 

信菜は眉をちょっとしかめ、

自分の中に隠れているガイコツ様に思いをはせてみる。

目がくるくるとネコの目のように動いた。

 

「実感…有りません…」

 

「葬儀で骨を拾ったこと、ある?」

 

「ああ…。ありますけど」

 

「どうして一般の人って骨格標本をキャラ扱いするんだろうねえ…。

コレは自分だっていうのにねえ…」

 

部長はガイコツ様の頭頂部をいとおしそうに撫で撫でし、やがて

ゆっくりと出て行った。

刹那、信菜は思い出したのだ。

高校卒業式、校舎裏、

担任教師と交わした、最初で最後のぎこちないくちづけ。

あの時、私達

慌ててたから、歯と歯がカチンて当たったんだっけ。

 

アレって

骨と骨だったんだなあ~。